憧れの中学生活!!
四月の朝
佐々木由梨は、ベッドの上で軽く伸びをしながら、カーテンを開ける。
白く薄いカーテンがふわりと揺れ、その隙間から、春の光が穏やかに入り込む。
柔らかく透ける陽ざしが室内を包み込み、まだ眠りの余韻を残す空気が静かに動いた。
カーテンの奥には、新しい季節の気配が広がっている。
遠くで鳥のさえずりが響き、青空は淡い水彩のように広がり、白く柔らかな雲がたゆたう。
陽射しに照らされた街の建物は、春の清々しさをまとい、風が優しく窓辺をすべる。
すべてが新しく、心を浮き立たせる朝だった。
「よし、今日からは中学生だぞ!」
言葉にした途端、それは彼女の胸の内で形を持ち始める。
陽光に反射する窓辺には、期待と緊張が交差する表情が映り込んでいた。
彼女は静かにベッドを降り、鏡の前へと歩み寄る。
指先で制服のリボンを結びながら、ふと動きを止める。
鏡に映るのは、日差しを受けてわずかに輝く栗色の髪を肩まで伸ばした少女。
整った眉の下で澄んだ瞳が揺らぎ、リボンを結ぶ手元が迷うようにわずかに止まる。
制服のブレザーは細身のシルエットで、深い藍色の生地が落ち着いた印象を与える。
襟元できちんと結ばれたリボンは、学校の伝統を象徴する淡いエンジ色。
彼女は静かに息をつき、形を整えるようにリボンを指でなぞった。
——ちゃんと友達、できるかな?
ワクワクする気持ちと、ほんのひとかけらの不安。
彼女は小さく首を振り、まるで呪文のように繰り返す。
「大丈夫、大丈夫!」
朝食をとりながら、テレビをつける。
ニュースキャスターの落ち着いた声が流れる。
「治安の悪化が問題となっており、連続不審者事件が発生しています——」
由梨はふと画面に目をやるが、特に気に留めることなく、カバンを肩にかける。
「まあ、関係ないよね!」
すると、背後から父親の声が聞こえた。
「由梨、中学生になったということはな、どういう将来を描いて、
どういう人間になるかーー 人生という戦場にどう立つか、考え始める時だ」
由梨はパンを頬張りながらぼやいた。
「うわ、小難しいこと言い始めた!」
母が苦笑しながら、由梨をフォローする。
「由梨にはまだ早いわよ」
由梨は頬に空気を含ませて、ふくれた顔で抗議する。
「そんなのまだ考えなくてもいいでしょ!」
父親への反発オーラを放ちながらも、内心はワクワクしつつ玄関をあけたーー
はじめての中学校
それは高円寺と中野駅の中間にある、
中野区立中野四季の杜公園と並んでそびえる中野中学であった。
少子化に伴う近隣の中学校の再編計画により統廃合を重ね、
最新の建築技術を駆使して再建築された。
環境・景観・省エネルギーに配慮した先進的な建築設計を採用し、
屋上には太陽光パネルと菜園が設置されている。
緊急時・災害時には、
中野四季の杜公園と合わせて避難施設としての機能を有している。
重厚でまるで金庫のような校舎へ足を踏み入れると、
整然と並んだ**指紋認証システム付きの下駄箱**が目に入った。
由梨は、慣れない動作で指をかざし、内履きへ履き替える。
石灰で厚塗りされた壁、鏡のようにワックスで磨かれたオークウッドの廊下。
そこをヒタヒタと歩み進めた先に、彼女の新しい教室——**1年C組**があった。
由梨は、新しいクラスの扉の前で静かに息を整えた。
ドアを開ける。
教室にはすでに何人かの生徒が座っていて、
窓から流れ込む春の日差しが彼らの輪郭を柔らかく照らしていた。
そして——自分の席の隣に、すでに誰かが座っている。
シルエット。
由梨は、ふとその影に目を留める。 見えるのは背中のラインと、整った姿勢。
(男の子…?)
期待が生まれる。
(どんな人だろう…)
少しの緊張と、不思議な高揚感。
この瞬間が、これから始まる新たな日々の「きっかけ」になる気がした。
由梨は静かに席へと向かう。
そして、座る。
(まずは挨拶だよね…!)
彼女は勇気を出して、しっかりとした声で隣へ呼びかけた。
「おはよう!」
沈黙。少し遅れて、隣の人物が反応する。
ゆっくりと顔を上げ、こちらを見た。
由梨の視線も、自然と隣へ向く。
そして—— 目を疑った。
(白髪、シワだらけの……おじいさん!?)
そこには、まるで場違いなほど堂々とした**老人**が座っていた。
「……お、おはよう?」
由梨の脳内で、思考が完全にフリーズする。
「おーすまん、耳が少し遠くてね、
補聴器を付けておるのじゃがバッテリーが少し弱っていた様じゃな。
ん、みなさん、おはようさん!」
そして、その場違いな老人は、
なんの躊躇もなく椅子に深く腰掛け直し、静かに微笑んだ。
期待があった。予想があった。胸の中に積み上げたものがあった。
それが、ものの数秒で一瞬にして瓦解した。
教室の空気がざわつく。
クラスメイトの何人かが、状況を確認しようと慌てて隣の席を見た。
由梨は、一瞬理解が追いつかないまま、しかし叫ばずにはいられなかった。
「いや!そうじゃなくて!老化して難聴のおじいさんが隣の席にいるの!?」
この瞬間、教室の空気が完全にフリーズする。
そして。老人は、ゆったりとした動作で背筋を伸ばし、静かに微笑んだ。
「舐めて貰っちゃぁいかん。齢150のこの老骨、老化して難聴などにはなっておらんぞ。」
(えっ、齢150!?)
「敵の手りゅう弾の影響でな、鼓膜が何度か破れただけじゃ。
その時の影響じゃわい!あれはロシアでの塹壕戦……」
由梨の顔が一瞬にしてひきつる。
(なにを……言っているのこのおじいさん!!)
そして、彼の話はまだまだ長く続きそうな気配を醸し出しながら、
悠然とした語り口で戦争の記憶を掘り起こそうとしていた。
由梨は、心の奥から叫ぶ。
(誰か!!説明してえぇぇぇ!!!!)
あとがき
はじめまして、または、読んでくださりありがとうございます!
『おじいちゃん中学生』の連載をついにスタートしました。
まさかの150歳の同級生という衝撃の展開に、
主人公・由梨と同じく驚いていただけたでしょうか?
この作品では、異色のキャラクター同士の交流を通じて、
笑いあり、驚きありの学園生活を描いていきます。
まだまだこれから波乱万丈な展開が待っていますので、
ぜひ次の話も楽しみにしていてください!
感想や応援コメントをいただけると、とても励みになります。
次回もお楽しみに!
ありがとうございました!