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呪われた忘却の魔女ですが、王太子が私を忘れてくれません  作者: 榛乃


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愛に背を向けて

 教会の鐘が鳴っている。清廉な音色を、突き抜けるように澄んだ青い空いっぱいに響かせて。


 その音にはたと足を止めて振り返ったフィオナの目に、幸福に充ち満ちた男女の、朗らかな笑顔が映り込む。精緻な刺繍と柔らかなレースがたっぷりと施されたジゴ袖の白いドレス。大きく開いた襟ぐりを彩る色とりどりの花々。シルクのイブニンググローブに包まれた手に大切に抱えられた、カサブランカと鈴蘭のキャスケードブーケ。


 沸き起こる拍手と、ふわふわと宙を舞う無数の花弁に包まれながら、二人は仲睦まじく寄り添って歩いている。その傍らを、春の陽光にあたためられた風がやさしく吹き抜け、綺麗に結い上げられた髪の毛を覆うレース地のヴェールに、薄桃色の花弁がぴとりととまった。それに気付いたらしい男が丁寧な手つきで花弁を取り払い、それから二人は、心底幸せそうにくすくすと笑い合う。


「おや、ウィルソンさんとこのお嬢さんじゃないか。結婚間近だと聞いていたが、今日が式だったとはなあ」

「お相手はアルモア伯爵の御子息だそうよ。とてもお似合いの二人ね。素晴らしい結婚式だわ」


 遠目に観賞をする人々の話し声を聞くともなく聞きながら、フィオナ・クレインはバスケットを抱える腕に僅かばかり力をこめて、そっと顔を綻ばす。燦々と降り注ぐ陽光のせいか、それとも幸福に抱かれた新郎新婦の笑みのせいか。あまりに眩くて思わず目を細めると、その瞬間、どっと歓声が沸き立った。


 神官の放った鳩が、純白の翼をぴんと伸ばして、雲ひとつない蒼穹へ元気よく羽ばたいてゆく。新しい門出の祝福と、新郎新婦の末永い幸せを願って行われる放鳩は、ブーケトスに並ぶ大事な催しの一つだ。籠から放たれた無数の白鳩を追って、誰も彼もが春光のきらめく穏やかな青空を仰ぎ見る。教会の階段を埋め尽くす出席者も、離れたところから見守っていた通行人も、そして恍惚とした表情で身を寄せ合う新郎新婦も、皆一様に。


 そんな人々を一望し、フィオナはゆっくりと瞬くと、大ぶりのバスケットを抱え直して、静かに足を踏み出した。幸福に彩られた空間を、女神の祝福――と、昔誰かが言っていた――に包まれた人々を邪魔しないように、ひっそりと。建物と建物の間に伸びる、ひと気のない寂れた細路地へ向かって。


 そんな彼女の後ろ姿に気付く者は、誰一人としていなかった。

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