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考察②

 その翌日。

 土曜日なので、学校は休みだった。

 環と啓太、そして佑希の三人は、十三時に学校の最寄りの駅に集合した。事件現場を訪問するためだ。提案したのは、もちろん環だった。

 昨日の生徒会室で、紗季がたまたま席を外していたときに、提案してみた。


「ねえ、明日、事件の現場に行ってみようよ。事件の捜査もかるたと一緒。勝つためには、果敢に相手陣内に飛び込んでいかないと」

 すると、啓太は「現場のどこが相手陣内なんだよ。意味わかんねえ」と呆れながらも、承諾してくれた。佑希も「僕も、明日はとくに予定がないので、いいですよ」と、参加を表明した。

 一瞬、紗季も誘おうかと考えたが、啓太の「石塚にとっては辛いだろう」という一言で諦めた。

 紗季には一応、三人で現場を訪れる旨を告げた。紗季は、とくに拒否反応を示す様子もなく「私のために、有り難う」と短く言うと、コピー用紙の裏側に現場の簡単な地図を描いてくれた。


 火事があった現場は、電車に乗って最寄りの駅まで十分、そこから歩いて五分ほどの場所にある。

 三人は早速、事件現場の最寄り駅まで、電車で移動した。

 駅を出て現場へと繋がる市道を五分ほど歩くと、市営団地が姿を現し、その裏手に雑木林が見えてきた。地図に書かれた通りだった。一行は、人影の見当たらない雑木林に足を踏み入れ、紅葉した木々の間を縫って奥へと進む。

 現場は、雑木林の一番奥、山の斜面が立ち上がる手前に広がる、空き地のような場所だった。

 門があったと思われる場所には、誰が手がけたのか鉄条網が張り巡らされ、中に入れなくなっている。

 敷地の裏に回ってみると、小さな裏門があった。こちらは、すでになくなってしまっていた表側の門とは異なり、崩れかけてはいるものの、扉の残骸がかろうじてその姿を晒していた。

 扉の部分は、周囲に張られている鉄条網の一部が切られ、人が通れそうなぐらいの隙間ができている。多分、もの好きな誰かが切り開き、廃墟探検などと称して侵入したに違いなかった。

 三人は身を屈めると、錆びた鉄条網の切れ目から中に入った。焼け落ちてしまったので当然だが、すでに母屋はどこにもなく、敷地は人の腰ほどの高さの草が生い茂る更地になっていた。

 と、三人がいる場所のちょうど反対側の隅に、小さな倉庫が見えた。朽ち果ててはいるものの、こちらは崩れ落ちてしまった母屋とは異なり、建物としての形状をかろうじて留めている。

 環は、倉庫に近づくと、中を覗き込んだ。

 真っ暗だった。

 四方を鬱蒼とした雑木林に囲まれているため、そもそもこの場所には太陽の光がほとんど届かない。もちろん、内部に照明があるわけでもないので、真っ暗なのは当然といえば当然だった。

「何にも見えないね」

 環が呟いたとき、急に室内が明るくなった。光源の方向に視線を移動させると、佑希の手が見えた。その手には銀色のオイルライターが握られており、芯の先端についたオレンジ色の火が、周辺を明るく照らしていた。

「何でライターなんか持ってんだ?」

 啓太が、驚いて問いかけた。

「ひょっとして、坂元っちゃんって、タバコ吸う人? ヤバいじゃん。先生たちにばれたら、即、退学だよ」

 環は、佑希の進退が心の底から心配になり、眉間に皺を寄せながら、思わず声をかけた。佑希は、笑いながら説明する。

「そんなんじゃないですよ。先日、百円ショップで文化祭用の備品を買うときに、キャンプファイヤーの点火用にと思って、一緒に買ったんです。そのまま持ってたのを今、思い出しました」

「キャンプファイヤーに火をつけるなら、普通のライターとかでいいだろう。しかも、室内を照らすならスマートフォンを使えばいい」

 啓太が、鋭いツッコミを入れた。

「でも、オイルライターって、ちょっと格好いいと思いません? 先輩、『インディ・ジョーンズ』っていう映画、知ってます?」

「あ、私、その映画なら知ってる。ハリソン何とかっていう人が出てるやつ」

「ハリソン・フォードですね。あの映画の中で、主人公がオイルライターで暗闇を照らすシーンがあるんです。それが、凄く格好いいんですよね」

 実は佑希は、生徒会のほかに映像研究部にも所属している。映像研究部は、ただ映画を鑑賞するだけの部ではない。多くの部員たちがメガホンを取り、自主製作映画をつくっているのだという。

 以前に聞いた話では、佑希自身も、ただでさえ忙しい生徒会活動をこなしながら、短編映画を撮っているらしい。しかも、今年の文化祭で映像研究部が催す自主製作映画の上映会で、その作品を上映する予定らしかった。

 ちなみに、映像研究部の部長である玉山(たまやま)大輔(だいすけ)は、環や啓太、紗季と同じ三年F組の生徒、つまりクラスメイトだ。

 それはともかく、キャンプファイヤー用という佑希の説明に対して、環は正直なところ、半信半疑だった。佑希は、外見は絵に描いたような優等生だが、裏では意外と不良めいたことに手を染めているのかもしれない。

 一瞬、そんなことを考えた。

 だが、このライターが必要な今は、その真の目的をしつこく追及するべきときではなかった。環は考えを改めると、視線を前方に戻した。横で、佑希はライターについて一人で力説する。

「知ってました? 最近の百円ショップって、オイルライターまで売ってるんですよ。ちょっと前までは、考えられませんでしたよね。で、そのライターに、油性マーカーで絵を描いてみたんです」

 ライターの側面をちらりと見ると、なるほど、仮面ライダーに見えなくもない、よくわからないキャラクターが黒いシルエットで描かれていた。

「これがホントの仮面ライター。なんて寒いギャグ言わないでね」

 環が釘を刺すと、佑希はばつが悪そうに笑った。

 三人は、ライターの光を頼りに室内を少しずつ進み、奥にある小さな部屋の中に足を踏み入れた。

 六畳ほどの広さだろうか。板を打ちつけただけの壁に四方を囲まれており、入り口の反対側に見える小さなガラス窓のほかに、窓はない。

「この雰囲気、ホラー映画の撮影に使えそうですね」

 ライターを掲げたまま、佑希が呟いた。

「来年、文化祭に出す作品はホラー映画ということにして、この場所を使って撮影してみようかな」

 ライターが薄暗く照らす室内に、妙に楽しそうな佑希の声が響く。

 涼しい顔で微笑みながら、とんでもない計画を企む生徒会役員に、啓太が呆れた様子で釘を刺した。

「無断で機材を持ち込んで撮影したりしてたら、すぐに見つかって、学校に通報されるはめになるぞ。部長の玉山がそんなことを聞いたら、きっとただじゃすまないぞ」

 暗闇に目が慣れると、隅にダンボール箱が一個だけ置かれているのが見えた。

 環は段ボール箱に近づいて、恐る恐る手を伸ばす。「気をつけろよ」という啓太の忠告を聞き流しながら、好奇心に突き動かされて箱を開けてみた。

 後ろに続いた佑希が、ライターの光をかざした。

 人の首らしき物体が見えた。

 環は「ひゃっ!」と悲鳴を上げると、後ろに飛びのいた。環と入れ替わるように箱に近づいた啓太が、箱に手を突っ込み、中の物体を引っ張り出す。

 そのまま、佑希の陰に隠れるようにしながら様子を窺っている環に向かって、掲げてみせた。

 マネキンの首だった。

「恐らく、廃墟巡りとか言ってこの場所に入り込んだ人が、面白がって置いていったんでしょうね」

 ライターの光を段ボール箱にかざしながら、佑希が推測した。

 その場の空気が、一気に緩んだ。

 その後、三人はライターの光を頼りに倉庫内を隅々まで調べて回った。しかし、当時の手がかりになるような物品や痕跡は見つからなかった。

 母屋の跡や敷地内の地面も調べてみたが、結果は同じだった。


          *


「手がかりは、見つかりませんでしたね」

 火事の現場を後にし、林の出口に向かって歩く道すがら、佑希が呟いた。

「そりゃ、もう十年近くも前の話だからな。無理もないよ」

 啓太が、のしのしと大股で先頭を行きながら、相槌を打った。

 薄暗い雑木林を出ると、目の前には先ほどと変わらず、小さな神社が静かに佇んでいた。と、その神社の右隣にある一軒の住宅の前で、二人の高齢女性が立ち話をしているのが見えた。

「よし、あの人たちに、当時の話を聞いてみよう」

 環は二人の女性を指差しながら、二人の女性に向かって走り出した。慌てた様子の啓太が発する「おい」という声が、後ろから響いた。そんな声に怯むこともなく、環は二人に駆け寄ると、息を整える間もなく唐突に切り出す。

「あの、すみません……。昔、九年ほど前なんですが、この雑木林の奥の家が燃えた火事がありましたよね。その火事について、もしご存じのことがあるなら、お話を伺いたいんですけど」

 息を切らしながら駆け寄ってきて脈絡もない質問を口にした女子高生に、女性たちは一様に驚いた様子だった。

「えーと。あなたは?」

 白いセーターを着た右側の女性が、我に返った様子で、問いかけてきた。

「あ、私は……」

 当然、投げかけられることが予想できた質問のはずだったが、迂闊にも環は答を用意していなかった。言い淀んでいると、いつの間にか横に立っていた啓太が、代わりに口を開いた。

「僕たちの友人が、あの家の元の持ち主の親戚なんです。あの家に思い出の品をいくつか置いていたのを最近になって思い出して、その品物を探してるんですが、何かご存じのことはないですか?」

「ああ、そういうこと」

 左側に立っていた、この一軒家の住人らしい女性が、納得した様子で何度も頷いた。右側の女性よりも少しだけ背が高い、白髪混じりの上品そうな女性だった。年の頃は、七十歳代半ばといったところだろうか。

「あの火事のときは、この家の前まで消防車が何台も来て、大変だったのよ。ちょうど風向きの加減で、火の粉がこっちのほうまでたくさん飛んできてねえ。この家にまで延焼するんじゃないかって心配したけど、その前に跡形もなく燃え落ちちゃって……。もう何年も誰も住んでない空き家だったから、原因はよくわからなかったんだけど、悪戯による放火じゃないかって話だったかしら」

「跡形もなく燃えたってことは、中にあったものも全部、燃えてなくなってしまったんでしょうか。焼け跡から、何か見つかったとかいう話はありませんでしたか? 覚えている範囲内で結構ですので」

 啓太が、女性たちに新たな疑問をぶつける。女性は、当時を思い出そうとするように、遠くを見る目をした。

「中にあったものが全部、焼けちゃったかどうかはわからないけれど……。そう言えば、焼け跡から女の子の遺体が見つかったって、ますます騒ぎが大きくなってねえ……。ほんの短い間だったけど、たくさんのお巡りさんが来て現場検証が延々と続いたり、テレビのワイドショーの取材班が殺到して家の前で中継をはじめたりで、火事のとき以上に大変だったわ」

 まるで九年前ではなく、つい先日のできごとを語るかのような、はっきりとした口調だった。女性の記憶力のよさに感心しながら、環はすかさず二の矢を放ってみた。

「男の人も、亡くなったんですよね?」

「さあ、どうだったかしら……。男の人が亡くなったっていう話は、なかったような気がするけれど」

 二人の女性は、お互いに目を合わせると、困った表情を浮かべながらゆっくりと頷き合う。そのまま、示し合わせたかのように黙り込んでしまった。

 結局、女性たちから、それ以上の話を聞くことはできなかった。

 二人に頭を下げながら、環は思った。

 ――火をつけた男は……。まさか、生きている?

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