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考察①

考察 ――十月十三日(金)、十四日(土)――


 手紙に関するさまざまな事情を紗季から聞いた、その日の午後。

 環は紗季のほか、啓太、そして佑希に声をかけ、放課後の生徒会室に集まってもらった。

 紗季の許可を得たうえで、環が啓太と佑希にSNSで事情を説明し、放課後の話し合いに参加することをお願いしたのだ。

 後輩である佑希に声をかけるかどうかは、正直なところ少々迷った。しかし、佑希はすでに脅迫状の存在を知っているわけだし、何よりも彼の並外れた記憶力と洞察力は、いざというとき非常に頼りになるに違いない。

 そう考えて、佑希にも事情を説明して、協力してもらうことを紗季に提案した。きっと、紗季も同じことを考えていたのだろう。とくに難色を示すこともなく、環の提案に同意してくれた。

 こうして集まった四人は今、会長席の前に二の字形に並べられた長テーブルの前に腰かけている。テーブルの真ん中には、ビニール袋に入れられた例の脅迫状と競技かるたの取り札、そして封筒が置かれていた。全員が、一様に深刻な表情をしたまま、無言でビニール袋を見つめている。

 紗季が、ぽつりと呟いた。

「あのとき、私が自分だけ助かろうとしたばっかりに、伊織ちゃんは……」

 紗季から一つ離れた席に座っている佑希が、紗季の懺悔の言葉を遮った。

「石塚会長は悪くないと思いますよ。同じ状況になったら僕だって、いや、ここにいる全員が、きっと石塚会長と同じ行動を取ったと思います」

「そうだよ。紗季は悪くない。悪いのはやっぱり、あくまでも火をつけた男。この脅迫状の差出人は、そのことがわかってないんだよ」

 環が一際、大きな声で主張した。

 続いて、啓太が全員の顔を順番に眺める。最後に紗季を見つめると、ゆっくりと口を開いた。

「警察に相談するっていうのも、一つの方法だと思う。まあ、小さい子供の頃の話だし、そのときはほかに取るべき手段がなかったわけだから、警察に捕まるなんてことはないと思うけど。石塚は、どうしたい?」

「私は、差出人の人を犯罪者にはしたくないから、できれば警察には言いたくない。どうしても警察に言わなきゃならない事態になっても、その前に差出人の人と話をしたい」

 気持ちはもっともだった。そもそも、紗季は今も、自分だけが助かって伊織が炎にまかれたことを何よりも悔いているのだ。たとえ危険を伴う可能性があっても、差出人に会って謝罪し、相手が何か犯罪的な行為を計画しているのだったら、それを未然に防ぎたいという思いが強いのだろう。

「そうか。石塚がそう希望するのなら、警察に相談するのは、もう少し事態を見てからでもいいかもしれないな。みんなはどう思う?」

 啓太は、改めて全員の顔を順番に見回した。

「僕は、鷹水先輩の意見に賛成です。それに、この文面だと、警察も本気では動きにくいんじゃないでしょうか。恐らく『何か変わったことがあったら、また相談に来てください』ぐらいの話で終わっちゃうんじゃないですかね」

 佑希の言葉に、全員が頷いた。首肯を確認した啓太が、仕切り直しとばかりに話を進めはじめる。

「で、差出人を捜す前にまず問題になるのは、差出人がいったい何の目的で、この脅迫状を石塚に送りつけてきたのかっていうことだ」

 環と紗季、佑希の視線が、一斉に啓太の顔に集まった。

「物騒な話ではあるけど……。そもそも、もし石塚に危害を加えたいのなら、脅迫状なんか送らずにいきなり危害を加えたほうが、成功する確率は高いはずだ」

 啓太の意見に、環が補足する。

「それに、もし紗季が『脅迫状が来た』って警察に相談して、紗季の家とかを警察が警備するようになったら、危害を加えること自体がほぼ不可能になるもんね」

「私は、できればさっきも言った通り、警察に相談することは避けたいと思う」

 紗季が静かに、しかし力強く主張した。

 紗季の心情を再確認した環は、大きく頷く。横では啓太が、何かを考えるように顎に指を当てている。

「恐らく差出人は、石塚が警察に相談することはないだろうと考えていたんじゃないかと思う」

 さらに、佑希がもう一つの可能性を口にした。

「あとは、不安にさせることで石塚会長に精神的ダメージを与えることが目的という可能性もありますね。もしそうだったら、実際に復讐するつもりはないわけだから、警察に相談されても痛くも痒くもないですよね」

「ぜひ、そうであってほしいものだけどな」

 啓太は佑希の意見に軽く同意すると、腕を組んで黙り込む。そのまま脅迫状を睨みつけていたかと思うと、ことさら難しい顔で口を開いた。

「目的が何であるにせよ、それはこの脅迫状の差出人にしかわからない。で、二つめの疑問は、言うまでもない。その差出人が、いったい誰なのかってことだ」

「いずれにしても手がかりは、この脅迫状だけですから、差出人に辿り着くのは簡単じゃないですね」

 環は、顎に人差し指を当て、宙を見つめながら言葉を発する。

「差出人は、火事で燃えた家の中で、どんな遣り取りがあったかを知っている人だよね。ということは……」

 佑希が、珍しく高揚した様子で声を上げた。

「ひょっとして、差出人はその現場にいた葵ちゃん、とか?」

 一瞬、部屋にいる全員が、驚いた表情で佑希の顔を凝視した。

 ――なるほど。

 その可能性も、排除するわけにはいかない。何より、現場にいたのは男、紗季、伊織、そして葵の四人だったのだ。紗季の話が本当なら、葵の可能性も大いにある。一瞬、そう考えた。

 だが、紗季がすぐに否定した。

「でも葵ちゃん、あの事件のときはまだ小さかったし、先に解放されて施設に戻っちゃったから、その後に私と伊織ちゃんの間で何が起こったのか、知らないと思う」

 佑希は一瞬、残念そうな顔をしたが、すぐに新しい推論を持ち出した。

「そうじゃなかったら、火をつけた男、とか?」

 ――まさか。

 男は、あの火事で伊織と一緒に命を落としたはずなのだ。仮に生きていたとしても、事件から十年近くがたった今、男が紗季を脅迫する理由がわからないし、何より男が紗季の身元や連絡先を知っているとも思えなかった。

 環は、佑希に対してやや申し訳なく思いながら、紗季と啓太の顔を見る。二人とも環と同じように、佑希の推論を否定的に考えていることが、表情から見て取れた。

 啓太に至っては、ふうと露骨に落胆の息を吐きながら、腕まで組んでいる。

 意見を真っ向から否定された佑希を不憫に思った環は、話の方向性を変えようと、ビニール袋に入れられた脅迫状と取り札を頭の上に高く掲げながら、ことさら大きな声で提案してみた。

「そうだ! 指紋を調べてみるってのはどうかな?」

 紗季と佑希が声の大きさに驚く横で、一人だけ冷静な啓太が「でも」と言いながら、環の手からビニール袋を取り上げた。環が不満の表情を浮かべるのも気にせず、啓太はビニール袋に視線を落としながら続ける。

「最近は文房具店とか、いろいろな場所で自由研究用の指紋検出キットが売られているけど、それらはおもにガラスやプラスチック用だ。でも、この脅迫状は紙だから、そのキットで指紋を検出するのは難しいだろうな。ヨウ素などの薬品を使えば検出できなくはないけど、この紙自体が変質してしまう恐れもあるから、あまり余計なことはしないほうがいいだろう」

 余計な知識だけは豊富な啓太に対して、意味もなくムカついた。環は、むきになって反論した。

「でも、指紋が見つかれば、調査は一気に前に進むじゃん」

「そういうと思ったよ」

 啓太は、手に持っていたビニール袋をそっと机の上に置くと、困ったような表情で環を見つめる。

「仮に、差出人の指紋が検出できたとしよう。でも、俺たちには警察みたいな指紋検索システムがあるわけじゃないから、その指紋が誰のものか知る術をもたない。結局は、まず第一段階として、自分たちの手で差出人を捜し出すしかないんだよ」

 啓太は、机の上に置かれたビニール袋に、再び目を移した。

「まあ、仮に差出人を突き止めて指紋を採取したとしても、俺たちに指紋の照合なんて高度な作業をするのは難しいけどな」

 環は、言い返すこともできず、脱力して椅子に座り込んだ。啓太は、いつもこうだ。常に正論を振りかざして、環のアイデアを頭から否定する。

 ――嫌なヤツ。

 だが、悔しいことに、啓太の言うことには確かな説得力があった。

「さすがは鷹水先輩。論理的、かつ明解ですね。そもそも、こういうできごとを起こすとき、指紋に気をつけるのは基本中の基本。差出人は、指紋がつかないように注意していた可能性も高いですしね」

 指紋採取という環の提案が、佑希を不憫に思うあまりの提案だったことなど知る由もなく、佑希は啓太の横で大袈裟に感心した。

 いくら啓太の考えが正しいとはいえ、佑希まで篭絡してしまった啓太のペースにこのまま乗せられるのは、何となくだが気に入らない。そう思った環は、二人の意見をスルーして、次なる手がかりを提案してみた。

「差出人は、封筒の消印で、ある程度絞り込めないかな?」

 そう言いながら、環はビニール袋に入った封筒に顔を近づけた。

「でも、消印は市の中央郵便局。日付は、郵便物が届いた日の前日。中央郵便局の取り扱い数から考えると、ちょっと厳しいだろうな」

 啓太が封筒を見ることもなく、そらんじて見せた。表情には出さないが、心の中では褒めてもらいたくて仕方がないに違いない。

 だが、ここで下手に褒めたら、啓太を調子に乗せてしまうことは明らかだ。環が啓太の顔に冷たい視線を向けたとき、腕組みをして佑希が結論めいた言葉を口にした。

「つまり、現時点では目的も差出人も、絞り込むのが難しいってことですね」

 考察は、その時点で完全に行きづまった。

 重苦しい空気が、室内にゆっくりと、そして確実に広がっていった。

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