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上映会

上映会 ――十月二十一日(土)十六時二十分――


 紗季が、ちょうど現場についたときとほぼ同じ時刻。つまり香澄、そして環と啓太が、それぞれタクシーで現場に向かっていた、十六時二十分。

 映像研究部の部長である三年F組の玉山大輔は、第一校舎から体育館に向かって急いでいた。

 間もなく、映像研究部による自主製作映画の上映会がはじまる予定なのだが、クラスでちょっとしたトラブルがあり、教室から離れることができなくなってしまったのだ。ようやく解放されたときには、上映開始時間まで十分あまりとなっていた。

 上映のための一連の作業は事前に打ち合わせ済みだったので、責任者の玉山がいなくても上映会は支障なくおこなわれるはずだ。しかし、やはり責任者として、その場に立ち会っておきたかった。

 体育館の入り口横にある階段を駆け上がり、館内全体を見渡せる二階の映写室前に到着すると、映像研究部の生徒たちが、ドアの前に集まっている様子が見えた。生徒たちは、落ち着かない様子でドアの前を歩き回ったり、ドアノブ付近を覗き込んだりしている。

 大輔は、生徒たちに歩み寄りながら、その背中に声をかけた。

「おい、どうしたんだ。もうすぐ開始時間だぞ。早く中に入って準備をしないと、間に合わないぞ」

「あ、部長」

 一人の生徒が、困った様子で振り向いた。

「それが……」

 大輔は、言い難そうに口を開く男子生徒に歩み寄った。

「どうした? 何かあったのか?」

「映写室のドアが開かないんです。鍵が閉まっているみたいで」

「何だって?」

 彼が言わんとすることは、すぐに理解ができた。映写室に入れないということは、映画を上映することができないということだ。このままでは、上映会が失敗に終わってしまう。

 だが、すぐに思い直した。

「だったら、鍵を開ければいいだろう」

「それが……」

 要領を得ない受け答えに我慢できなくなった大輔は、返事を聞く前にポケットから合鍵を取り出すと、ドアノブの鍵穴に差し込もうとした。しかし、うまく刺さらない。

 不思議に思い、大輔はドアノブに顔を近づけてみた。驚いたことに、鍵穴が塞がっていた。

「何だ、これは」

 思わず、呟いた。

 どうやら、鍵穴に充填剤のようなものが詰められているようだった。充填剤は、当初は柔らかかったのだろうが、現時点ではすでにカチカチに固まっており、鍵を力いっぱい捻じ込もうとしても、びくともしなかった。

 大輔はドアノブを握り締めて力まかせに回してみたが、ガチャガチャと金属どうしが触れ合う音が響くばかりで、開きそうな気配はなかった。

 ――このままじゃ、上映ができない。

 大輔のこめかみを、焦燥感から生まれた冷たい汗が流れ落ちた。すでに、上映会がはじまる予定時刻の五分前、十六時二十五分だ。何も行動を起こさないまま、あれこれと考えている時間はなかった。

「文化祭実行委員に相談してみよう」

「僕が行ってきます」

 先ほどの生徒が、名乗りを上げた。そのまま、実行委員のもとに向かうために階段を下りはじめた。

 そのときだった。

 映写室の内部から、何かのスイッチが入ったような、カチリという金属音が聞こえた。同時に、ドアの上方にある小窓から光の帯が伸びる。

 光の帯は、体育館に詰めかけた観客の上に広がる薄暗い空間を通り過ぎ、舞台の上に張られている白いスクリーンの上に映像を映し出した。

 どうやら、映写機が勝手に動き、上映をはじめたようだった。恐らく、タイマーか遠隔操作によって動いているのだろう。

 大輔たちは、スクリーンに視線を動かす。

 一人の女子生徒の映像が浮かび上がった。薄暗い部屋のような場所に座り込んでいる。後ろ手に縛られているように見えた。

「これは……。誰の作品だ?」

 見た記憶のない映像だった。だが、女子生徒には見覚えがあった。

「石塚……さん?」

 同じクラスの、石塚紗季だった。

 映画作品とは明らかに異質な、よく言えばリアリティのある、悪く言えば定点カメラによる垂れ流しのような映像だった。

 嫌な予感がした。

 ――ライブ配信?

 大輔は、瞬間的に確信した。

 これは、映写機によって映し出されている、撮影済みの映画ではない。プロジェクターによって映し出されている、現在進行形のライブ映像だ。

 体育館内が、にわかにざわめきはじめた。

 そのとき、今まで体育館の中を薄暗く照らしていた照明が消えた。体育館の電源が落とされたようだった。確証はないが、上映を阻止するために、実行委員会が独自の判断で電源を落としたのだろうか。

 しかし、舞台上の映像が消えることはなかった。詳しい方法はわからないが、独立した電源が使われていることは明らかだった。

 どうしていいかわからず、大輔はほぼ満席になっている観客席を見下ろす。すべての生徒たちが、固唾を飲んで映像を見つめていた。

 大輔は、映写室の方向を振り返る。上映阻止という使命を忘れた部員たちが、他の生徒たちと同じく、舞台上のスクリーンを注視していた。

 ――一刻も早く止めなければ。でも、どうやって……?

 焦るばかりで、とっさに名案が浮かんでこない。為す術もなく、大輔は再び映像に目を移す。

 映像内で、空き缶を蹴飛ばしたような大きな音がガランと響き、同時に「誰!」という叫び声が聞こえた。

 気がつくと、大輔自身の意識も、見えない糸に絡め取られていた。スクリーンに目が釘づけになり、微かな期待感さえもって、一心に映像を眺めていた。


          *


 画面の左側から、一人の女性が登場した。髪の長い女性だった。多分、大輔たちと同じぐらいの年齢なのだろうが、妙に大人びて見えた。女性は画面の中央、拘束されている紗季の方向に歩を進めながら、画面右奥に向かって呟く。

「葵……」

 その声に、右の暗闇から一人の長身の男子生徒が姿を現した。いや、男子生徒ではない。髪は短く、スラックスを履いているが、確かに大輔と同じ藤桜学園高校の女子生徒だった。

 ――坂元、佑希……?

 同じ映像研究部の部員だ。見間違えるはずもなかった。

 佑希は、女性の姿を見て、明らかに驚いている様子だった。「あなたは……」と言いかけて、目を大きく見開く。

「お姉……ちゃん? 伊織お姉ちゃん?」

 確かに、そう聞こえた。

「そう、私はあなたの姉、雨宮伊織よ。今は畑中香澄という名で、S市にある(そう)(ふう)高校に通ってる。私を騙ったあなたのブログ、全部読んだわ」

 女性が、よく通る声で答えた。

 一瞬、驚きに満ちた表情が、佑希の顔に広がった。驚愕の表情は、やがてほんの少しずつではあるが、安堵のそれに置き換わっていく。佑希の口から漏れ出た声が、体育館の舞台上に設置されているスピーカーの振動板を震わせた。

「お姉ちゃん……。生きてたんだ」

 次の瞬間、何かを思い出したように、佑希の目が一段と大きく見開かれた。瞳孔が拡大する様子がスクリーン越しに見て取れた。

「でも九年前、あの炎の中から、どうやって……」

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