ライブ配信
ライブ配信 ――十月二十一日(土)十六時二十分――
そのとき、田川翔は自宅の二階にある自分の部屋で、机に置かれたゲーム用デスクトップパソコンの画面を凝視していた。
カーテンが締め切られているため、まだ日没には早い時間だというのに、この部屋だけは夜であるかのように暗い。ただ、パソコンのモニター画面と本体だけが、怪しげに明るい光を放っていた。
部屋の床は、漫画雑誌やパソコンゲームのパッケージ、パソコン関連の本などで埋め尽くされている。その結果、板張りの床が確認できるのは、机とベッドを結ぶ動線部分だけになっていた。
部屋の入り口近くには、母親が部屋の前に置いていった昼食の食べ残しが放置されている。その横では、この半年ほど袖を通していない学生服が、壁に吊るされたままで埃を被っていた。
翔の顎には、高校生らしからぬ無精髭が生えている。その髭を右手で撫でながら、翔は画面右下の時計を確認する。
時計は、ちょうど十六時二十分を指していた。
――間もなく、ライブ配信の時間だ。
*
一年ほど前のことだった。暇に飽かしてスマートフォンを見ていたとき、奇妙なブログを見つけた。
運営者名はSWEET DARKNESS152。書かれている記事は、このような内容だった。
私には、両親がいなかった。
唯一の家族だった妹とは、火事が原因で離れ離れになってしまった。
それもこれも、すべて“アイツ”のせいだ。
これは、私が妹にプレゼントしたザクザクチョコの懸賞で当てた爆裂闘士ギガソルジャーのソフトビニール人形だ。
悪を許さないギガソルジャーの生き方は、私自身の理想の生き方でもある。
“アイツ”を懲らしめて、理不尽な呪いを終わらせようと思う。
翔自身も、かつてはザクザクチョコやギガソルジャーが好きだった。このブログの運営者が人形を手に入れたのと同じ懸賞にも応募したが、残念ながら外れたという経験ももっていた。
だが、それ以上に、ブログの運営者の不幸な身の上に興味をもった。もちろん、書かれている生い立ちや、姉が誰かに殺されたという内容が事実であるかどうか、翔にはわからない。
しかし、少なくとも文面から溢れ出ている憎しみや怒りが、翔自身が家族や学校、社会に対して抱いている不満や憎しみと同質のものであるように思えた。
――こいつは、俺と同じ苦しみを背負っている。
そう直感し、何度かメッセージを送ってみた。ギガソルジャーについて、そしてお互いが社会や周囲の人々に対して抱えている不満や怒りについても、もっと深く語り合いたかった。
返事はなかった。
だが、忘れかけた頃に更新されるSWEET DARKNESS152の記事を、それでも翔は興味深く追いかけ続けた。
そして今日。
「十六時三十分、添付画像の場所で、呪いに終止符が打たれる」という内容が書き込まれた。
いわゆる犯行声明に間違いなかった。ブログの運営者が、姉妹を引き裂いた“アイツ”に対して復讐を決行する決断を、ついに下したのだ。
しかも、記事によると、十六時二十五分から、動画サイトでライブ配信がおこなわれるという。
テンションが一気に上がり、翔は文面を何度も読み返した。読み返す度に、自分の心の底から暗く熱いマグマのような衝動が沸き上がってくるのがわかった。
ぜひ現場に行きたかった。しかし、翔が住んでいるのは中国地方だ。一方、現場は関東地方なので、残念ながら駆けつけることはできない。
――ならば、せめてこのライブ配信を通じて、事件をこの目で最後までしっかりと見届けよう。
興奮を抑え切れない翔は、指定時間の一時間前からパソコンの前に座り、画面を見つめ続けていた。
時間が迫るに従って、握った両の拳に力が入り、手のひらが汗ばんでくるのがわかる。翔は、一週間ほど履き続けている薄汚れたジャージの太ももに手をこすりつけ、滴り落ちる汗を拭った。
パソコンの横に置いていたアナログ目覚まし時計の針が、カチリと音を立てて十六時二十五分を指し示した。
その瞬間。
待ち受け画面が、新しい画像に切り替わった。
いや、画像ではない。動きが少ないため、一見すると静止画像のように見えるが、紛れもない、動く映像だった。映像の中では、高校の制服らしき紺色のブレザーを着た若者が、薄暗い室内の中央で後ろ手に縛られたまま、座り込んでいた。
――はじまりやがった。
これは映画でも、ドラマでも、芝居でもない。紛れもなく、今どこかで起こっているリアルな”事件”だ。そして、自分はその事件の未届け人なのだ。
今までに感じた経験のない興奮に、翔の全身の毛が逆立った。拳を握り締め、食い入るように画面を見つめる。
人間の愚かな所業をはるかな高みから見下ろす、神になった気分だった。