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正体

正体 ――十月二十一日(土)十五時五十分――


 喫茶店を出た環と啓太は、梅沢から聞いた事実を紗季に伝えようと、学校に向かって急いだ。

「そうだ。梅沢さんと話をしたことだけでも、石塚に連絡しとかなきゃな」

 啓太は、思い出したようにそう言うと、ブレザーのポケットからスマートフォンを取り出し、通話ボタンを押した。環は、早足で啓太に並びながら、スマートフォンに耳を近づけてみる。断続的な呼び出し音が聞こえた。

 電源は切られていないようだが、応答はない。何度かかけ直してみたものの、繋がる気配はなかった。

 自然に、より一層、早足になる。

 学校の門をくぐると、校内は相変わらず生徒たちや保護者、他校の生徒たちなどでごった返していた。環と啓太は、人々の間を縫って校舎に入ると、下駄箱で上履きに履き替え、真っ直ぐ生徒会室に向かった。

「紗季には、さっき聞いた話についてどう説明するの。竹内さんには、東谷和彦の娘さんの話はオフレコだって言われたけど」

「全部を話すわけじゃないさ。俺たちが知らなかっただけで、すでに公にされてる情報だけなら問題ない」

「具体的には?」

 啓太は足を止めることなく、前を向いたままで答える。

「見つかった死体は、死後、数年がたっていた白骨死体で、伊織ちゃんじゃなかった。だから伊織ちゃんは、まだ生きている可能性がある。ここまでなら、話しても大丈夫だ」


          *


 生徒会室は、無人だった。

 部屋の中を見渡すと、机の上に紗季のスマートフォンが放置されている。道理で、電話が繋がらないはずだった。

 スマートフォンの横には、食べかけのクレープや飲みかけのお茶とともに、開いたままのノートパソコンが置かれている。ノートパソコンを見ているときに慌てて部屋を出たという状況が、容易に想像できた。

「石塚、どこに行ったんだろう?」

 呟く啓太の横で腕組みをしていた環は、妙案を思いついて声を上げた。

「この様子から見ると、紗季はノートパソコンを見ていて、慌てて飛び出したんだよ。つまり、手がかりは紗季のノートパソコンにある」

 躊躇うことなくノートパソコンに手を伸ばし、起動スイッチを押そうとする環を、啓太の声が咎めた。

「やめとけよ」

「でも、紗季がどこに行ったかわかる手がかりがあるかも……」

 一瞬、考えるふりをした啓太は、環の論理的かつ正当な主張にようやく納得したのか、しぶしぶ同意した。

「ちょっとだけだぞ。変なとこは見るなよ」

 啓太が首を縦に振ったということは、何かトラブルがあったときは啓太の責任になるということでもある。環は紗季のノートパソコンに手を伸ばすと、早速スイッチを入れて起動させた。

 明るくなった液晶画面に、メールソフトが現れた。もっとも新しいメールは、無題となっている。

 環は、躊躇することもなく、最新のメールを開いた。

 想像もしていなかった文面が、目に飛び込んできた。

 それは、今日の十六時二十分、つまり今から二十五分後に、坂元佑希が監禁されている山城町に来るよう、紗季に対して要求する内容だった。

 明らかに、脅迫犯からの新しい脅迫状だった。

 よく見ると、メールには二枚の画像ファイルが添付されている。

 環は息を飲み、ゆっくりと啓太の顔を見上げる。後ろから画面を覗き込んでいた啓太は、環と顔を見合わせると、小さく頷いた。

 クリックによって現れた一枚は、建物の内部と思しき写真。そしてもう一枚には、見慣れた人物の姿が写っていた。

 坂元佑希だった。

 佑希は、力なくうな垂れ、床の上に座り込んでいる。よく見ると、後ろ手に縛られている様子だった。

「犯人は、いったい誰なんだ!」

 啓太は怒声を上げるなり、駆け出そうとした。そんな啓太を、環は「待って!」と静止した。

「この建物の画像、検索にかけてみようよ。まったく同じ画像が掲載されているホームページやブログが見つかれば、犯人に繋がる新しい情報を得ることができるかもしれない」

 啓太は足を止めて振り向くと、ゆっくりと環に近づき、肩越しにノートパソコンの画面を覗き込んだ。

「なるほど。確かにそうだな。だが、時間がない」

 そう言うが早いか、啓太はたまたま傍らに置いてあったUSBケーブルを手に取った。そのまま、ケーブルをノートパソコンに差し込み、添付画像を自分のスマートフォンにコピーしはじめる。

 あまりにも躊躇いのない行動に環が驚く間もなく、コピーを終えた啓太は、スマートフォンを素早くポケットに入れた。

「とにかく、山城町へ急ごう! 続きの作業は、タクシーの中だ」

 環は、啓太とともに、慌てて生徒会室を飛び出した。


          *


 脅迫犯がメールで指定した現場へと向かうタクシーの中で、後部座席の環は横に座っている啓太に問いかけた。

「それにしても、文化祭当日なんて……。脅迫犯はなぜ、そんな日を選んだんだろう?」

「文化祭がいつかなんて知らなかった可能性もあるし、たとえ知っていたとしても、決行日が文化祭当日かどうかなんて関係ないんだろう」

 後部座席で環の横に座った啓太は、スマートフォンの画面を見つめながら、首を小さくかしげた。

「あるいは、文化祭当日でなければならなかった……、っていう理由もあるのかもしれないな」

 啓太は、ブラウザの画像検索機能を使い、先ほどの画像の検索を試みはじめていた。

 まず、佑希の監禁写真を選択して検索してみたが、ヒットしなかった。続いて、建物内部の写真を選択して画面をタップすると、数秒後、候補となる写真が画面上にズラリと現れた。色調や構図がよく似ているだけの写真がほとんどだが、そのなかに一点だけ、まったく同じ写真があった。

 啓太は、写真の下に表示されているアドレスをタップし、その写真が掲載されているサイトを表示させた。

 個人的なブログの画面が現れた。メールと同じ建物内部の写真の上には、短い記事が添えられていた。

 その内容は、今日の十六時三十分に、写真の場所で、呪いに終止符が打たれるというものだった。さらには、興味のある人に対して、現場に来るよう促す内容も添えられていた。

「これって……」

 横から画面を覗き込む環に対して、啓太は大きく頷く。

「ああ、脅迫犯は、石塚本人に宛てたメールだけじゃなくて、オープンなブログでも犯行予告をしていたんだ」

 書き込まれた時間を確認すると、九時間前とのことだった。間違いない。これは確実に、脅迫犯本人の記事だ。そうとしか考えられなかった。

 運営者名はSWEET DARKNESS152。アクセス数を確認してみると、五十数人だった。閲覧者との交流は一切なく、記事の更新も一ヶ月に一回程度なので、アクセス数の少なさにも納得がいった。

「それにしても、写真や犯行予告をインターネットに上げるなんて……。一体、何のためにそんなことを?」

「恐らく、ネットを通じて復讐の一部始終を見世物にしてしまおうと考えたに違いない。いわゆる、劇場型の復讐だ」

 信じられなかった。復讐を果たそうとするばかりか、それを見世物にしようとするなんて……。怒りに近い感情が、環の心の中に沸き上がった。啓太も同じ気持ちになっていたようだ。

「そんなことを、許すわけにはいかない」

 呟きながら、興奮した手つきでブログの画面をスクロールし、もっとも古い記事から順番に内容を確認する。


私には、両親がいなかった。

唯一の家族だった妹とは、火事が原因で離れ離れになってしまった。

それもこれも、すべて“アイツ”のせいだ。


「これって……。まさか、伊織ちゃんのブログ……?」

 思わず口にした環の問いかけに、啓太は硬い表情で頷いた。

 さらに読み進めると、


この人形は、私が妹のためにザクザクチョコというお菓子の懸賞で当ててプレゼントした限定品。

爆裂闘士ギガソルジャーのソフトビニール人形だ。

そして、悪を許さないギガソルジャーの生き方は、私自身の理想の生き方でもある。


などの書き込みがあった。

 この一文以降のどの記事の写真にも、隅にギガソルジャーのソフトビニール人形が写り込んでいる。どうやらこのブログは、ギガソルジャーが思いを語っているという設定でつくられているようだった。

 ちなみに、爆裂闘士ギガソルジャーとは、十年近く前に子供たちの間で爆発的に流行した特撮ヒーロードラマだ。

 嫌な予感しかしなかった。画面を、さらにスクロールする。

 その下には、


決めた。

私は、このギガソルジャーとともに“アイツ”を懲らしめて、理不尽な呪いを終わらせようと思う。

このブログは、そんな私の備忘録といってもいいだろう。

そして、すべてが終わったとき、きっとこの備忘録も終わりを告げる。


と続いていた。そして、去年の十一月の記事は……。


ついに、“アイツ”を見つけた。


 記事には、一緒に二枚の写真が貼られている。

 一枚目には、画面がぼかされているものの、明らかに藤桜学園高校の制服を着た女子生徒が小さく写っていた。恐らく、この生徒が紗季なのだろう。

 続いて、もう一枚の写真を確認する。その写真の左隅には、銀色のライターを持つ左手が小さく写っていた。側面に、ポーズを決めるギガソルジャーが黒いシルエットで描かれたライター……。

 環は、左手の人差し指で画面の左隅を指差しながら、啓太の肩を静かに叩いた。環の指先に視線を落とした啓太は、何かを思い出したように目を見開くと「驚いたな」と一言、呟いた。

 ――すべての点が、今、一本の糸で繋がった。

 明らかに動揺している啓太の横で、環は最新の記事に視線を戻す。

 最後の一行には、動画サイトのアドレスとともに、こう書かれていた。


ライブ配信 十六時二十五分


 その一行を目にして、環は決行日が文化祭当日だった理由を、初めて理解した。

 脅迫犯は単に復讐を果たすだけでなく、それを学校行事随一の晴れ舞台である文化祭に合わせて、大いなる見世物にしようと目論んでいたのだ。

 ――梅沢さんたちと、もっと早く会っていたら……。

 仕方ないこととはいえ、梅沢の話を聞くのが文化祭当日になってしまったことが、心底悔やまれた。

 それにしても、今は十六時十分。配信開始まで、あと十五分しかない。

 ――間に合うだろうか。

 いや、間に合わせなければならない。かけがえのない友人を救うために……。

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