イマを生きる思い出
3年前の2021年1月に書いたものを発掘したので、載せておきます。
それは、遠い過去。過ぎ去ってしまったもの。
だけど僕にとっては……。
「おばあちゃん、来たよ」
少し立て付けの悪くなった勝手口の引き戸を、両手で思いっきり開いてから僕は叫ぶ。ガラガラという音に負けないよう、耳の悪い僕の曾祖母に聞こえるように。
「おお、弘人、よく来たね」
僕の声を聴きつつけて、僕が『おばあちゃん』と呼ぶ曾祖母が奥の庭の方からやってきた。
「あ、庭にいたんだ。元気?」
「ああ、はいはい、元気だよ」
落ち着いた彼女の声は明らかにご機嫌で、歓迎してくれていることに嬉しくなる。
一足先に玄関を上がり、今にも折れそうなくらい細い体の曾祖母が靴を脱ぐのを待つ。彼女は九十歳を超えているが、背筋はまっすぐで、きっとまだまだ、これからも一緒にいられるように思う。
「弘人は、今年で中一だったっけ?」
「中三だよ。受験生」
「そうかいそうかい。ほら、お茶をいれてあげる。おにぎりも握ろうか」
「うん、ありがとう!」
僕は昔から、曾祖母の淹れるお茶と、おにぎりが好きだった。味がというのではなくて、おばあちゃんが作ってくれるから、好きだった。
それから僕たちは、居間で色んなことを話した。学校のことや、塾でのこと。いっぱいいっぱい。
何時間たったのか、そう思ってふと時計を見る。
「あれ、もう十五時か。三時間もたってたんだ」
「そうみたいだね。……ほら、湯飲み貸しなさい。お茶入れてあげるから」
僕は少し迷って、断ることにした。そろそろ母が迎えに来るからだ。
「んー、そろそろ帰らないとだからいいよ」
「そうかい……? なら、これ持っていきなさい」
「うん、おばあちゃんありがとう」
僕が差しだされたみかんを受け取った時、ポケットのスマホが鳴った。母だ。
「あ、母さん来たみたい。それじゃあ、またね」
「ああ、またいつでもおいで。待ってるからね。……でも、ゆっくりでいいからね?」
「……うん!」
またガラガラと耳障りな勝手口の引き戸を開けて、僕はゆっくりとその家を後にした。
「おまたせ」
「お帰り、どうだった?」
「ん、楽しかった」
「そう、ならよかった。……そうだ、少し遅いけど、お墓寄ろうか」
「……うん」
母の運転で人気の無い墓に行き、慣れた足取りでそこを目指す。
奥の方にある僕の家のお墓。
そこには、曾祖母の名前が刻まれていた。