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短編 待ち受け画面の人。 わたしとおばあちゃん。

作者: 単独行

私は今、電車を乗り継いで母の故郷へ向かっている。

最後に来たのはお婆ちゃんが亡くなった小6の時だから、それ以来だ。

きっかけは大学で色々あって落ち込んでいたのを見かねた母が、「そんな時は、お墓参りに行くといいわよ」と、いう一言。

それが母なりの気遣いであるのは分かっていたけれど、その時の私はひどく荒んでいて、「なんで、お墓参りなの? 」と、ぶっきらぼうに言い放ってしまった。

でも、母はそんなへそ曲がりな私も理解していてくれていたから、嫌な顔をせずに、「私もね、高校生の時、悩み事があってね・・・・・・。そんな時、お婆ちゃんが、お墓参りに行ってご先祖様に悩み事を聞いてもらういいよって、言ってくれたの。でね、半信半疑で一観たら不思議とすっきりしたのよ。だから、あなたも騙されたと思って行ってみたら?」と、言って優しく私の肩に手を乗せた。

寛大な母には感謝しかない。私は荒んだ気持ちを力任せに押し込めて、「・・・・・・うん。じゃあ、次の休みに行ってくるよ」と、強がってみせると、母は満面の笑みを浮かべ、「ふふっ。いい子ね。じゃあ、おじいちゃんとおばあちゃんによろしくね」と言って、丸みのある白い長財布を持ち出し、「今回は特別よ」と信介さんを、2枚、私の前に差し出した。


「あっ、ありがとう」


余分なお小遣いは、いくら頼んでも却下されてたから、「どうした母!! 」と驚いたけど、現金な私の手は、自然とお札に伸びていた。



長く暗いトンネルを抜けると青い海が見えた。太陽が反射してキラキラ輝いて、とてもきれい。

全てが懐かしくて、流れていくのどかな風景を眺めていた。でも、それもすぐに飽きちゃって、電車の心地よい揺れと、弱冷房の空調と、イヤホンから流れる音楽に身を任せていたら、いつの間にか眠落ちしてしまってた。


下車駅のアナウンスが遠くに聞こえて慌てて目を覚ます。


「ヤバっ」


電車はゆっくりと駅に滑り込み、私は鞄をギュッと抱えて停車した電車のドアから飛び出した。すると暖かい海風が頬を撫で、深呼吸をすると潮の香りがした。

ああっ、この感じだ。


「ほんとに変わってないなぁー」


忘れかけていた感覚に、思わず独り言が漏れて顔が緩む。


改札を抜け、緩やかな細い道を上ってゆく。両脇には数件の家が建っているけれど、人影もなく、しんと静まり返っていて、聞こえてくるのは鳥の鳴き声と木々を揺さぶる風の音くらいだ。

記憶を辿りながらミカン畑の真ん中を通る道を抜けてゆくと、目の前に見覚えのあるお寺の門が見えてきた。

門をくぐって右に行けば墓地があるはず。


「確か三列目の・・・・・・、7つ目だったかなぁ」


曖昧になった記憶を辿り、一つ一つ、墓石を見てゆく。


「あった!」


母の旧姓が刻まれた墓石。迷わず見つけられて、ちょっとうれしくなる。

6年ぶりくらいに来たけれど、お墓は綺麗に掃除されていて、供えられたお花もまだ新しく、みずみずしさを保っていた。

そういえば、おじさんやおばさんが時々来ていると母が言ってたな。おじさんとおばさんには感謝しかない。


あの頃と変わらない墓石なのに、ずいぶん小さくなったなと思う。いや、自分の背が伸びたから?いや、なんだろう。不思議とすべてが小さく見える。いや、そんなことよりもだ。


「おじいちゃん、おばあちゃん。ずいぶん来てなくてごめんね」


お墓の前に座り、手を合わせ、そっと目を閉じる。

「手を合わせて悩み事を心の中で言ってみるといいよ」と、言ってたけれど、これで、何か良くなるのかなァ・・・・・・。と、思いながら、悩み事を呟こうとすると、ドスンと言う音と共に「あいたたた」と、いう声が聞こえてきた。


目を開けて周りを見渡すと、後ろのお墓の前で、どこかのお婆ちゃんがしりもちをついていた。


「大丈夫ですか?」


私は声をかけながら、お婆ちゃんの元に駆け寄ると、「ありがとう。年を取るとこれだからねぇ」と言って手を振った。

お婆ちゃんの身体を支え、立ち上がるのを手伝うと、「ほんとうにすまないねぇ」と、曲がった背をさらに折るようにお辞儀すると、独り言のように「やっぱり平和な世の中っていいわねぇ。」とつぶやいた。


最初は「ん?」と思ったけれど、個人的には色々あって大変だけど、世の中は至って平和だから、「そうですよねー。平和っていいですよねぇ」とのんきに答えた。

すると、お婆ちゃんは、右手に持っていた小さな布製の手提げ袋から、前世代のスマホと呼ばれた通信端末を取り出して、少し曲がった人差し指で電源を入れると、画面に若い男性の姿が映った。


「かっこいいでしょ。これ、私の旦那」


「かっこいいですねぇ。お幾つくらいの時ですか?」


「18歳だったかな・・・・・・。何度も、消去しようと思ったけれど、やっぱりできなくてね・・・・・・」


お婆ちゃんは少しさびしそうにつぶやき、そのまま待ち受け画面をしばらく見ていた。

私は何か言わなくちゃと、何気なく「いつごろ亡くなられたんですか?」と尋ねた。するとお婆ちゃんは、「数年前の紛争の時よ。あなたはまだ生まれてないから知らないかもね」と、言った。


お婆ちゃんの言う通り、紛争って学校の歴史の時間でしか聞いた事がなかったから、学生服を着ている爽やかな男性が紛争とどう関係があるのか分からなかった。


返事に困っている私を見ていたお婆ちゃんは、左手を少し上げて墓地の隅の方を指さして、「あのお墓、何のお墓だかわかる?」と言った。

お婆ちゃんが指さした墓石は、ずいぶん古いもので、所々が欠けていて、少し高い墓石を中心に、7つの墓石が左右に分かれ整列してるような風にも見えて、周りのお墓とはずいぶん様子が違っている。


「う~ん。なんだろう。なんか特別な感じはするけれど、わからないなぁ」


本当に分からなかった私は、そのまま言葉にした。お婆ちゃんは、「そうそう、私もあなたと同じ年頃の時はそう思っていたわ」と、懐かしそうに微笑み、


「穏やかな日々を過ごしていると、争い事なんて関係ないって思うのよね・・・・・。あの並んでいるお墓はね、ずいぶん昔にこの地域から出兵していった人達のお墓なのよ。帰りにお墓の横を見てみて。どこで戦死したのか刻んであるから。それが刻んでないお墓はどこで亡くなったのかもわからないままなのよ。」


と、言った。


幼い頃、ここに来るたび目にはしてたけれど、あのお墓がなんなのかを初めて知って驚いていると、お婆ちゃんはすこし悲しそうに、ゆっくりと語りだした。


「戦争なんて大昔の出来事だって思ってた。でもね、争いは知らない間に私たちの足元に忍び寄ってきて、突然私たちを巻き込んだのよ・・・・・・。ある日ね、憲法が変わったのね。それでね、その中に徴兵制度があって・・・・・・。そしたら旦那は訳が分からないうちに兵士になってしまって、知らない国に連れてゆかれて命を落としてしまったの。」


男子は22歳になったら兵役がある。それは私にはごく普通の事だったから、「そんなことがあったんですね。」としか答えられなかった。するとお婆ちゃんは、


「今でも悔やまれるのは、政治に無関心だった事・・・・・・。憲法が変わる前からネットニュースに上がってたのは知ってたけど、いつも関係ないって思ってた。他人事じゃないのにね・・・・・・。あなたは、まだ若いからこんなこと言ってもよくわからないわね。」

と、ため息交じりにつぶやいた。


「政治に無関心」 意表を突くその言葉は、私の心に刺さった。

でも、それが、なぜ、心に刺さっているのかは分からない。

この気持ちをどう説明すればいいのか分からずに戸惑っていると、


「ごめんなさいね。突然話しかけちゃって、この年になると愚痴をこぼす相手もいなくなってね。つい話しかけてしまったわ」


そう言ってお婆ちゃんは頭を下げた。

恐縮した私は、「こちらこそ大切なお話を聞かせてくれてありがとう」と、言ってお辞儀をしたらお婆ちゃんは、初めて自分の気持ちが伝わって喜ぶ幼子のように、嬉しそうに皺くちゃの笑顔を私に見せた。


「じゃあ、またね」


そう言って、杖を突きながらゆっくりと歩いてゆくお婆ちゃんを見送り、ふと我に返る。


「私の悩みって・・・・・・」


好きな人が突然この世からいなくなる。それも、本人が望んでいない争いをする事を憲法が進めたからと言う理由で。

でも、それって、本当に正しい事なの? 私たちの生活を脅かす大きな集団から護るためなら、その悲しみを受け入れられなくはないと思うけど、命令で知らない国に行って、知らない人たちと戦って、命を落とすって、私なら受け入れられない。


おばあちゃんが、指さした古いお墓を見に行く。墓石の横には、その人が亡くなった場所と思われる東南アジアや隣国の地名が刻まれていた。そして何も刻まれていない墓石もあった。でもその代わりに、


「とこしえにくにやすかれとまもりませ、功ととめてゆけるみたまよ」


と、刻まれていた。


思わず息をのむ。悩みを解消するためのお墓参りだったのに、お婆ちゃんのしてくれた話が、私の頭の中でぐるぐると巡りだしていた。



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