なぁ、本人の前でもそれ言えるんか?
本人のいない所でコソコソと悪口を言ってるそこのおじさん! 今から言うことをよく聞きなさい!
草むらに野グソがあったとする。あなたはその野グソに対し、どういったアクションを起こすだろうか。
見なかったことにする? 記憶には残すけど通り過ぎる? 写真を撮る? ツンツンする? 触る? 掴む? 持つ? ポケットにしまう? 家で温めて食べる?
それとも、罵倒する?
「きたね」
「クッサ」
「トウモロコシあんじゃん」
「消化されてないね」
「正常より黒くね?」
「不健康なんじゃね」
「本当に汚いうんこだな、親の顔が見てみたいわ」
「死ね」
なぁ、本人の前でもそれ言えるんか?
野グソの隣に持ち主がいても同じこと言えんの?
持ち主ってなんかしっくり来ないな。なんだろ、うんこの主? 生産者? 生産者にしておくか。私が生産しました、の顔写真とともに野グソが置いてあったら面白いな。
生産者が隣にいたとして、それでも同じことが言えるというのなら、それはもはや野グソに対しての言葉ではなく、その生産者へ直接悪口を言っているのと同じなのではないだろうか。
つまり草むらで会った知らない女性に悪口を言うことになるわけだ。初対面だぞ? 言えるか?
私は言える。それどころか、本人がいた方がもっと言えると思う。そもそも人が通るような草むらで野グソをするというのは重大な罪であり、死に値する行為であるので、私はそいつを自死へと追い込むだろう。
人が通るということは、人が踏む可能性があるということだ。それこそ本当に穴だらけにして殺してやろうかという気持ちが生まれるものである。
という理由で私はこれまでに9000人の野グソリストを葬ってきた。彼らは死に際に必ずこう言うのだ。
「俺の暴走を止めてくれて、ありがとう⋯⋯」
そう、彼らはやりたくてやっている訳ではないのだ。内なるモノの力により善悪の区別がつかない状態にされ、野グソをさせられる。その野グソを踏んだ者は例外なく皆命を落とす。こんなことがあっていいのか、と彼らは彼らなりに悩んでいたのだ。
この死に際の「ありがとう」だが、私は人に感謝されるのが大好きなので、毎日1人は殺るようにしている。天職だなぁ。
作者の怒りエッセイだと思って来られた方が8割だと思います。釣りタイトルみたいになってしまい申し訳ございます。ございますよ。今から申し訳るよ。釣りみたいにはなったけど、実際釣りではないし、私はそもそもこのつもりで書いてるんだから、野グソが出てくるなんて聞いてないなんて言われても知りませんとしか言いようがないこともないです。他にも言いようはありますけどトイレ行きたいので言いません。それではさようなら。