ヒロイン不在の世界で悪役令嬢は苦悩する
出来たらとても短いものですので、前作達を読んでみて下さると嬉しいです。いつもいいね、評価、ブクマなどありがとうございます!
この世界は私が日本という国で生きていた時にプレイしていた、所謂乙女ゲームの『神々のギフト〜聖なる乙女の祝福〜』に酷似している。
私は悪役令嬢、メルトリーナ・ラランドに名前も姿も身分も同じ。
けれど私は王太子のウィンベル殿下の婚約者になる事は…ぎりぎり回避した様だし。
幼い頃から傍に居たカイルがずっと好き。カイルは隠しキャラではあったけど、ラランド侯爵家と縁があるとか、そもそも悪役令嬢である本来のメルトリーナが祝福持ちだとはゲーム中では言われた事が無かった。
けれど私は『異界の巫女』と言う祝福を得てこのことを思い出した。
この世界にはヒロインである『聖なる乙女』が、その能力で世界を壊そうとする闇のドラゴンを愛する人と共に討伐してハッピーエンド。それが大体のこのゲームの鉄板のエンディングなのに。
ヒロイン不在のルートなんて、どういう事だろう。
ヒロインが居るから大丈夫だろう、なんて安直な考えで領地でのんびりしていた自分を倒したい。
そして追い撃ちをかけるようにドラゴンが復活するとか、なんて無理ゲー。昔の私ならちょっとストーリー破綻しすぎてついて行けないわ、と積みゲーにしたに違いない。
でも私はこの世界で生きているのだから、最善を尽くすしかない。その為に王都に帰ってきたのに。
「おかしいな、うちのお姫様は領地で反省している筈なのになんでこんな所に居るんだろう」
極寒の貼り付いた笑みを浮かべたお父様に思わず固まってしまった。お父様に氷属性って似合わないな、と思っていた事、娘は反省しております。よくお似合いです…。
「そ、そんな場合ではないのです!ドラゴンが復活したと聞き、」
「そんな?嫌だなメル、もう一度言ってみて?ドラゴン復活の予兆を知り、お人好しにも程があるメルが首を突っ込まない様に安全な場所に居て貰いたかった旦那様と俺の心からの善意をなんて?」
「ご、ごめんなさい…」
こちらはこちらで闇の魔力がその身から滲み出ている。だけどここで負ける訳にはいかないのです。
「お父様、カイル。私は『巫女』の祝福に選ばれています。私にしか出来ない事があるのです。ですから、帰る事は出来ません」
『巫女』は本来発現と共に、神殿に身を置き、祈りを捧げる者が殆どだ。その祈りにより、様々な加護が得られる。だから冒険者などは大きな依頼の前に神殿に立ち寄るし、騎士も任務に就く前には巫女に加護を求める。
「………祝福を俺にすら教えなかったのは納得したよ。で?俺より世界を選んだから戻って来たの?それはちょっと、大分、怒り心頭だなぁ」
その言葉に流石の私もカチンときた。
「ちがっ、違うよ!!私は常にカイルが一番大好きだよ!?でも幸せにしたいし、なりたいもの!私だって世界が滅ぶまで一緒と、一生一緒には居られないかもしれないけどカイルが生きてる世界とで凄く悩んだのに酷いわ!!」
「ドラゴンくらい俺が倒して来るから待って居ようって考えにはいたらなかったわけ?」
「くらい!?ドラゴンをくらいって言う!?世界最強のドラゴンをそんな風に思える訳ないでしょう!?カイルが死んじゃったら私が逆に世界呪ったりしないかそっち心配するべきじゃないの!?」
「二人共ちょっと落ち着こうか」
「「すみません」」
お父様に初めて頭叩かれた。そして冷気が酷い。今はまだ見ぬドラゴンよりお父様が怖い。
「とりあえず、知られてしまった事は仕方ないね。そして知って、こうして関わった事には責任が伴うよ、分かるねメルトリーナ」
「はい」
「カイルも自分の視る物しか信じないのは良くないね。私の娘は寂しい事にお前に大分懸想している事をそろそろ信じてやってくれ」
「…………はい」
「よろしい。二人共、ドラゴン討伐への出発は明後日だ。お互いを大事にする事には慣れているだろうけど、お前達は自分を大切にすることが下手だね。きちんと向き合いなさい。年長者から言ってあげられるのはこのくらいだ」
明後日。そんなに悠長にしていて良いのだろうか。ドラゴンはその間どうしているのか。私のそんな心配を感じ取ったようにお父様はいつもの優しい微笑みを浮かべた。
「強者の余裕なのか、大人しいようだよ。一日ある、自分の苦手な事をするのは大変だろう。でも頑張りなさい、メル。私達の愛しいお姫様」
お父様が軽く手を振り、離れて行く。
私はさっきの口論でカイルと向き合うのが気まずいと思っている事に少なからずショックを受けていた。
昔はどんなに喧嘩したってこんな気持ちにはならなかったのに。どうやって仲直りしていたんだろう。もしかしたら呆れてしまったのかも知れない。
神殿は入ったら、出して下さいはいどうぞ、と言う場所ではない事は私も知っている。
それこそ結婚する、とかそういう事がないとなかなか帰れないと聞いた。
私だってずっとカイルと一緒に居たい。ずっとそう思って生きて来たのに。
どこで私達はボタンをかけちがってしまったんだろう。
「メル、少し歩こうか。一番伝えたかった事を俺はまだ言っていない気がするんだ」
カイルが少しぎこちなく笑って、私に手を差し伸べる。一番伝えたい事ってなんだろう。私がそっと手を乗せると、カイルはまるで大事な壊れ物の様にそっと私の手を包み込む。
「…………メルと出逢った頃、俺は、空っぽだった。それで良いとさえ思ってた」
私が心配してカイルを見つめると、カイルは少しバツが悪そうな表情をして、深く息を吐いた。
「その空っぽに、初めて入ったものが、真っ赤なキャンディだった。自分が一等好きな物なのに、特別だからくれるんだと、そう言われて、酷く居心地が悪かった」
それは私にも大切な思い出のひとつだった。苺味のキャンディから始まり、私は沢山の物をカイルに渡した。中には渡されて困った物もあっただろう。それでもカイルが私に要らない、と返す事はなかった。
「少しずつ、人らしくなる自分に大分戸惑った。それに怯えた事もある。それを打ち明けた事は、一度しか無かったけどな」
「………それ、私、知らない」
「たまにはメルも妬く側の気持ちを思い知れば良い」
「知らない、ねぇ、誰?決闘状突き付けて来るから」
「ほんとうに?」
「本当に!」
「じゃあ、どうぞ」
カイルが向かっている先は知っていた。
だって私も幾度と通った事のある道だったから。
屋敷の裏の、小さな林の中にその人は眠っている。
「お久しぶりです、約束を果たしに来ました」
此処は、私のお母様が眠る場所だ。
「ようやく、胸を張って言える様になる予定です。世界の危機が都合が良いなんて凄く俺らしくないですか?」
カイルは何を言っているのか分からない程私は動揺していた。微かにふるえた私の手を、カイルは強く握った。思わず顔を上げると、カイルはとても優しい顔で私を見ていた。
「もう連れて逃げたいなんて言わない。メルトリーナ、俺と、家族になって欲しいんだ」
似合わないな、とぼそりと呟いたカイルに私はしがみつくように抱きついた。
「お嫁さんにしてくれるの」
「するよ、もう決めたんだ」
絶対にする、そう甘い声で言われて、私の心はもうカイルが好き過ぎてわけが分からなくなっている。
「メルが大事に育ててくれたから、俺も俺を大事にする。絶対生きて帰る。だからメルもそうして」
終わりませんでした。
多分次こそエンディングになると思います。