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イケオジ好きの私が運命の出会いだと思って逆ナンした相手は、小さい頃に私をいじめていた近所のお兄ちゃんでした。

作者: もちすけ




その日、アリシアは酔っていた。


嫌味な上司に面倒な残業を押し付けられた挙げ句、半年前に婚約破棄を告げられた相手からは結婚の報告。私よりも更に年下の男爵家のご令嬢らしい。私より十歳も年上だったのに、うまくやったものだ。

こちとら別れてからお一人様生活まっしぐらなのに。



年上のイケオジではなかったが、優しかった。でも思い返せば疑わしい行動はいくつもあった。結局は、同時進行でうまいことやってたんだと今になってわかる。




週末の今日は定時であがって、行きつけの店でのんびりお酒を堪能する予定だったのに、残業のせいで夜も深くなってしまった頃に行くと、すでにお店は満席だった。ここまでツイてないことが重なるのだから、あとは上がるだけだと、いつもは行かない寂れた裏通りに向かった。



寂れたといっても、この街は全体的に治安が安定しており、場末の危険な裏通りさえ行かなければ女性の一人歩きでも安心だ。




その通りは昼間は日が当たらず薄暗い印象だったが、夜になるとお店の灯りと賑やかな人々の声で、思っていたよりもずっと温かかった。小さな路地にいくつものお店がひしめき合う中で、看板の文字が何となく自分好みだという安易な理由で今日はそこに入ることにした。



その時の自分の直感を信じたことが、後になって悔やまれることを彼女はまだ知らない。






木製のドアには小さな小窓が付いていて、そこからオレンジ色の灯りが漏れていた。

鋳物のドアノブに手を掛けて開けると、チリンと可愛らしいベルの音が鳴り、腐っていた気持ちが少しだけ浮上する。



いらっしゃいませ、とホールにいるふくよかで優しげな女性が笑顔で迎えてくれる。カウンターの中からも店主と思われる男性が、愛想はないがきちんと挨拶をしてくれて、その第一印象でここに決めてよかったと思った。



アリシアが独りで呑むときは、決まってカウンター席に座る。店をぐるりと見渡すと、テーブル席は満席だがカウンターには一人しか座っておらず、左端の席が空いていたので、そこに座ることにした。



席について、エールと適当に軽くつまめるものを注文する。店主の男性は愛想はないが手際がよく、店全体の流れを見てとても良いタイミングで食事を提供しているのが分かった。


いつだか行った店では、愛想は良いが一杯目のエールが飲み終わっても、簡単なつまみ一つ出てこなかったときは心底がっかりしたものだ。




冷えたエールを喉に流し込むと、一緒に出されたつまみを口に入れる。シンプルな味付けだけど、エールとの相性が絶妙で思わず顔が緩む。



店内の人々の声も、みな穏やかで温かい。

今日は散々な一日だったが、新規開拓で素敵なお店に巡り会えたことは幸運だった。その幸運を噛みしめながら三杯ほどエールを呑んだ後、次は女性らしくカクテルを頼むことにした。



チリンとドアベルが鳴って、新しい客が入ってきた。こんばんは、と店主の奥さん(寡黙な店主から先ほど教えてもらった)が言うので、どうやら常連客のようだ。カクテルを作っている所が見たかったので、特に気にするでもなく視線はカウンターの中に向いていた。



重みのある足音でカウンター席に来ると、アリシアからひとつ席を空けた右隣に座った。

ガタンと椅子を鳴らして少し乱暴に座った男性からは、シトラスのさわやかな香りが流れてきた。それがアリシア好みだったので、思わず横目で軽く見てしまったが、チラリと見えた横顔もイケオジ好きであるアリシアの好みにドンピシャだった。



(運命の出会いかもしれない・・・!!)



普段は冷静なアリシアだが、既に酔っぱらっいのため正常な思考能力が失われている。

運命など信じないし、出会った人と成りが分かるまでは決して距離を近づけないのが本来の彼女だ。


だが、今はただの酔っぱらい。

いつもはここまで酔う前にセーブするのだが、今日は良くないことが重なりすぎた。




カクテルがアリシアの元に来ると、ゴクッとひとくち飲んでから、隣の男性の方に身体を向けた。

隣の男性も急に自分の方に向いてきたものだから、手に持ったエールをガタンとテーブルに置くと、アリシアを見て驚いた顔をしている。



今日の残業は書類仕事で、しかも決算書の数字の確認作業だったため、良い感じに酔っぱらっているアリシアの目はだいぶ霞んでいるが、それでも隣の男性を真正面から見据えてみたら、やはりドンピシャだった。




イケオジ好きだが、思ったよりも若い。

でも、若さの中にも自分好みの渋さと色気がある。何より身体のラインがとても素敵だ。

首、腕、脚の太さが絶妙で、さっき席につく前に立っていた時の身長もきっと高かったと思う。



(運命すぎる・・・!!)



初対面の人間を上から下まで舐めまわすように見続ける酔っぱらいは、もはやセクハラの領域だ。だがその男性は嫌な顔もせず、ただ驚きの顔でアリシアを見ていた。



ゴクリと喉をならすと隣の席に移り、前のめりで男性に詰めよった。




「運命だと思います!!」





その言葉を最後に、アリシアの記憶は途切れた。




翌日目を覚ますと、見知らぬ天井が見えた。目が霞むので何度か瞬きをして、確認するがやはり見たことのない天井だ。布団の肌触りも違う。

自分がどこに居るのか確認したいが、頭が割れそうに痛いので、ゆっくりと起き上がる。



部屋全体が見渡せるようになったが、やはり知らない場所であることが確認できた。



(これは、やらかしてしまったのかしら・・・)



これまで記憶をなくすことは稀にあったが、独りで呑むときは必ず家に帰るまで自分を保てる呑み方をしていたし、ましてやワンナイトラブ的なハプニングなどアリシアの性格上あり得なかった。



頭がガンガンしながらも、どこか冷静に自分の状況を確認していると、部屋の主が気づいたようで姿を現した。



「お、起きたか」



低くて渋いが、少し丸みがあるその声も好みだなんて一瞬考えてしまったが、即座に昨日の自分の失態を思い出して、背筋が冷たくなった。

とりあえず起きたときに確認したが、服はちゃんと来ていた。それっぽい形跡もなかった。たぶん大丈夫だと自分を信じつつも、布団から出てベッドの上で正座をする。



「さ、昨晩は大変ご迷惑をお掛けしまして・・・」




痛む頭をゆっくりと下げた後、恐る恐る顔を上げると昨日のぼんやりとした記憶通りの理想的な男性がアリシアを見下ろしていた。

彼は大きくため息をつくと、ベッドに腰を掛けた。



「やっぱり憶えていないようだな。」



呆れ気味の声でそう言うと、アリシアの顔を覗き込んでくる。

改めて見ても、やっぱり好みだ。この人から発される匂いといい、切れ長の目にあたたかいブラウン色の瞳。髪の毛は柔らかそうで、つい触ってみたくなる。

酔いが覚めていても視線が離せないなんて、どれだけなんだと思っていると、彼が両手を伸ばして頬に触れてきた。




(キス、される・・・!?)




不意の出来事に、色気のない目の瞑りかたをしてしまったが、後悔しても遅い。

が、彼の両手は頬に触れたまま何も起こらない。ゆっくりと片目を開くと、彼がニヤリと笑った。



「い!? たたたたた!!!いたい、いたい!!」



両手で頬をつねられた。

少し手加減しているだろうが、十分痛い。ヒリヒリと痛む頬を押さえながらお世話になった恩も忘れて睨み付けると、再び含みのある笑いを向けられた。



「久しぶりだな、シア。」



アリシアの名前をそう呼ぶのは、ごく限られた人しかいない。学生時代や職場で仲の良い友人、別れた彼氏ですらアリシアと呼んでいた。




「・・・・・マティアス」




その名前が口から溢れ落ちた途端、アリシアの幼少期の思い出が走馬灯のように頭のなかを駆け巡った。






アリシアの家は、子爵家という爵位こそあるものの、穏やかでのんびりとした両親の性格から、国の端っこにある小さな領地を細々と管理していた。生活には困らないが、裕福でもない。国に害なすでもなく、大きな利益をもたらすでもない、実に存在感のうすーい家柄だった。


年の離れた兄は両親に似ず活発な性格で、いつもアリシアは乗馬に付き合わされたり、剣の稽古の相手をさせられたりした。

それでも根は優しいので、アリシアが怪我をしないように気を遣ってくれていたし、アリシア自身も家に閉じこもっているのは性に合わなかったので、進んで兄に付いていった。



いつの頃から居たのかは思い出せない。マティアスがアリシアたちと遊ぶようになったのは。

実家の領地と繋がる広大な領地を管理している侯爵家の跡取り。


兄と同い年で、気がついたら一緒に遊ぶようになった。否、アリシアにとっては遊ばれていたと言うのが正しい。


馬の尻尾と間違えたと言ってはアリシアの高く結んだ髪を引っ張る。川遊びは子供には無理だと家に置いてけぼりにされたこともある。ある時は、高い木の上に隠れていて、急にアリシアの目の前に飛び降りてきたもんだから、驚いて腰を抜かしてしまった。その日は新しくおろしたお気に入りのワンピースを着ていたのに、泥まみれになって、大泣きしてしまったのは苦い思い出だ。



大人になって振り返ると、年下の幼い女の子にあんな仕打ちをするなんて大人げないにも程があると思ったが、実は彼が遊びに来るのを楽しみにしていたのも本当だ。



兄はどちらかというと中性的で綺麗な顔立ちなのに対し、マティアスは年齢よりも大人びていて、顔立ちや雰囲気はアリシアがこっそり盗み見してしまうほど大好きだった。

だからこそ、自分がいじめられると悲しみが倍増してしまうのだった。




「相変わらずボーッとする癖どうにかなんないのかよ。髪もグシャグシャだし、酷いもんだな。」



ククッと笑いながら、頭をわしわしと撫でられる。

グシャグシャの髪がもっと酷くなった。そうだ、こういうことをするのだ、彼は。



「やめてよ。」



触られた手を振りほどきながら、キッとマティアスを睨み付ける。



「迷惑を掛けたのは謝るわ。ごめんなさい。でも何でこんなところにマティアスがいるのよ。」



アリシアは貴族学校を卒業し、財務省に就職してから国の東に位置するこの街に派遣されてやってきた。兄とマティアスは騎士団に所属し、二人とも王都で働いているはずだ。



「あぁ、半年ほど前からこの街の管轄に異動してきたんだ。」



侯爵家の跡取りで剣の腕も確かな彼は、将来有望と兄は言っていた。そんなマティアスが王都ではなく、なんでこんな街に異動などするのか。



「・・・・・マティアス、何かやらかしたの?左遷??」


「んなわけねーだろ!ちょっと長引いてる案件を片付けるために来たんだよ。」


「・・・ふーん。」



胡乱な視線を向けると、マティアスはバツが悪そうに視線を反らした。



「とりあえずシャワー浴びてこい。朝メシ食えそうなら用意しとくから。」



頭をガシガシと掻くと、立ち上がってキッチンの方へ行ってしまった。自分でもお酒の臭いがわかるくらいなので、お言葉に甘えてシャワーを借りることにした。


シャワーから出ると、マティアスが用意してくれた朝食があった。あまり食欲がなかったが、温かなポタージュスープをひとくち飲むと、胃に優しく染み込む。



「おいしい・・・」



思わず顔がほころぶ。



「そうか。」



と、向かいに座るマティアスが見たこともない優しい笑顔を向けるので思わずカアッと顔が熱くなり、慌てて顔を下にする。



(笑顔の破壊力恐ろしい・・・!!)



食べている間は、この街のことや仕事のことなど、お互いの近況を軽く話した。

過去の思い出から身構えてしまっていたが、思ったよりも普通に話せた。考えてみれば良い大人になったのだから、昔のように子供じみた意地悪をするわけがないと、アリシアはマティアスへの印象を少し改めようと思った。



朝食をご馳走になって、あまり長居は出来ないので帰りの支度をする。



「もう帰るのか?」



一瞬寂しそうな表情を浮かべる彼は、飼い主に置いていかれる大型犬に見えて思わずキュンとしてしまった。



「色々と誤解されたらまずいし、もう帰るわ。」



マティアスの女性関係が派手なことは、王都に勤める貴族令嬢の友達から聞いていた。

王都の騎士団では、硬派なアリシアの兄と軟派なマティアスで人気を二分していて、マティアスと一夜を共にしたい女性は後を立たないらしい。



数年振りに会った彼は、色気があって更に魅力的になっていた。マティアスだと気づいてなかったとはいえ、昨晩は酔っぱらって逆ナンして記憶を失くした挙げ句、何もなかったが端から見ればお持ち帰りコースだ。



噂の女性たちの一人にはなりたくなかった。

彼との過去は苦い記憶ばかりだが、それでも大切な思い出が汚れてしまう気がしたのだ。



「誤解されたらまずい相手がいるのか?付き合ってる奴は?」



玄関のドアを開けて外に出ようとすると、マティアスが引き留めるように聞いてきた。



「いないわよ。いくら酔ってたとはいえ、あんな馬鹿な真似しないでしょ。」



そう答えると。



「そうか。まぁ、“運命” だもんな、オレたち。」



と彼は笑顔を浮かべた。その笑顔は、昔アリシアにした悪戯が成功したときのそれと同じで、何故か思わず身体がゾクリと冷えた。







翌々日の出勤日。職場に着くなり嫌みな上司に声をかけられた。朝からツイてない。



「おめでとう!婚約したんだって?しかもロベール侯爵の跡取りだそうじゃないか!」



いつも眉間にシワを寄せて話しかけてくる上司が、にこやかにそう言った。

ロベール侯爵家。マティアスの家名だ。



婚約?

私とマティアスが?

いつ婚約した?

あの酔っぱらっていた時?



グルグルと思考を巡らせるが、記憶を失くした後のことなどサッパリ憶えていない。

周りにいた同僚たちもザワザワしだし、おめでとうやら何処で知り合ったのかやら色々と聞いてくるが、すべて耳をすり抜けていく。



「す、すみません!その件はちょっと確認しなければならないので、これ以上は公にしないでください!」



必死でそれだけ伝え、とにかくもう一度マティアスに会って話をしなければならない。


その日は定時であがれたので、一昨日泊まった彼の家に向かう。着くとまだ帰っていないようで、人の気配はなかった。職場はおそらく騎士団の派遣先なので、場所は知っているが顔を出す勇気はない。


ここで待つか、再度出直すか考えていると声をかけられた。



「君、アリシアさん?」



自分の名前を呼ばれたので声の主を見たが、見覚えがない。しかし、服装からすると騎士団の人のようだ。



「そうです・・・あなたは?」


「僕はマティアス団長の下で働いているロイと言います。いつも話に聞いていたから、そうかなと思ったらやっぱりそうでした!」



人懐っこい笑みでそう答えると、マティアスは会議で少し遅くなるが、あと数時間で帰ってくるとのこと。というか、マティアスは団長だったのか。

一度出直そうかと思ったとき、



「あの、よければ今日、これから騎士団の連中で集まるので一緒に食事しませんか?女性の騎士もいますし、みんなあなたに会ったら喜ぶと思います。団長の極秘情報も教えますよ!」



しがない子爵家の娘が騎士団でそんなに有名なのかは謎だが、マティアスの極秘情報というのは気になる。普段であればお断りなのだが、婚約の件も気になるし少しでも情報が欲しいところなので、参加させてもらうことにした。




そこは昨日入った裏通りと同じ通りにある、ホールが広めのお店。ロイに促されて店に入ると、奥から声がきこえた。



「ロイ!ここだ!」



呼ばれたテーブルを見ると十数人ほどの団体で、騎士団らしく男性は皆体格がガッシリとしていた。女性の騎士もいたが、騎士とは思えない美しさだった。

やっぱり場違いだったかもと少し後悔したが、今さら引き上げる訳にもいかないので、ロイの後をついて行った。



「ロイ、その子誰だ??」



一人の男性がそう言うと、



「誰でしょう?」



とアリシアを紹介するでもなく、皆に見える場所に立たされた。



「えらく美人だな。」


「ロイの彼女じゃねーな。」



などと好き勝手言われていたが、一人の騎士が何かに気づいたように立ち上がった。



「あ!!・・・・・・アリシアちゃん!?」



アリシアちゃん!?初対面でそんな親しげに呼ばれる間柄ではないがロイが正解ですと言うと、全員が前のめりで声を掛けてきた。



「うわー!噂のアリシアちゃんだ!」


「団長の言う通りの美人だなー!」


「やっと会えた!!」



などと、確かに歓迎はされているようだ。



「こ、こんばんは。よろしくお願いします。」



とりあえず挨拶はきちんとして、どうぞどうぞと空けてもらった席に腰かける。エールで乾杯をすると、待っていたとばかりに質問攻めにあった。差し障りのない範囲で答え、ずっと気になっていたことを聞く。



「ロイさん、さっき言ってた極秘情報って・・・」



隣に座るロイに恐る恐る聞くと、ニコッと笑った彼は、



「それはですね、団長ってばアリシアさんを追いかけて・・・」


「ロイ!!!」



突然背後からドスの聞いた低い声が響く。

隣のロイがヒュッと息を飲んで、姿勢を正す。



「だ、団長!お疲れです!!」



即座に立ち上がり敬礼をした。

マティアスは息を切らせ、額に汗を滲ませながらアリシアの所へ来た。



「セシー!おまえも何でこんなところにいる!?」



自分も思わず敬礼してしまいそうな威圧感だ。

今まで意地悪をされても、こんな怖いマティアスを見たことはなかった。



「団長!アリシアちゃん怯えちゃってます!」



青くなって固まるアリシアを見て、マティアスは慌てた。



「・・・すまない、シア。とりあえず場所を変えよう。おまえたち、特にロイは憶えておけ。」



ロイに睨みをきかせると、アリシアの肩を抱いて立ち上がらせた。ロイはというと最初こそ焦っていたが、挨拶をして立ち去るときにはマティアスにバレないように、ペロリと舌を出しておどけていたので、慣れているのだろう。




店を出てからずっとマティアスに腰を抱かれている。さりげなく離れようとすると、更に強く抱き寄せられるので諦めた。



マティアスの部屋に入ると、ソファに座るように言われた。騎士団の服を脱ぎ、ドサッとアリシアの隣に座る。いつもと違う雰囲気で緊張するが、婚約の件についてちゃんと聞かなければならない。アリシアはマティアスに向き直ると、



「今朝、上司からあなたと私が婚約したって聞かされたんだけど、どういうこと?」


「あぁ、そうだ。」


「私、酔っぱらって記憶がないときに約束したの?」


「そうじゃない。正式にロベール家からルグラン家に婚約の申し込みをした。アリシアの上司に知られたのは、俺の上司に報告したらたまたま昨日一緒に呑んだらしく、情報が先に流れちまったんだよ。あの二人、立場ある人間の癖にペラペラ情報流すから厄介なんだよな・・・」



「・・・私、何にも知らされてないけど。」



いくら家同士で繋がるからといって、本人が近くにいるのだから先に話をするべきではないのか。不満たらたらのアリシアは口を尖らせてプイッとそっぽを向いた。



「それは本当にすまなかった。俺も焦っていて、一昨日偶然シアに会えたときは、それこそ運命だと思ったんだ。まさか行きつけの店で声を掛けられるなんて・・・。また先を越されることのないように、ルグラン家に婚約の申し込みだけしたんだ。」



「なにそれ・・・」



「・・・仕方ないだろ!俺が騎士団に入って遠征から帰ってきたら、シアが婚約したって聞かされたときは後悔してもしきれなかった。なのに半年前に婚約破棄をされたっていうから、今度こそ絶対掴まえるって決めてここまで来たんだ!」



目の下を赤く染めて必死に話すマティアスを見て、お気に入りワンピースが泥まみれになって大泣きした私を慌てて慰めてくれた姿を思い出した。



さっき騎士団のみんなと話していたとき、団長は小さい頃からアリシアちゃんが可愛くて子供っぽい悪戯をしては困らせ、いつも家に帰って酷く後悔していたこと。女性関係の噂が多いのは、王都で女性騎士の教育係を任されていたので、そんな噂が一人歩きしていたことなどを聞いた。



イケオジ好きな私だが、そんな話を聞いてしまった今となっては、こんな姿もカワイイと思ってしまうほど彼は愛しい存在だ。




「後になってしまったが・・・アリシア・ルグラン。私と結婚して欲しい。」



ソファから降りてアリシアの足元に跪いたマティアスは、手を取って優しく口付ける。

運命なんて信じていないが、あの日の再会は運命的だったと思える。はい、と返事をして彼の胸の中に飛び込む。



そんな私たちの裏で、必死に兄が動いてくれたことを知ったのは少し後の話。



お兄ちゃんは、勝手に重要ポストを投げ出して異動届を出したマティアスの穴埋めだったり、アリシアの婚約破棄で生じた賠償請求をきっちりやってくれたりと裏で色々動いてくれてました。

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