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ストーカー・イン・ザ・ダーク

作者: カツオ・コンプレックス

 僕の彼女が引越しをした。


 僕に内緒で引越しをした。


 僕が刑務所に入っていた間に。


 こっそりと、どこかに。


 SNSに僕が知っている彼女のアカウントはもう無い。


 でも、過去に彼女をフォローしていた人達のアカウントはもちろん存在しているから、その一人一人のフォロワーを調べて、一致するアカウントをチェックすると、すぐに彼女の新しいアカウントに辿り着いた。


 色々ゆるい性格の彼女だから、容易に今が判る。

 UPされている写真をネットで検索すれば、映り込んでいる店舗で、彼女が良く行くところが特定出来たので待ち伏せていると、ショートボブで、まつ毛がとても長く、ぽよぽよしている顎下のお肉が可愛い、リコちゃんが案の定、現れた。


「リコちゃん、みーつけ」


 と思わず口に出して笑ってしまった。


 彼女の後を付いて行けば、僕を職場にも、マンションにも案内してくれた。


 次に必要なのは彼女の部屋の鍵だ。


 だから、職場のロッカールームの場所を確認し、就業時間になると忍び込んだ。


 ロッカーには名札がついていたので、リコちゃんの場所がすぐに見つかった。ゼムクリップを伸ばして鍵穴に突っ込んで、いじくり廻すと簡単に開く。鞄の中からマンションの鍵を取り出し、念の為、似たような鍵を代わりに入れて、そこから一旦抜け出す。


 一時間ぐらい離れた街まで行き、見つけたショップで複製を作って貰ったら、すぐに戻って鞄の中にオリジナルを返す。


 そして、僕はいま、彼女のマンションに居る。


 このマンションもやっぱりセキュリティーが低く、エントランスに簡単に入れる。


 恐らく、慌てて住まいも職場も見つけたんだろう。何もかも意識が低過ぎて、呆れてしまう。


 6階まで上がる為にエレベーターを呼ぶ。


 いくらセキュリティーか低いとはいえ、住人たちの目は気になる。帽子を深く被るべきかとも考えたが、よくよく考えるとブルゾンもジーパンも黒だし、どう考えても怪しまれて印象が残る。なるべく不審にならないよう、背筋を伸ばして望んだけど、午後2時のマンションにしては不思議と誰にも会う事がなく、彼女の部屋まで辿り着き、複製した鍵を差し込む。


 玄関入ると廊下の右手にはトイレ、左手の扉の向こうには洗面台と洗濯機。その奥、すりガラスの扉の向こうは浴室となっている。


 浴室内のバスタブの壁には、吸盤でくっつく棚が付けられており、造花を入れた小さな花瓶やアヒルのおもちゃなんかが置いてある。


 廊下を抜けるとすぐキッチンルームになっていて、右手の壁には流しがあり、その向かいには冷蔵庫と食器棚が並んでいた。


 そしてキッチンの先には、9畳のリビングが広がっていて、バルコニーを背に向けて置かれているベッドが異彩を放っている。


 ここは1LDKなので寝室に使える部屋があるはずなのにと思い、6畳間の方を開けてみると、手つかずの段ボールが積み上げられていた。リコちゃんは相変わらずズボラだな。


 一通り見て彼女の味を思い出したくなったので、洗面台の歯ブラシを咥えてみると、久しぶりにあの頃の感覚が蘇ってきた。本当はこれで歯を磨きたいけど、ブラシのイタミ具合で不振に思われるといけないので、舌で嘗めだけにした。


 そしてリビングに戻って、枕に顔を近づけて彼女の濃厚な髪の毛の匂いを嗅ぐといよいよ昂まって来る。


 でも、ここで汚してバレて捕まっては勿体ない。何たって僕はまだ彼女の座った時に出来る可愛い段腹も、右肩甲骨の下の黒子も、ましてや柔らかい湿った腋さえもまともに見てはいない。ここはグッと我慢して次の行動に移る。


 まず考えるのはどこを自分のスペースにするかだ。いちいち通っていたら他の住人に怪しまれる。木を隠すなら森というやつだ。だからここに拠点を作ることにした。


 天井裏と行きたいところだが、安いマンションの為、薄い素材で出来ているので、天井が抜けるかもしれない。


 そこで6畳間に戻って良く見てみると、段ボールの向こう、窓際に入れそうなスペースが開いているのが判る。ここを使うことにした。


 次にコンセントを開け、盗聴器を付けて回る。アプリを立ち上げ、仕掛けた機器の名前をタッチすれば、盗聴器が拾った音が聞こえてくる仕様だ。


 そして隠しカメラをこの部屋のwifiと繋げてスマホで見られ様にして、あらゆる所に仕込む。


 リビングには3ヶ所。玄関の靴入れの上。食器棚の奥。トイレ。洗面台。


 そして浴槽はwifi用ではなく、保存しておきたいからSDカードがさせる奴にして、鏡が映り込む位置にセットする。


 ふと流しの下の棚を開けてなかったことに気が付く。


 手を伸ばし開けてようとするけど、いくら引っ張っても開かない。ついイラっときて戸を叩くと、カタンと中にある何かが倒れる音がした。


 何だろうと思っていると僕のスマホが震える。


 見ると午後3時。自分でアラームセットしていた時間だ。


 昨日カメラを仕掛けた、アミちゃんが学校から帰って来る。


 アミちゃんは、この前、たまたま図書館で見かけた中学2年生の女の子。


 僕はロリコンではないけど、見た瞬間に目を離せなくなった。


 元々はショートカットだったんだろうけど、美容院にはいかず、お母さんが切り揃えているだけで放置した結果、雑なボブカットになっていて、身体は同学年の女の子の平均よりも大きく、ちょっとぽっちゃりしていて、目は頬の肉に押されていて弓状になっているのが最高に可愛い。


 リコちゃんと同じぐらい好きなのだ。


 だから隙を見て鞄の中から生徒手帳を抜き取り、名前・住所・学校名をチェックして、すぐに鞄の中に戻したから、カメラを仕掛けられているとは思うまい。


 リビングに戻り、ゆっくりすることにした。


 アプリを立ち上げると、スマホにアミちゃんの部屋が映る。ちょうど帰って来たところで、制服から部屋着に着替えている。白い無垢な下着が白くむくんだ肌に良く似合っている。


 もう耐えられない。僕の手がジーパンのファスナーを掴む。


“キィィィ”


 この部屋の何処かで、何かの扉が開いたような音がした。


 何だろうと目だけで辺りを見渡すと流しの下、あの収入スペースの戸が開いているのに気が付いた。


 さっきは開かなかったのになんだ。


 僕以外にも誰かが居るのか。


 素早くスマホの画面を、アミちゃんのところから玄関に隠したカメラに切り替える。開いた形跡もなく、鍵もかかったままになっている。


 ベランダへ続く窓はここの後ろにあるから、いくらアミちゃんに夢中でも気付く筈だ。


 僕の部屋にも窓はあるが、外には足場がなく、ここの高さを考えると有り得ない。


 すると、室内の何処かにまだ隠れている。


 流しの下は中学生の女の子でも、身体を丸めなければ入れないサイズだ。


 こんなところに隠れていたのだろうか。


 取り敢えず中に痕跡がないかと覗くと、真っ暗で、何かないかと手探りをすると、ざらざらとしたものが手のひらに当たり、かきだしてみると砂糖の様なつぶつぶの粉だった。


 もちろんそれを舐めて確かめる気もしないし、どうせ料理中にリコちゃんが何かばら撒いてしまったんだろう。


 気にせず再び手を入れると、今度は、下の台の部分が長いおちょこの様なものが転がっていた。


 なにこれ。


 でも僕はこれをどこかで見たことがある。頭の中を引っ掻き回すと思い付いた。そうだ、家の仏壇の中にあった仏飯器だ。


 でもなんでこんなものが流しの下に。


 さらに入り口から真っ直ぐ奥の壁側にもう一つあり、そこにはさっきのざらざらの粉が盛られていた。


 セットだ。さっき転がっていたのと。2個セットだ。


 いよいよ、この粉を舐めて確かめる必要がある気がするけど、踏ん切りが付かない。


 すると今度は、玄関付近から水が流れている音がした。


 この下に隠れていたヤツがそこにいる。


 二人の部屋に隠れている、変態野郎は僕が処理しなければ。


 上着のポケットから、スタンガンを取り出して固く握る。


 洗面台への扉が開いている。


 浴室への扉は閉まっている。


 その扉を開けると、シャワーから水が勢いよく流していた。


 それを止めて、気持ちを落ち着かせる。


 やっぱり、誰かがいるのは間違いない。


 そこのバスタブに。


 さっきカメラを仕掛けた時には、バスタブの蓋は閉まっていたのに、今は少し開いている。


 本当は隠したカメラの録画を確認したいけど、バスタブの向こうの棚にセットしたから、回収している最中に襲われるかもしれない。


 だって台所の流しの下にいたヤツなら、当然、包丁をそこから持って来ているだろうから。


 左手にスタンガン、右手にシャワーを持ち、そのヘッドの先で蓋を開けることにした。


 もし包丁が僕を捉えても、シャワーヘッドで受け止めて、左手でスタンガンを胸に押し当て、さらに踵でシャワーの蛇口を押し上げ、水をぶっかける。


 これで変態とのかくれんぼも終わり。


 後始末はどうしよう。でもこのまま捕まっても、ここに仕掛けたカメラが正当防衛を証明してくれるから、住居不法侵入とかストーカーの罪とかで収監されるぐらいで、すぐ出てこられるから、愛の為なら止む無しだ。


「みーつけた」


 声を荒げて蓋を半分ぐらい開いた。


 でもその中には、僕の予想した包丁を持った変態面は居なかった。

 

 そこに別のモノが居た。ただそれは僕の想像を遥かに越えていたので立ち竦んでしまう。


 それは黒ずんだ、中学生ぐらいの裸の女の子が身体を丸めて寝ていた。


 見た瞬間、女の子だと頭に浮かんだのが不思議だった。だって、その子の髪の毛は殆ど抜けていて、横向きで膝を抱える様な形で転がっているから、胸元も股間も良く見えず、何よりも所々崩れていて、性別の判断が出来ない。


 そんなこと考えていると、瞼が開き、ぽっかり空いた眼孔で僕を見る。


 ようやくこの子が生きていない人だと理解すると、シャワーもスタンガンも手放して、はじける様に浴室を出る。


 そして玄関の扉に手を伸ばすが、鍵が重い石のようにいくら力を入れても回らない。ドアノブを捻ってガチャガチャするが開きやしない。もうどうなってもいい。扉を叩いて助けを呼ぶしかない。突然、近くからサァーとホワイトノイズのような音が聞こえてくる。


 周りを確かめると音が出ているのは、尻ポケットに入れたスマホからで、その音がだんだんと泣き声になって行く。


 画面を見ると盗聴器のアプリが開いており、何もいじってないのにトイレに仕掛けた盗聴器が音を拾っている。


『ごめんなさい、ごめんなさい』

『お母さん、お母さん』

『助けて、誰か助けてよ』

『やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ』

『無理、もう許して、無理だから』

『うー、うー、うー』


 そんな涙まじりの声がトイレの中でしているようだけど、扉越しには何の声もまったく聞こえてこない。


 慌ててスマホを捨てリビングに逃げると、ベッドの前には女の子がすでに立っていて、全身が目に飛び込んでくる。


 首・右腕・左腕、体、右足、左足。どれも長さや太さがあってなく、何人かのパーツから出来ているのが判り、僕の足元の感覚を歪める。


 どうしよう、どうしよう。


 6畳間に滑り込むように駆け込み、段ボールの向こう側で今度は僕が身体を丸めると、リコちゃんが早く帰って来てくれることをひたすら祈った。


 だけど震える僕の背中に、あっちこっちからの視線が突き刺さり、耐え切れず顔を上げてしまった。


 ポニーテールでバレーボール部に所属していそうな背の高い女の子は前方から。


 ショートで短距離走をやってそうな女の子は窓ガラスの向こうから。


 三つ編みで真面目そうな女の子とロングのふくよかな女の子は後ろから。


 ツインテで胸の大きい女の子とおかっぱで小さな女の子は段ボールの上から。


 彼女たちが色んな所から僕を見ている。


 やっぱり、みんな黒ずんでいて、裸で、崩れていて、臭ってきそうだった。


 その彼女たちがまた一つになる。


 ツインテの頭。ロングの体。三つ編みの右腕。ポニテの左腕、ショートの右足におかっぱの左足。


 そのツインテールを抜け落としながら口を開く。


『みーつけた』


 叫び声をあげる僕の足を掴んで、段ボールが崩れるのも気にせずに引きずって行く。女の子とは思えない力強さで。


 6畳間を出て、リビングを通って、キッチンルームにまで来て、どこに向かっているのか判った。


 流しの下だ。そこに連れて行く気だ。


 彼女たちはあそこから出て来たのだから当然だし、あそこに入ったらもう出られそうもない。


 床の板の目に爪をたたて抵抗するけど、すぐに爪が割れ、あえなく流しの下に吸い込まれ戸が閉まる。




 僕の下半身は彼女達と一緒に闇の中に溶けていった。


 上半身はまだ残っている。


 ガチャリと音がした。


 リコちゃんが帰って来たのだ。


『リコちゃん、助けて』


 頭を使って戸を押すと、ほんの少しだけ開いた。


 その隙間から部屋を覗くと、リコちゃんは土足のままキッチンに立ち、僕のスマホを手にしている。


 どうやら浴室のカメラを見つけ出し、SDカードを差して、僕と彼女たちを観ている様だった。


 観終わるとそこに映ったモノに怯える事なく、頭がどうかしたみたいに笑い出す。


「思った通り、忍び込んで幽霊に捕まってやんの。ここはお前みたいな変態が、女子中学生5人さらって酷いことをした部屋なんだよ」


 えっ、6人。6人いますけど。


「お前、捕まってもすぐ出てくるから、手を汚さず消すにはこれしかないと思って、ここ借りたらまんまと私の鍵盗みやがった」


 戸を開いて彼女が僕の頬を踏み潰すかのように、蹴りを入れる。痛い。厚底靴の底の滑り止めが喰い込む。


 怯んでいると、さっき見た何かを盛った仏飯器を二つ置き、素早く戸を閉める。


 やめてよ、リコちゃん。意地悪しないで助けてよ。戸を叩くけど、今度はまったく開かない。


「塩盛ったから。もう出られないから、諦めろ」


 そっか、あのざらざらは塩で、封じ込める為に盛っていたのか。

 

 彼女たちが僕の上半身まで追いかぶさり、意識がどんどん薄らいでいく。


「あっ、大家さんですか。やっぱり無理でした。はい、解約いたします」


 あぁ、だから、ダンボール、がが、ひらい、て、な、かっ、


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