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ACEは落ちない 7

いつも読んでいただきありがとうございます。

 迫る怪人の肩を警棒で一撃し、怯んだところに頭部に追撃し陥没させる。

 怪人に与える痛みは限りなく少なく、なんて言ってられない。次から次へと迫り来る怪人の攻撃をいなして、重い一撃を入れる。

 不意に、背中からぞくりと寒気を感じて振り返ると、怪人が巨大な棘付きの鉄球付きの鈍器を振りかぶっていた。

 すると、すぐにその怪人の首が横に落ちていき、


「椿ちゃん、油断しちゃダメだよ」


と怪人の後ろから忍者姿の高橋お姉さんから注意を受ける。

 高橋お姉さんに怪人からの攻撃が殺到するが、既に高橋お姉さんの体はなく、季節外れの枯れた木の葉が舞っていた。高橋お姉さん、きっと、アメリカあたりにめちゃくちゃファンがいそう。

 気持ちを切り替えて、武器を振り回していると、脂汗を手に感じ、足の裏がアロンアルファまみれになったように動かしたくなくなる。じっとりとした冷や汗が額の横を通り過ぎた。


 Sランク怪人だ。


 自分のランクよりも上、Sランク怪人は大規模災害の様な存在だ。絶対に関わりたくない。Sランク怪人と戦って勝てるというのは、自分がSランクヒーローと戦って勝てるということだ。

 僕が黒の夢こと白井くんに勝てるか考えたら、まず無理。指パッチンしたら心臓にバラを生えさせて殺す即死技持ちなんだぜ、あれ。無理無理、絶対無理。そういう不条理な技使って来る怪人とか絶対戦いたくない。

 特有の怪人オーラに目だけを向けると、怪人が怪人の死体を飲み込んでいた。その怪人はいくつもの足を持ち、幾つもの腕が生えて、幾つもの怪人の顔が、一つの顔を構成していた。端的に言ってキモい。近づくな、危険。

 死にかけの怪人を飲み込み、また大きくなるそれは、重機で組み立てる重機のような大きさをした巨人だった。

 恨み辛みが念仏のように聞こえる声は、無数の顔の中にある口から流れ出る呪詛だった。

 こちらを見ているはずなのに、まるで見てないような目の動き、歩いた跡はヌメヌメと透明な液体がこびりついていた。


「椿ちゃん、もうあれは倒せないやつだから引くよ」


 高橋お姉さんが急に横から現れた。すかさず、飛び道具の武器を別の怪人に向かって投げて一殺した。


「で、でも」


「私たちが死んだら他のAランク以下の怪人が野放しになる。他にもヒーローはどこかで頑張って踏ん張ってくれているけれど、倒せない相手に無駄死にしないように区切りをつけて引き下がってます。私たちもどこかで区切りをつけるならこの瞬間しかないの」


 高橋お姉さんがつい先程殺した怪人を、キモい巨人の無数の腕が怪人を拾い上げて口の中に放り込む。口の中にある無数の口と歯が怪人の死体を咀嚼していた。


「うっぷ」


 元道が吐き気をこらえて口を抑えた。


「考えている暇はないよ。とりあえず、あのデカブツは遅そうだから、下がりながら怪人を減らしつつ……あっ」


 触手のように伸びた巨人の手が、高橋お姉さんの片足を掴み、そして口の中に放り込んだ。


 元道が蒼白な顔色になって、ぺたりと地面に座り込むのと同時ぐらいに僕は巨人へ飛びかかり、開けられた口の中に飛び込む。

 躊躇う時間などない。ねちゃりとしたヘドロのような臭いの粘膜の上を走り、口のついた触手に咀嚼され続けている血だらけになった高橋お姉さんを無理やり引き剥がして、口の外にいる元道に向かって投げつけた。まだ息はあるから間に合うだろう。

 怪人の餌を取り上げた僕が憎いのか、それとも餌と僕をみなしたのか、僕の身体中に口が噛み付き、四肢等の肉がえぐっていく。強い痛みが走るが、大丈夫と頭に言い聞かせる。口から飛び出すと同時に体を修復させ、口の中に爆発系パイルバンカーを撃ち込む。僕を捕まえようと現れる口だらけの触手は爆発により消し飛んだ。

 爆風と共に僕は吹き飛ばされて、地面に転がる。

 横目で元道の方を見ると、血だらけの高橋お姉さんが元道に回復技をかけられていた。

 高橋お姉さんの顔を見ると、大丈夫だ、目にはしっかりとした光があり、戦意を失っていない。そうだよな、ヒーローは最後の一片になったとしても、諦めない人種なんだよ。


 巨人に目を向ける。

 彼の中の口たちは、恨みや悲しみを呟き続けていた。しかし、耳を澄ませば、助けてくれ、と慈悲を求める声そのものだった。

 僕に飛びかかってくる怪人も、遠距離から技を使う怪人も、伸ばしてきた腕は破壊しようとするものだけど、満たされない何かを満たそうと必死になって苦しんでいるようにしか見えなかった。

 そうか、彼らは救いを求めているのか。

 彼らに不幸の連続、悲しみの連鎖が無ければ、逆にほんの少しそばにいる人を思いやれる気持ち、それがあれば彼らは闇に落ちて怪人にならなかったかもしれない。

 不条理を思う心、怒り、悲しみ、その発生を防ぎたい。

 僕は人のことが好きだ。本当はみんな同じはずなんだ。でも、差が生まれて嫉妬、偏見、悪意が生まれる。

 ほんの少しだけでも、人同士が理解し合えれば、もう少し気を使い合えれば、きっとそんなこと起きないはず。

 もっと人同士が尊重し合える、怪人、怪獣が生まれない、そんな世界を願う。

 ああ、そうか、あの技を僕に覚えさせた何者かは、人だけでなく、怪人達も救ってほしい、という思いそのものなのかもしれない。


 

 盾に付いたスイッチが淡く光っていた。

 増えた、今後使うことのないと思っていたスイッチだ。


 説明文を思い出す。


・ 技名『星に願いを』

・ 使用方法:強く願いをこめてボタンを押すと、その願いが叶う

・ 消費エネルギー等:命の一部を代償にする。身の丈に合わない願いは、例え叶えられても身を滅ぼす

 

 目を閉じると、遠くで悲鳴が聞こえる。もっと遠くで、助けを求める声が聞こえる。さらに遠くで、どこにいるかわからない神に祈る人の声、泣き叫ぶ子供をあやす声、出血を抑えて応援を呼ぶ声、ヒーローが仲間をカバーし合う声が聞こえる。


 目を開けると巨人の怪人たちが僕に襲い掛かろうとしていたところだった。

 僕は盾についたスイッチに手をかけて願いを込めると彼らは足を止めた。

 彼らは、破壊して、燃やし尽くして、食べ尽くし、それでも満たされない想いに焦がれる。その満たされない想いとは、不条理な現状から助けてほしい、それに尽きる。

 だから、彼らはそれが満たされると思い、行動を止めたのだろう、多分。


 代償を払いますか?


 頭に響く警告を無視するように、僕は元道の方を振り返った。

 頼りなさそうなあの少女は、凛々しくなったもんだ。

 こちらを見る元道に笑顔を作り、正面を向く。そして、盾の先端を空に向けて、スイッチを押した。

 空は雲ひとつない晴天だった。




 椿が一斉に怪人から襲われた、そう思ったら、怪人が急に動きが止まった。

 そして、椿はあたしを見て笑った。

 その笑顔、どういうわけか、名前もまだ聞いていない『おじさん』の笑顔と重なった。

 全然、顔が違うはずなのに。でも、口元や目元のしわの寄り方とか、なんとなく似ていた。

 椿はあたしから顔を逸らして、左腕をさらに向け、右手を盾の横についたスイッチに添え、そして、押した。


 すると空にはカラフルに輝く隕石が沢山落ちてきた。隕石は空で花火のように散り散りとなると、色とりどりの色彩は地面に落ちた。その色が地面に広がり、やがて透明になっていった。

 その中の隕石は怪人にも当たり、怪人はその色に体中を染められやがて透明になって消えていった。その時の怪人の顔は、安らいでいたように、あたしには見えた。

 巨人の怪物のような怪人にも隕石が当たり、分解されていくように消えていった。

 何故か、ありがとう、と声が聞こえたような気がした。


 15分くらいの間、隕石が落ち続け、世界を色々な色に染めては消えていく。世界中の人は皆、空を見上げて、そしてやむまでの間ただ呆然と眺めていた。鮮やかな光と怪人が消えていく姿を。

 世界中の全ての怪人を消した椿の技を、世界中の人は『15分間の世界の改変』と語り継いだ。


 これが、何かのイベント会場なら、放心状態の人々みんな立ち上がって拍手をするような、そんな素敵で綺麗な出来事だった。

 隕石が止まると、ガタリと硬いものが落ちるような音があって、視線を向ける。椿が盾を落としていた。その椿は薄らと光っていて、なんかちょっと悔しいけど神々しく見えた。

 椿の視線はあたしに向けられており、何か気がついたように、指輪をひとつ外して、あたしに投げてよこした。

 椿は口を動かしていたがよく聞こえなかった。多分、良かったら使ってほしい、という餞別で渡すような感じだった。

 おかしいなあ、と思って椿を見ていると、椿が少しずつ、薄くなっていることに気がついた。よくわからないけど、このまま椿をそのままにしたら、消えてしまうような、そんな気がした。

 あたしは走って駆け寄り、回復技を使うけれど、体は薄くなっていく一方だった。嫌な予感は当たってしまった。

 椿は、心配しないで、と言っているようで、はにかんで笑うだけだった。


「おじさん」


 あたしはそんな風に不器用に笑う仕草、名前も知らない冒険者のおじさんしか知らなかった。だから、不意にそんなことを口走ったのだと思う。

 椿は目を見開き、そして、にこりとだけ笑った。

 その笑顔は、あたしに対する答えと、そして、もう二度と会えないという意味だと気がついた。

 あたしは消えていく椿を抱きしめた。もうスカスカだった。ほとんど何もなかった。

 やがて、椿はホタルのような光の粒となり、どこにもいなくなった。

 淡く消えていく椿の温かさが、あたしの体温と重なってわからなくなった。

 足元に転がっていた椿の盾が悔しいくらいに光を浴びて、とても美しかった。

感想、ブックマーク等ありがとうございます。

いつも励みになっています。

誤字脱字報告も助かっております。

明日の更新で終わります。


前に書いた短編を連載として書き始めました。

興味が湧いたら読んでいただけると幸いです。


連載版 私は人知を越えるモノに『異世界戻りの既婚TSおっさんがその妻から緑色の紙を叩きつけられるRTA』をやらされているに違いない

https://ncode.syosetu.com/n9157ig/

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― 新着の感想 ―
[一言] そんな...おじさん...;;
[一言] 椿ちゃん…(´・ω・`)
[一言] あーもしかして… 成程 続き待ってます
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