ACEは落ちない 5
大変お待たせしました。
あと数話で『落ちない椿』は終わりにしようと思っています。
残り分楽しんでいただけたら幸いです。
貸与された携帯端末を取り出して確認すると、アラームの色濃い場所は札幌駅周辺だった。
北大の敷地を南方向から出て、札幌駅へ向かう。目指すは札幌駅の西側の北口方向。
時々襲い掛かってくる怪人をぶちのめす。
怪人の力はかなり低く感じる。おかしいな。怪人もヒーローも力の差が著しく離れたならば、怯えたり、戦わずに逃走することだってある。しかし、狂ったように次から次へと襲ってくる。
質より量か。でも、その量の中には一人一人の命が宿っている。
例え、無駄に命を散らしてでも、ヒーローという、怪人が思う悪と戦わなければならない衝動に駆られているのだろうか。
馬鹿げている。そんなことしなくたっていいじゃないか。世の中が気に食わないとかいったって、自分の直近の世界が気に食わないだけじゃないか。嫌なら離れたらいいじゃないか。自分のことじゃなかったらそう思えるのだけれど、簡単に引っ越しは出来ないし、仕事も変えられない。仕事を得られないかもしれない強い不安がのしかかるし、生活の安定が保てないと強く思い込む。だから、命を燃やし尽くしてしまうんだ。
そして、その中の人の一部が行きつく先は
『アイツさえいなければ』
『世の中が間違っている』
というような感情に支配され、
「死ねやあああ! あばずれえええええ!」
と叫びながら僕の前に現れた全身黒タイツの怪人だ。
僕は彼の拳を盾でそらして、無防備になった後頭部の首筋を警棒で打ち付ける。力の差が大きく離れていたようで、首筋が肉片となり、地面に倒れ込んだ体の首元から、新鮮な赤い血液が脈打って溢れていた。
こんなことがしたくてヒーローになったわけではない。
ヒトを助けてあげたい、そういう気持ちだったのだ。
怪人もヒトの成れの果てだと気づいてしまうと、怪人を倒そうとする気持ちが躊躇われる。
でも、やらなければ、他の人がやられる。やるしかない。
空から飛び掛かってきた怪人の影に気づいて、僕は避けて回し蹴りで、怪人の頭にかかとを埋めて粉砕した。
札幌駅北口の外側には美味しいお店がたくさんある。
例えば、味千仙という漫画びみしんぼで紹介された和食の居酒屋があって、なかなか飲めない十四代の本醸造の本丸が置いてあり、その店のめちゃくちゃパワーを感じる。
その店のさらりと口で溶ける上品な『じゃがいものバター煮』は、まさに「これはじゃがいもなのでしょうか」を地で地元民にさえ言わせる料理が全国的に有名なのだが、あえて僕がすすめるとしたら、『牡蛎のゴルゴンゾーラ和え』である。ここ、和食系の居酒屋ですよね?、そもそもゴルゴンゾーラチーズって何状態なんだけれど、よくよく考えれば牡蛎とチーズが合わないわけないじゃないか。牡蛎の甘みと旨味がチーズのこってりさと交わって素晴らしく良いのだ。それに、十四代の本醸造の本丸がめちゃくちゃ合う。本当の価格が一升瓶2000円くらいのはずなのに、人気が人気を呼んで普通に買えなくなって、ネットで一桁増えた状態で売られているあのお酒を、適正なお値段でお店で出してくれる。マジ感動、マジ感激。
でも、ちょっとお値段は高めなので、今日は自分へのご褒美の日に一人1万円くらい握りしめて入りたい。
そして、忘れてはならない〇鳥札幌駅北口店だ。〇鳥は北海道や仙台、東京で営業するチェーン店で、手ごろなお値段で美味しい焼き鳥が食べれられる素敵なお店だ。特に注文する前から出してくれる鶏がらスープが最高に旨い。冷えた日に出された時は神にすら感じる。残念なことにこのスープ自体はメニュー表にはなく注文することができない。
嫌なことがあったらうまいもの食べて美味しいお酒を飲んで忘れよう。そう思える素敵なお店だ。
しかし、まあ、用事があって、札幌駅の北口から出入りする時に、それらの店の看板を見る度に、ああ、僕なんで今その店にいけないんだろう、と思うあの虚無感を感じるのだ。
ヒーローに変身中でもやはり感じるね。
怪人たちをなぎ払いながら、視界にお気に入りのお店の看板が入る度に口の中に唾液が溜まってくる。全てが終わったら自分へのご褒美だ、絶対食べに戻ってこよう、現実逃避しようとする自分にそう言い聞かせながら札幌駅北口構内へ足を踏み入れた。
札幌駅は床や壁が血だらけになっており、展示された銅像なども倒壊され、電車の発着を知らせるモニターは蜘蛛の巣状にひび割れ、生きているモニターは『error』とのみ表示されていた。
僕の姿に気が付いた怪人たちが襲い掛かってくる。異形な形をしたものや、卑猥な形をしたもの、プリプリプリンティなものや、もりもりきんにくんなもの。高くてCランク相当だろうか、と思いながら僕は叩き潰していった。
彼らには怯えも躊躇いもなく、怒りや憎しみを僕にぶつけるようだった。誰一人として、その場から逃げようとするものはいなく、それが少し悲しかった。
せめて、限りなく痛みを少なく、と一撃で潰す。
もしも、天国や地獄があって、そこで君たちともう一度会えたら、そこで笑って一緒にお酒でも飲もうや、と思いながら警棒を振り回した。
札幌駅南口の出入口を飛び出す。札幌駅のシンボルとなっているJRタワーステラプレイスの時計は携帯端末と同じ時刻を刻んでいた。
ステラプレイスの上層からガラスが落ちはじめ、割れる音が遅れて聞こえた。
白いフリルの服装の人が飛び出して地面に着地する。
見たことあるなぁ、と思えば元道の変身した姿だった。
白い服装もところどころ切られたような傷が走り、体からも出血していた。
「元道……さん! 大丈夫ですか!」
「つばき! あたしは回復技を使えば大丈夫! 屯田兵子に加勢して!」
ガラスが割れる音が聞こえ、黒い影が地面に着地する。その影は昔ながらの忍者の姿、屯田兵子こと高橋お姉さんだ。
「数が多すぎるし、Aランク級の怪人も混じってきてる。私だけじゃ対処しきれない」
割れたガラスから怪人がぼとぼとと黒い液体のように落ちてくる。巨大なものや、酷く細いもの、へらへらと笑いながら近づくもの、AIで描かせたような異様で奇形の美人や、気持ち悪い虫が混ざった人。
Aランク級の怪人も混じってきてる? 全部Aランクじゃね? という感覚であった。
「白井く……黒の夢はこないの?」
「東京都内での対応しているって。こっちは私たちが頑張らないと間に合いそうにない」
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