ACEは落ちない 3
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一度も会ったことないのに、美人だと性格が良くて、ブサイクだと性格が意地汚いと感じる。
これは不思議なことに、ほとんどの人間が美人やイケメンに対して好意を抱くという反応なのだ。だから、そう感じたことを卑下したりする必要はどこにもない。
35歳のメタボのおっさんが、無名のアイドルだけどいわゆる美少女の首をへし折れば、まあ、まともな人はメタボのおっさんがヤバいやつ、と判断するに違いない。
逆の判断をした人は、そもそも人を殺したらダメですよね、というあたりからの道徳の教育をやり直した方がいい。
そんなわけで、怪人化したアイドルの首をへし折った僕に冷たい視線と野暮な好奇心の視線が刺さった。
「殺人鬼だ」
「キチ〇イだ」
とかそういうことを言っているのはこの怪人アイドルが何をしでかしたか全く見ていなかった人たちで、
「怪人を倒したヒーロー?」
「怪人を生身で倒した?」
「あのおっさん何者だ」
と言っている人は、終始見ていた人だ。中には携帯電話のカメラを向ける者もいた。そんな暇あったらさっさと逃げろよ、守りながら戦う身にもなれってんだ。ふぁっく。
おっさんには厳しい嫌な視線からさっさと離れよう、と思ってアリオ札幌の北側の出口に向かおうとすると、すぐ側に着地する音が聞こえて振り返った。
「怪人倒してくれて助かるって、おじさんっ!何やってんの?」
僕のヒーロー変身後の姿に瓜二つの元道りなだった。変身すると勝手に化粧もされてしまい、悔しいけど尊くなる。元道のくせに!
「おおぉう、お前回復ヒーローなのに、何で怪人討伐しに現れてんだよ」
回復ヒーローの元道はごく普通のヒーローと違って力技は弱い。それでもFラン怪人なら倒せないってレベルじゃないんだろうけど、普通は出てくるわけない。休みで買い物かなにかかな。
「もぉー大変なんだよ。とにかくね、私はFラン怪人くらいは倒せるでしょうってことで出動させられているの、あと高橋……あ、ほら、屯田兵子さんとペアで動いているから大丈夫。基本私はDランク以上の怪人の時は戦わないで遠巻きで見ているだけだから」
「りなちゃん、本名は間違っても言わないでね」
僕の後ろからにゅるりと現れたのは、ヒーロー変身後の高橋お姉さんらしき人だ。なんか、時代劇に出てきそうな忍びの格好をしていた。あまりに急な出現に僕は驚き、そこで、ああなるほど、と思った。背後から急に現れる能力を持つヒーローであれば即時暗殺ができる。高橋お姉さんはそういった闇落ちしたヒーローを物理的にクビにするためにいるのだろう。
とりあえず、大きな胸を感じさせない和の着衣よ、爆発しろ、やり直せ、と心から思った。
元道はアリオのステージ上に残っていたマイクを拾った。
「砂になって消えないから、怪人のじゃあない本物のマイクだね。すみませーん、マイク借ります。こちらヒーロー局札幌支部所属の回復ヒーローやっている元道です。アリオ札幌内で現れた怪人1体は近くにいた冒険者が駆除しました。しかし、現在も多数の怪人が札幌駅を中心に発生し続けていますので、札幌駅方向には近づかないようお願いします。ヒーロー局の防災アプリを参考にして、避難してください、繰り返します……」
元道がマイクで声を出し続けると、僕への冷たい視線が和らいだ。流石だね。僕が元道を育てた、多分。
怪人との戦闘で、ヒーロー課から渡された携帯端末を確認する暇はなかったので、今がどういう状況なのかはっきりとしなかった。
元道の言う通りならば、そもそも回復ヒーローの元道だって怪人駆除の戦力として投入しなければいけない事態として考えるならば、本当に危険なやつだ。
がやがやと騒ぐ群衆の音で僕の携帯端末の音はほとんどかき消されていたが、確かに僕のズボンのポケットからは携帯端末からの音が聞こえた。
「あれ、また指令が入ったのかな」
元道が携帯端末を取り出した。デザインは僕の持つ物と同じ、ヒーロー課から貸与された携帯端末。画面には緊急の表示があった。
その画面を人差し指でタップするとその端末からの音は止んだ。
「あれ、どこから聞こえるんだろ?」
僕はポケットに入れた端末を見ないで操作する。指先の感覚を極め、モーパイする気持ちでやれば何も怖くない。モーパイは中学生男子が背伸びをして読んだ麻雀漫画をマネで覚えようとする中二病患者特有の初期症状だ。
「アラーム止まった?」
元道は不思議そうにそう言ったが、あえて僕は何も反応をしない。下手に反応すれば、なんでヒーロー関係者しか知らないことを知っているということになる。なので、相手の言葉を待った。
「えーと、おじさんはなんでここにいたの?」
元道が、まあいっか、と呟きながら僕に声をかけてきたので買い物に来ていたらアイドルが急に暴れてね、というように説明した。
「人、だったんですか? 怪人が?」
「そういうことかもと、ヒーローキリングの仕事していたらやっぱり……」
「というかさ、おじさん、なんで怪人と戦えるの?」
僕はフサァと少なくなりつつある前髪を触って、
「僕はね、高額納税者なんだよ。まもなく冒険者のレベルが三桁になるところさ」
とキザっぽく言った。いつか言って見たかったんだ。人間のカスのようなセリフ。
まだ、僕のレベルは二桁後半だが、確定した納税額がやばい。基礎ステータスの向上のためとは言え、定期的にダンジョンに潜るか、怪人を倒さなければアーリーリタイヤなんて夢のまた夢くらいにヤバい。ヒーロー変身の基礎ステータス倍率の恩恵を受けるために、ある程度基礎ステータスを向上させればいいだろうと思ってダンジョンに潜ってレベル上げしていたけれど、レベルも上がって税金も上がるんですよ。
まあ、その分もあってかなりのステータスが上がって今ではFランク怪人を何とか倒せました。下手すると死ぬけど。僕の元々の特性を使えばギリ大丈夫。頭が吹き飛ばされたらどうなるんだろう、知らね。知りたくね。
「ヒーローに覚醒したあたしが言うのもなんだけど、人間やめるつもりなんですか」
ため息を吐いて、本気で心配しているのか馬鹿にしているのかわからない表情の元道がそう言った。
「失礼な! 貴様、高額納税者になんていうこと言うんだ」
「まあまあ、楽しい話題はこれでおしまいにしましょう。えーと、その、『オジサン?』は、高レベル冒険者だということはわかりましたが、もう、怪人の相手はしないでください。はるか格上に当たるかもしれませんし、避難してください」
高橋お姉さんは僕の名前を知らないので、気まずそうにオジサンと僕をそう呼んで避難するよう呼びかけた。
「わかった。後は若い2人に任せておっさんは帰るよ。2人とも死ぬなよ」
「おじさん、カッコつけちゃって。巨乳忍者が性癖なんですか?」
高橋お姉さんの前で回答に困る内容の話を冗談でも振るな、と元道をたしなめて、二人から離れアリオから出る。元道が大きく手を振って、
「おじさーん、またねー」
と言っていた。本当に懐いたもんだな。
しばらく、歩いた後、避難が進み人通りが少なくなった高架下で、僕はヒーロー椿へと変身し、携帯端末を取り出す。緊急出動場所は札幌駅や北海道大学、大通近辺を指し、さらに都市部でも多数の出動要請が発令されていた。
耳を澄ますと多くの悲鳴や助けを求める声が聞こえる。
行かなければならない、行かなければ。
僕は高架下から姿を出し、地面を蹴り、空へ飛びあがった。
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