ACEは落ちない 2
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ダンジョンで鍛えて技術と基礎ステータスを上げる。怪人等を倒してヒーロー変身時のステータス倍率を上げる。己の武器が、拳と盾しかない、この不遇美少女ヒーローが安全に戦えるために取り組んだ苦肉の策だ。
ダンジョンは本当に危険がいっぱいだった。例えば、オークに囲まれてウホッオークだらけの夜の運動会をするはめになったり、オーガの角タックルで尻の穴が増えたことがあったり、コカトリスににらまれて「目をそらしたら負けのような気がして」にらみ合いを続けたため何日間か全身石になったり、石化が解けた時に謎の宗教団体が周りを囲んでお経を唱えていたり、巨大ワームに食べられて消化を待つだけの時間を過ごしていたら超上級冒険者に助けられて感謝をしていたら、動画撮影されていて許可なしでYouTubeで流れてしばらくSNSでトレンド化した。いつか炎上してしまえ。
まさにダンジョンは魔境だった。
そんな中、コツコツとレベル上げに励んでいた僕を自分で自分を褒めたい。
基礎ステータスの向上とステータス倍率の上昇により、ヒーロー変身後のステータスがいい感じに上がった。
これならAランクの怪人との戦闘でも苦戦はしないだろうと思っていたら、Aランク怪人2体が同時出現したタイミングでスクランブル出動する羽目になった。まさに僕は一級フラグ建設士。
結果は圧勝だった。
しかし、Aランク怪人の触手攻撃で、全裸よりも酷い格好をする羽目になり、戦闘中の動画が流されたら数多くの人々の性癖を歪めることができるだろう。性癖を歪まされた男子たちに、「これが私の正体だ」と言いながら変身解除しておっさん姿に戻れば、きっと脳みそも破壊できるに違いない。
札幌市東区北7条東9丁目、ここには黒い星印のついたサッポロビールの博物館やサッポロビール園があり、その隣にはイトーヨーカ堂が経営しているアリオ札幌というショッピングモールがある。
アリオ札幌の一階の4分の1くらいは食料品売り場になっており、他は飲食店や雑貨屋さん、ペットショップにトレーニングジムがある。
僕は輸入食料品を売っているカルディーで試飲のコーヒーもらって、カルディーの中を散策する。
散策する時にちらりとわくわく広場の方を見た。アリオ札幌でイベントがある時に使われるスペースだ。まだ、人気のないアイドルとか、あまり有名ではないけれど一部の世界では有名な人とかが来てライブをしたり催しをしてくれる。今日は地下アイドルではないと思うが、マイナーなアイドルらしきアニメ声の女の子が20人もいない観客に声をかけていた。応援するほどしりもしないが、売れて欲しいもんだ。
カルディーには変わった旨いものがあったり、好きな銘柄のスパゲッティが安売りしていたりすることがあるのでチェックする。
安売りになっていなかったけれど好きな銘柄のスパゲッティを申し訳程度に1袋買って、パン屋さんのどんぐりに入る。確か以前このスペースはお料理クッキングスタジオだった。料理の基本とか学んでみたいけれど、ちょっと勇気がいるよね。特に男性には。
どんぐりというパン屋はまさに正義だ。安さやボリュームたっぷりの総菜パン、菓子パンもクオリティーが高い。Mサイズくらいのマルゲリータピザもある。元祖ちくわパンもいい。濃厚な味わいにもっちりクニュクニュの食感、これを正義と言わずなんと言えばいい。
僕はどんぐりで、いくつかの惣菜パンと角食(食パン)を買い、パンにコーヒーが合わないわけがないだろうと、カルディの方へ戻る。コーヒー豆を買い、しばらくの生きる気力を確保できると思いながら店を出ると悲鳴が聞こえた。
きっと、変態が出たのだろう。露出系あたりだ。春になると増えるアレだ。性の喜びを見て感じて欲しいと思っている、頭のネジをお母さんのお腹の中に忘れてきた思想の持ち主だ。
悲鳴の方向はわくわく広場だ。アイドルが襲われていると思ったら、アイドルが観客を襲っていた。何を言っているか僕もわからない。
先頭にいたアイドルの2倍くらいの年齢の大きなお友達が、アイドルのグーパンチで食品売り場のレジカウンターに吹き飛ばされる。頭は潰れており、周辺は血肉が飛び散っていた。悲鳴が悲鳴を呼ぶ地獄絵図。逃げるよりも吐き気に耐えられず、床を嘔吐で汚すもの。潰された内臓からはみ出る汚物で酷い臭いが立ち込める。
「コオンナ客シィカ来ナイカラァァァ」
自分の頭を両手で抱えて嘆くような悲痛な叫びが聞こえた。周囲の人を見ても、そんな声が聞こえたかどうかはわからない。それどころじゃないからだろう。
僕のヒーロー局から渡された携帯端末にアラームが鳴る。取り出して画面を確認すると、スクランブルの画面だ。しかし、いつもと違うのはその画面の下に、格下だけど被害多数見込まれるため出動願う、との表示があった。
アイドル怪人から感じる怪人オーラは推定Fランク。変身しないと勝てない可能性が高いけれど、この衆人観衆の中での変身はまずい。防犯カメラも周囲に巡らされている。
アイドル怪人がマイクを逃げ惑う観客に投げつけた。
僕は飛び出し、盾の受け流しの動きを腕で再現して、マイクの方向を変えさせる。腕に痺れるような痛みが走る。
マイクは壁に刺さり、アイドル怪人の視線は自分に刺さる。
タゲられたじゃん。ふぁっく。
アイドル怪人は、私の歌を聞け、とでも言わんがごとく、新たなマイクを取り出して、アニメ声からデスボイスで謎の音声を奏でた。歌詞が可視できる状態になって浮かび上がる。それが自分に向かって飛んできた。
「うぼああああああ!」
横に走りながら叫ぶ。僕がいた場所に歌詞がぶっ飛んで白煙をあげる。
当たったら即死するかもしれん。
異様なほど鍛えられたステータスで人間を捨てた三次元軌道を走る。壁を駆け抜け、天井で方向転換しながらエスカレーターの縁に飛び乗り、白煙の中に飛び込む。
しかし、白煙の中に飛び込むことは予想されていたようで、物理でできた歌詞が僕に飛ばされ続ける。
片腕が飛び、左の太ももの半分が持っていかれた。
痛みと出血で意識が飛びそうになる。大丈夫だ。意識しろ。ヒトではなかったと。
ヒトの偽物、ヒトの常識の外のモノ。
なくなった腕の代わりの元の腕が生え、えぐれた太ももの肉は元に戻る。
異様な回復に、昔ならきっとチート主人公ヒャッハー、と喜んでいたに違いないが、言葉にできない思いに胸を強く締め付けられる。
白煙が薄くなり、アイドル怪人が顔色を変える。一部の服はなくなっているが無傷で立っている僕があまりにも異物に見えるのだろう。アイドル怪人が突進し、僕を押し倒す。美少女アイドルに押し倒されるとか最高だよね、怪人じゃなければ。
アイドル怪人は僕に憎しみを最大限に向けるように、顔を歪ませて右拳を振り上げた。
純粋な力の押し合いならばと、相手の拳を逸らしつつ、掴んで引き寄せる。アイドル怪人の腰を左踵で押して、体が逃げようとしたところを相手の右肩を引き寄せ、右足を脇下へ通す。アイドル怪人が身体から離れようとするので、そのとおりになるよう左足を抜き、その左足をアイドルの頭にかけると、ほら最初に掴んでいたアイドル怪人の右腕の関節が伸びきります。
関節の決まる方向に力をかける。
アイドル怪人のデスボイスが館内に響き渡る。その声は、映画のサラウンドで聞く大型肉食恐竜の様だった。
その抵抗に僕は躊躇する。でも、やらなきゃやられる。このアイドル怪人が……怪人になる直前まで何かに困り果てていた善意の人間であったとしても、僕がやらなければここにいる人たちが死ぬだけだ。
力を込めて腕を粉砕すると、響き渡る声の高さが高くなって耳をつんざく。
よだれを垂らしながら、やめてくれと言っているように苦し気な表情を作るアイドル怪人。
アイドル怪人の体を横に転がし、首の後ろに足を乗せる。
足を上げて、勢いよくかかとを落とすと、鈍い、グキリという音が響く。
アイドル怪人はビクンと全身が一度痙攣し動かなくなり、砂となっていった。
その砂を僕は目で追うと、砂の中に、ダンスを一生懸命練習するアイドルの姿、先輩にいびられる姿、枕営業をしている姿、歌がへたくそだと言われ笑われる姿、媚びを売りたくないと思っている大きなお友達にいじられて笑いを取っている姿が次々と見えた。
「ちくしょう……なんで、こんなの見せるんだよ……」
僕は悪夢を振り払うように頭を振り、ふと視線に気づき周囲を見渡す。
僕に怯える多くの瞳がこちらを向いていた。
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