Bad end 6
いつも読んでいただきありがとうございます。
更新遅くなりすみません。
高橋お姉さんから教えてもらった話は、僕の中の解釈になるけれど、最終的にヒーローと怪人って同じものなんじゃね、というところになった。
ヒーローの変身ができる抽選?に当たった後、完全に闇落ちしたら怪人になるのか、それとも、変身ができる抽選にあたった人間が闇落ちしていたら怪人になるのかわからない。それとも両方なのか。
いずれにせよ高橋お姉さんの言っていた、怪人を倒してもヒーローを倒してもステータス倍率上昇があるというのは事実だと思う。
ヒーロー『初代』の死だ。
世界中の多くを沸かせ、人々の心を一つにして怪人たちに立ち向かった初代。
都心に大量に現れた怪人怪獣をなぎ倒すが、次々と出現する怪人たちに、初代の体が追い付かない。
最後はSランクやAランク級の怪人に囲まれ、初代がもう立ち上がれなくなった時、ヒーロー魔女っ子に
「俺にかまわず……うてえええ!」
と叫び、涙目の魔女っ子が初代を中心に最大火力の技を発動させた。
その技は、地面を割き、巨大な光の柱が天に延び、周囲を蒸発させながら全ての怪人たちを飲み込んだ。
残ったのは、がれきだけで、そこには怪人も、初代もいなかった。
全ての力を使い果たして、地面に落ちるように降り立った魔女っ子は、顔を地面に向けた。
雨は降っていないのに、彼女の顔の下には水滴がしばらく落ち続けた。
それからの魔女っ子は、ヒーローとしてさらに一皮むけたと言われ、怪人、怪獣たちを今まで以上に積極的に倒し、また、必殺技の威力や動きのキレが見違えるようになったと言われていた。
その逸話は、彼女の、『初代』を殺してしまった罪悪感からなるもの、と言われていた。
しかし、どうだ、ヒーローを倒しても力が得られる可能性について聞いたら、膨大な力を持っていた初代を殺した魔女っ子は、当然強くなる。
彼女は異常に長いヒーロー経歴があり90歳くらいまで続けたと言われているところからも、加齢による弱体化が些細なものになるくらいに、異様なほどのステータス倍率があったに違いない。
まだ高橋お姉さんは飲み足りないようで、2件目を梯子した。もちろん、ソフトドリンクで酔える元道と子守り代行の白井君も連れてだ。
そのお店は札幌市中央区大通の北側、時計台からは西方向、札幌グランドホテルの南東方向の敷島北一ビル内にある。店内チケット制のお店で、色んな日本酒を目の前の冷蔵庫から選ぶことのできるお店だ。羽根屋、楯野川、鳥海山、秀鳳、本当にいい酒を教えてもらった。なんとなくで選んでもいい酒に巡り合えるし、出来上がったお客さんに、この酒旨いっすか、と聞けば色々教えてくれる。とても雰囲気のいいお客さんも多いので、素晴らしいお店だ。というか、みんな日本酒大好きな人ばかりが来る店だから、最高。みんな仲間。語彙力に支障が出て来てても、笑顔だけで意思疎通できる。
お酒も凄いのだが、フードも凄い。例えば、目の前でサンマ1本を焼いて出してくれたり、ハムやベーコンが大量に入ったおつまみや、にしんの切り込み、酢飯にもりもりマグロを乗っけてくれる謎の寿司等、日本酒に合うんだ。あと、日本酒で豪快に煮込んだカレーなんかもある。フードの値段は一般的な居酒屋よりも安いので、経営のことを心配になる。日本酒あまり飲まない人やお酒飲まない人でもフードが素晴らしいので連れてきても多分嫌がられないと思う、多分。まあ、酒飲みの言っていることは話半分信じない方がいい。
「ぶっちゃけ、椿ちゃんってさ、公開されている経歴はさ、格上の怪人ばっかり倒しているから、スコアだけ見ると実は裏ではヒーロー殺しを依頼されまくっているのかな、って思ってたんだけど、椿ちゃんの戦っている動画見たら、逆に申し訳なくなっちゃうよね」
高橋お姉さんは盛り放題のたくあんをつまんで、辛口の日本酒の二世古を口に流し込んだ。僕は辛口である二世古はあまり得意ではないけれど、そこの酒粕は結構好きだ。二世古酒造と書きながら倶知安町にあるその酒造に直接行って買える酒粕はお値段以上の価値がある。
酒の方に気がとられてしまったが、高橋お姉さんが言っているのは、僕が戦う羽目になる怪人が総じてキモイって話だ。後は、キモイやつ以外は格上とかね。
「椿ってさ、イロモノにあたる率高くない? おもしろ動画探したらあんたの戦闘シーン出てくるんだけど」
そうやってケラケラ笑う元道は全く酒を飲まず、ソフトドリンクを飲んでいる。なんでそんなにテンション高いんだ。というか、僕の動画を見ていたら、お前と瓜二つのエロコラ動画にぶち当たって事故るぞ。
「私はそういう星の下に生まれたんですよ、きっと……」
僕の意気消沈した姿に唯一まともな白井君が
「椿さんってみんなが嫌がるものを率先して引き受けてくれているような、なんていうか、本当にヒーローそのものですよ」
とフォローしてくれる。僕が女ならウホッって気持ちになっちゃうだろうね。
「椿さんは……なんでヒーローやっているんですか? あの、そのー。僕は不思議なんですよ。椿さんは野良ですよね。完全に政府にくっついているわけではない。逃げようとすればいつだって逃げられるし、戦う怪人だって選べる。でも、格上だって見た目のヤバそうなやつにだって逃げない。それなのに野良だからお金だってだいぶ減額されて渡される。……どうしてですか?」
本当に白井君はヒーロー勤務時と違って超真面目なことを聞いてくる。元道や高橋お姉さんまで僕をじっと見つめた。
ぶっちゃけて言えば、おっさん姿を政府にばらしたくなかっただけだったし。前に働いていた職場よりも給料が良かったから野良でも良かった。ただそれだけだった。
でも、今となったらどうだろう。そもそも僕の体はおっさんなのか美少女なのかわからなくなってきた。長く生活してきたおっさん姿の方が気持ち落ち着くけどね。部屋着と同じようなものなのかな。
周囲に目を向けると、くだらない冗談や、仕事で失敗した馬鹿話、けらけらと笑いあう声、この酒旨いとか、料理うめえと騒ぐ声。店の外からもにぎやかな声、笑い声。翌日の朝までの時間を楽しむ人たちの行き交う音。
仕事なんて面白くないものがほとんど。楽しいと思える仕事にたどり着けた人は本当に運がいい人。
わずかながらの楽しめる瞬間を盛大に楽しむ。
それはとても美しいと思う。
仕事じゃなくて、嫌なことがあって出かけた郊外。いつもは気にしなかった湖や森林、山から見下ろした景色、夜中にロープウェイから見えた夜景。僕の目には勿体ないくらいの素晴らしいものが広がっていた。
ただ見るだけならば、何も感じないのだろう。
でも、人間という生き物は、そのなんでもないはずのものに心というフィルターを通すことで、感情が強く揺さぶられる。頭を打ち付けられるような衝撃や、止まらない鼻水や涙。それが、僕はきっと好きなんだ。
「素敵なんですよ、この世の中は。守ってあげたいものが本当にたくさんある」
僕は人間になってそう思ったんだ。
だから、人間になったんだと思う。
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