Bad end 4
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目を開けると浴室だった。
頭だけ浴槽から出して胃の中のものを吐き出した。
「そんな……うそだろ……」
浴室の鏡を睨みつけながら呟いた。
目つきの悪い、全裸の美少女が映っていた。
口をすすぎ、吐しゃ物を無理やり排水溝に流し込んでから、風呂から上がる。
落ち着け、落ち着けと呟きながら、机の引き出しに片付けた身分証明書を探した。体の水分を拭き取り忘れ、フローリングの床に水滴が落ちる。
運転免許証を見つけ、表面を凝視する。裏面の備考欄には何も記載がない。
「くそっ!」
僕は運転免許証を壁に投げつけた。マイナンバーカードを見つけ、また壁へ叩きつけた。
思い出せ、安アパートの大家のおばあちゃんはなんと言った。アパートの部屋から引き払う時だ。
『あれ? あの人、椿さんだったかしら?』
何故、僕は人間関係が気薄なんだ。
ラーメン屋の店長くらいしかまともに話した人はない。ヒーローになってからの知り合いしかいない。
それ以前の友人のことが思い出せない。
名前も、顔も、あいつらどこに住んでいたっけ。
実家もどこだ。両親の顔も思い出せないし、庭にあったバナナの木なんて北海道で育てるのは困難を極めるものだ。記憶がまるでバグってる。
母の味がボルシチだ? お前はロシア人か? 普通はカレーとか味噌汁とかザンギ(鶏の唐揚げ)とか炊き込みご飯とか特殊な郷土料理とか、そういうのだろ。稀にボルシチの人いるかも知れんけど。
冒険者としてダンジョンで体を動かしまくっているのに体型が変わらないとか、普通じゃない。例えば、2時間くらいのランニング、いわゆるハーフマラソンをすれば1000キロカロリーの消費があるのだ。ダンジョンで走り回ってモンスターを殺すだけではない。時には食事も出来ずに荷物を持って歩き続けるのだ。痩せない訳がない。冒険者はみな、半年もすればだいたい筋肉質なやや痩せ型の体型になっている。痩せすぎないよう体型維持をするために高カロリーなものを冒険者たちは摂取を心がけているのだ。何故、僕だけメタボなままの体を維持できる? たかだかこってりしたラーメン食っただけで維持できるわけない。ヒーローだからか? いや違う。
年齢だってそうだ。僕はいつから35歳で止まっているんだ?
今年度はもう終わるのに、なぜ35歳だと思っていた?
そうだ、答えはもう出ているんだ。
僕の運転免許証には、僕の顔写真があった。
名前は、椿吾郎ではなかった。
体ごと取り込んだ元の体の持ち主の記憶は、死んだ後だったからバグっているのだろう。親がバナナをビニールハウスもない庭に植えているとか、過去の友達の顔も名前も思い出せないとか、そもそも名前すら思い出せないとかね。
過去の記憶が曖昧だったのは、人格が生まれるまでのあいだ、いろんな刺激や新たな記憶に元の記憶が埋もれたのだと思う。
4、5歳の子供に1歳の頃のことを聞いても覚えていないというやつなのだろう。
でも、自分が本当はヒトではないことを意識し始めた途端、急に過去の記憶が流れ込んできて、自覚させられる。それが、辛く涙が止まらない。
それでも、元々自分は人間だったと思い込みたいから、怪人や怪獣の攻撃だと思い周囲を見渡したり、オーラを感じ取ろうとするが、全くそういったものは感じない。
悪あがきをしても無駄だ。
僕は、ヒトのまがい物だった。
冷え切った体に付着した水をタオルで拭き取り、服に着替える。ひらひらフリルのついた服ではない、ユニクロで買った、ザ・シンプルな服だ。ただの黒い長袖Tシャツに黒色の細身のスキニーパンツ。パンツと言っても当然下着ではない。ズボンだよ。下着? 男は黙ってボクサーパンツだよ。
着替え終わる頃にチャイムがなる。
玄関モニターには明るくて元気で頼りになるけれど酒癖が悪い高橋姉さんとSランクヒーローの『黒の夢』を名乗る白井君を横、真ん中には初めてヒトを解析をした時の少女。
「快気祝いに来たよ! 今から外行ける?」
僕は居留守を使おうか使わないか少し考えた。こんな気分の時に外に出かけると碌なことがない。呼び鈴が数度鳴り響く。いや、来てくれたのに顔も見せないのも失礼だろうと玄関ドアを開けた。
「ねえ、快気祝いしよ……うわ、ツバキどうしたのその顔。ふられたの?」
少し頭の悪そうな元道りなの声に、妙な安心感を感じた。
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