Fラン 4
とある国民的アニメがある。日曜日の夕方6時ころからやっていたあれだ。
その中のキャラクターで家が火事で焼け落ちて、陰気臭いヤバイやつ、一見して玉ねぎがでっかくなったような頭をしているあいつだ。
あんな感じのシルエットのもっと玉ねぎ率が高くなった奴が、路地から出てきた。
直感でわかるよね。こいつ怪人だ。絶対頭のヤバイやつだ。ていうか、既に頭の形がヤバイ。
僕はハンドルを切って、何事もなかったかのように配送先へ向かった。
なんかあいつ、戦う前に生理的に無理な気がした。
サイドミラーで見ていると、スーツ姿のサラリーマンにちょうど玉ねぎ野郎が襲いかかる瞬間だった。
玉ねぎ野郎はサラリーマンの前に立ち、頭の先から噴火する様になんらかの分泌物を噴出させた。
「うあああ、目が、目があああ!」
サラリーマンが崩れ落ちて、目を押さえた。
「ふひふ、沁みるだろう、沁みるだろう! ワイはワイのエキスで目が沁みて泣せるのが、エクスタシーを感じるんや!」
玉ねぎ野郎の股間部分が隆起し始めた。テレビでモザイク必須なやつだ。奇跡的に怪人発生してまもない瞬間を生放送できたローカル局が、今ごろ慌てて画面をスタジオに戻しているだろう。
更なる悲鳴が聞こえたのは玉ねぎ野郎の風下にいた人たちだ。風の力で玉ねぎ野郎の分泌物が飛んできたのだろう。
素通りするか……いや、ちくしょう、見てられねえぜ。そんな風に生きるなんてできない。生理的に無理だけど、僕がやらなきゃ、まだまだ被害に遭う人が出てしまう。まじふぁっく。
僕は配送車を左側端に止めて路地裏に入り、覚悟を決める。
変身、と叫ぶと、湧き上がる力を感じた。
***
「この子だけはやめて!」
若いお母さんが小さい子供を抱きしめてうずくまっていた。
「ワイは子供が泣き顔の方がエクスタシーを感じるんだな」
のちにタマネギンギンと呼ばれることとなる変態系Fランク怪人が、2人に近づき始めた。一歩、一歩と近づくにつれ、若いお母さんの顔は恐怖で引きつった。
タマネギンギンが更に一歩を進めた瞬間、強風と強い衝撃でのけぞった。太ももには白い杭が打たれ、その場から動けなくなった。
「誰だ、不意打ちとは卑怯だぞ……グゲェ!」
風上側の路地裏から現れた白い影がタマネギンギンの首に一撃を入れると、玉ねぎヘッドと玉ねぎボディーに分かれた。
さらに白い影は玉ねぎヘッドに黒光りする棒を打ち付けると玉ねぎヘッドは少し離れたトドクンのトラックに激突し、その車両とともに爆散し、玉ねぎボディーも砂のように崩れて消えた。
白色の影は形をあらわにする。
銀色の髪をなびかせた、白をベース色にし、赤色の花模様が描かれたコスチューム。最近、国立ヒーローweb図鑑に掲載されたFランクヒーローだ。
「遅くなってごめんなさい。お怪我は無いですか?」
白人とアジア人のハーフのような顔立ちのミドルティーンの少女が絶体絶命だった母子に手を差し伸べた。
「おねえちゃん、かっこよかったよ!」
子供の声援に、少女が頬を少し火照らせた。
「ひ、ヒーローだからね」
少女は少し上擦った声で子供に返事をした。少女は2人を起き上がらせると、じゃあね、とウィンクを決めて空へ飛び上がり、ビルの屋上へ消えた。
名もなき報道屋はビクター製のデジタルビデオカメラで録画した動画の確認を終え、今時珍しい、戦闘の写り映えが良いヒーローだな、と感心しながら、高く動画を買ってくれそうな地上波テレビ局にメールを送った。
Fランクのヒーローと怪人の対戦だけど、数字取れますよ
格闘やってみた系の自分のチャンネルの回転数目的のクズヒーローにはない、心遣いや初々しさを感じた。何よりあのタマネギンギンは生理的に受け付けないので、出来れば別のヒーローにそっと引き継ぎたいはずだけど、躊躇わず現れた。それに、勝利後に報道やカメラに向かってサービス垂れることもしないで、颯爽と去るところも好感だった。過去の硬派なヒーロー像そのままだ。
動画を再度確認する。
ハーフ顔の少女の勇姿が眩しかった。
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