Camellia bloom 9
いつも読んでいただきありがとうございます。
いつもより少し長めです。
満腹だ。帰って、寝よう。静かに僕は寝るんだ。今日は仕事をしたんだ。もう、ユーチューブでも見ながら酒でもひっかけて寝るんだ。
そういう風に思いながら僕はラーメンを食べた後大丸藤井セントラルの出入り口を出て北方向に歩く。するとすぐに大通りが見えてくるのだが、焦げ臭い。
嫌な臭いだ。嫌な雰囲気。出来れば気が付きませんでしたと言ってそっと帰りたい気分になるレベル。それに仮に火災であっても、消火する能力なんて僕にはないからほとんどできることはない。
まだ寒い季節なのに、熱風を感じる。
大通りの雪を被った木々が燃えており、燃えるものがないはずの道路や公園の地面から炎が吹き上がっていた。
いやいや、これ火災ってレベルじゃねえじゃん。絶対、災害か謎の人災か……
そこで大通りでスーツ姿おっさんが笑いながら火のついたビール瓶をぶん投げているのを見つける。
おっさんは白塗りの顔に目にピエロのような化粧をしており、ビールを投げた手の反対の手にはタバコが摘まれており、紫色の煙を出していた。
ビール瓶は地面で割れて火が噴き出す。ヤバい人の火炎瓶攻撃です、本当にありがとうございました。
しかし、炎は一瞬で10メートルほど吹き上がり、火炎瓶とは思えない勢いだ。
スーツ姿のおっさんの空いた手に、ビール瓶が現れた。あ、やっぱり怪人じゃん。
怪人のオーラの感じは、非常に良くない。ダイヤモンドタイマイほどではないが、ヤバい。足が震える感じがする。
スーツ姿の怪人はビール瓶の蓋を素手で抜き取り、火をつけるのかなと思って見ていると、ビールを口に付けた。そして、ごくごくと飲んでいる。ぷはー、うめーとか聞こえる。アル中やビール党が喉から手が出るほど欲しがる能力のようにしか見えない。
ビール瓶に急に火が付き、怪人がぶん投げる。近くのビルにぶっ刺さって、その階層が爆発し炎上する。
「ひゃーあああ、たまんねええええ!」
怪人の背中からビール瓶が数十本現れ、火がつく
「おおどおりでお仕事ちゅうのミナさん! 10秒だけマッてあげます、10、9、8」
これヤバいやつだ。精神的に大分ヤバいいかれた奴。攻撃も多分ヤバい、全方位に飛んでいくやつだ。僕はコートを脱ぎ捨てるのも忘れて走る。足が重たい。近づくなと体が拒否する。仕方ねえだろ。ついさっきヒーロー業をして、今いませんだなんて話にならねえだろ。だから、ヒーロー業って辛いのよね。もうある程度稼いだんだから冒険者で細々と生活しよう。まじで静かに安全に暮らそう。全身が嫌がるから、思考も嫌がる。くそっ、やんねえといけねえタイミングなんだよ。ここでやらなきゃみんな死ぬんだぞ。加速しろ、加速しろ。踏み出す足に力をかける。けり出す足に気合を込める。
「7……、ひゃーあああ もうがまんできねえ!0だあああ!」
お前はウォールオブヘルに謝れと、僕は怪人の後ろに飛び跳ね、燃え上がっているビール瓶ごと怪人に教科書通りの回し蹴りを当てる。怪人は前のめりに滑り込んでぶっ倒れ、そこにビール瓶が次々と落下し爆発する。爆風を盾を出現させて守ると強い衝撃が走る。僕の感覚が細切れになるようにスローモーションになる。なんか、これ、このまま守るとやばいやつ、と感じ、盾をすぐさまパージし、僕は体を後ろになりふり構わず飛んだ。僕はそのまま後ろに建っていたビルに突っ込んだ。怪人の姿が盾で見えなくなった瞬間、怪人が接近し、拳の一撃で盾を砕け散らせたようだ。
一応ヒーローとして防御力に定評がある僕涙目なんですけど。いや、守っていたのは童貞ぐらいだったか。
怪人は既にこちらを向いていた。急いで立ち上がる。やべえ、追撃されて殺される、と思い構えるが、どういうわけか怪人は僕を見て攻撃してこなかった。
「アンタも、そっちがわなのか……くそ……ヒャヒャ、ヒャアアあ!」
怪人の目は僕を見ているようなのに視点が合っていない。外側にむいた著しい斜視だ。
怪人の手にはビール瓶が握られ、それを投げつけられる。避けるわけにはいかず、僕はそれを蹴って弾く、ビール瓶は怪人の側を通り抜けて元々炎上していた場所に着弾する。
それとほぼ同時に怪人が接近し、拳を振りかぶる。速すぎてついていけない。一発目のコースをぎりぎりで避けるが、右肩をつかまれ腹部に膝蹴りを喰らう。そしてそのまま、背負い投げの形を取られて、横に投げられる。炎上した地面に転がり僕は這いずり回る。
腹が痛いってレベルじゃねえ。肋骨とか、内臓とか絶対にこりゃいったね、絶対。上半身と下半身がつながっているのが超不思議、ヤバいレベルの超常現象に感じる。
火がつかないように転がり、激痛を感じながら立ち上がる。
くっそお、死にたくねええ。早くSランクヒーローの黒い夢あたり来てくれ。二度と中二病ホストとか心で思わないから。なんならお店やっていたら通ってやるよ。おっさんの姿で。ごめん、この35歳にもなって童貞のおっさん調子乗りました。黒い夢の中身の白井君、来てください、マジで頼む。
「なんで……立ちあがる……こんなくさった世のなかのために」
世の中のこととかそんな知らねえよ。そもそも立ち上がらねえと戦う土台にすら立てねえだろうが
「なんで……ツバキは……たたかうんだ」
怪人の癖に何難しいこと考えて言っているんだろうか。時間が稼げるならそれでもかまわないが。
「ぼ……私は……ヒーローだからさ。格好悪いじゃん。力持っているのに戦わないって」
「たたかわないやつだっている。お前はえらべるのに、勝てないおれとたたかおうとする」
怪人と最初の戦いは確か、黒い全身タイツ野郎だった。
あの時はヒーローでも何でもなかった。
なんでだろうな、近くの子供を助けたかっただけなんだろうけど、そういうもんじゃないのか。
「そうかもしれない。でも、違うんじゃないかな。無理かもしれないけれど、何かしてあげたいって。みんなが困っている、助けてほしいって手を伸ばしている。だから私が戦う。勝てなくても、別のヒーローがその間に来てくれる」
所詮僕には何もないんだ。自分に子供もいなければ、妻もいないし恋人がいるわけでもない。友達だっていない。札幌に来てからプライベートでよく話したのなんてラーメン屋の超英雄の店長くらいしかいない。本当に何もないな。でも、企業の歯車の一部みたいな人生が、急にヒーローになったことで誰かのために生きられるようになった。それだけが自分の存在価値なんだ。おかしいな、アーリーリタイヤするつもりだとか普段思っていたのに。死にそうになって考えたら、こういうヒーローですり潰されて死ぬことしか存在価値がないだなんて。
「よのなか、くずしかいない。手を差しのべて生かした民間人に盗撮されてアイコラされたりと裏ぎられてばかりではないか」
「まともな人間ばかりじゃないのは知っている。でも、まともな人間もいる。まともじゃない人間はいつかまともになればいい。だから、助けることは無駄じゃない。人はいつもころころ変わる生き物だよ」
「ツバキ、おまえとは平行線だ。ヒャヒャッ、ざんねんだよ」
少しづつ怪人は近づいてくる。外側に寄った眼の周りの化粧がにじんでいた。
怪人は一歩一歩と近づいてくる。ずり、ずり、と靴を擦らせて歩く音がする。
やばいな、終わったなと思う。白井君、間に合わずだと思う。
でも、ただでやられるわけにはいかない。盾を再度出現させ爆発系のパイルバンカーの射出口を向ける。
こんな街中で使えば周りも容赦ない被害が出るので警告としてしか使えないしろものだ。
どの道、立っているのもやっとの僕は、多分この怪人を止めるためにはこれを撃つしかない。
もう術はない。
「近づくな、撃つぞ」
怪人は足を止めない。多分、僕が撃てないだろうと思っているのだろう。怪人は僕のことをどういうわけかよく知っている。
「ヒャァァー、これいじょう、くるしめないでイカせてやる」
脂汗を感じる。もうだめだ。撃つしかないのか。怪人に当たれば怪人は死ぬかどうかわからない。そんなもの周りを吹き飛ばしてまで使うわけには……
そういう風に思っていると、男性のような女性のような声が聞こえてきた。
にゅるり、と頭に入ってくる何かを感じる。
すると盾が淡く光り形を変えた。
パイルバンカーの射出スイッチを見る。一つスイッチが増えている。
起死回生の装備に違いない、頭に入ってくる情報を理解し、パイルバンカー射出口を向けると頭の中に警告音が鳴る。
代償を支払いますか?
警告、支払った場合、死の危険があります
なんで、僕の装備とか技は使いにくいものばっかりなんですかね。
しかも、代償なんてお金じゃない。命そのものを対象にしているようだった。
どうせこのままなら、どうせ死ぬんだ。
僕はスイッチに指をかける。
警告、支払った場合、死の危険があります
「死んでくれ」
僕はそう強く願い、スイッチを押した。
スイッチの音だけが、カチリと響いた。パイルバンカーの射出口からは何も出てこなかった。
嘘だろ、何それ不発とか、ガチャで爆死みたいなバカみたいなことするの。
終わったと僕は思った時、既に怪人はもう目の前だった。
そして、その怪人はスイッチが切れたように両ひざから地面につき、倒れ砂煙が舞った。
「ど、う……いう……こと……だ。そう……か、負け……た、のか……」
いや、何が起こったかわからんし。
「おれ、あん、たの……ファン……なんだ……こんなク、ソ……みたいな、じんせ……いのさいご、あんたに……されて、よかった……あ……り……がと、う……」
どういうことだ、怪人界でもあって、僕のファンなんて存在しているのだろうか、と思いながらチリとなって消えていくピエロ化粧の怪人を見つめていた。彼もまた焦点の合ってない目で僕を見つめ、やがて消えた。
頬を伝うものを感じ、雨でも降り始めたのかと思って空を見上げたが雨は降っていない。
怪人の放った火炎瓶による炎の赤みが空を染め、いたるところから黒煙や白煙が上がっていた。
頬を触ると涙だと気がつく。涙なんて流すような出来事なんてどこにもないのに。でも、無性に涙が止まらなかった。
少しして、どくん、と胸を強く叩きつけるような音が体の中から響いた。それとほぼ同時に胸が耐えられないほど苦しくなり、助けを求めようと周りを見渡す。誰もいない。消火や避難で走り去る人ばかりだ。どんどん視界が暗くなり、いや、だめだ、もうなにも……かんがえ……られな
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誤字脱字報告もありがとうございます。すごく直していただき各話読み易くなりました。大変ありがとうございます。




