Camellia bloom 4
すみません、更新遅れました。
いつも読んでいただきありがとうございます。
札幌市東区にも隠れ家的な美味しいパスタの店がある。
天使が集う病院の北方向、天使が作られる大学の西方向の市道東3丁目通の東側に面して建てられた古風な小さな洋館の様な建物がそれだ。
お値段はリーズナブルなのに、本格的なお味。非常にコスパの良い店だ。
ちょっと狭いけれど、それが心地よく、薄暗いけど安心する明るさの室内で、黒い木製のテーブルがとても映えていた。
一仕事終えたという名目の僕に、部屋の点検清掃していた腹ペコの元道とその護衛の高橋お姉さんがついてきた。
みんなが注文したのは僕がイチオシした、ランチメニューのカキと岩のりのクリームソースのスパゲッティだ。
クリームソースのこってりまったりしたソースに、魚介と磯の香が合わさり、それをスパゲッティに絡めて食うとか、もう神。天使になれる気がする。食べてうっかり昇天しても、天使のいる病院でなんとかしてくれるに違いない。
他にもきっとレベルのお高いイタリアンのお店はあると思うが、混沌とした東区の中にある数少ない聖域である。地元住民には大切にしてほしいものだ。
「おじさんについて行くと、だいたい美味しいお店にたどり着くんですよね。冒険者やっていた時に何件か教えてもらったけれど、どこも美味しかったし、お財布にも優しいお値段だし」
「美味しい店を見つける秘訣でもあるんですか?」
「なんかすまんが、Googleや食べログとか参考にしてるよ。でも、結局は直接行ってみて、美味かったところはまたこうやって何度も来るよ。まあ、それに連れて行けるのは自分で一度行ったことのある、また食べたいなぁと思ったお店をだな……」
「えっと、りなちゃん、ところでさ、2人はどういうお知り合いなの?」
くるくるとフォークで巻き取ったパスタを口に入れながら、僕と元道は顔を見合わせる。そうですよね、メタボの中年オヤジと中高生くらいの女性の組み合わせなんて、いかがわしい臭いしかしない。
「おじさんはね、あたしが冒険者のころにゴブリンに危うく殺されそうになった時に助けてもらって、それから魔法を使えないタンクのおじさんと回復魔法の使えるあたしでパーティを組んで稼ぐようになったの」
「なにその、中年のおっさんが喜んで見るようなアニメの展開」
「でも、実際そうだったし、助けてくれたのも事実なんだよ。今ごろ助けてもらわなければ……」
うん、そうだね、薄い本が熱くなる内容だね。あの時に僕に倒されたゴブリンは、僕に『おまえもまざる』的な鼻の下を伸ばした表情で勧誘してきたなぁ。
種族関係なく、そんなことを語り出すゴブリンのお前、意外といいやつだったのかもしれない。間違いなく、女性の敵だけど。
まあ、間違ってもそんなこと女性2人の前で言えない。
「僕じゃない通りすがりの誰かだって、あの場面を見たら助けてくれるさ」
僕の言葉に元道が少しむすっとした。いや、普通助けるだろ。
僕は食後に頼んだコーヒーをすする。パスタの後のコーヒーってなんでうまいんだろうね。
「おじさん、そんなことないよ。ボコボコにされているところを撮影してネットにあげるやつとか、いい感じにボコされたところで助けに入って良いことしたみたいに演出した動画を作ってSNSとかにアップロードするやつもいるんですよ」
そういえば、ダンジョンで助けました動画って、ネット上に上がっている『1匹で歩く子猫を偶然道端で見つけて、偶然車に轢かれそうになっているところを助けた』動画と同様で、同じ人がなぜか偶然何度も助けたりしているな。世の中の7不思議なんだよ、きっと。
「おじさん、そういえばさ、魔法系のスキル覚えたの?」
「ああ、一応覚えたんだが、威力がいまいちでな」
「でも、魔法を覚えたら感動しませんでしたか?」
「いや、すまんが、この年になるとな、感情の起伏がフラットになってくるんだよ。それに使い勝手がいまいちだったからなぁ」
「まじかー。私は最初に覚えた『ライト』の感動を今でも覚えているのに」
ライトとは、使用すると自分のすぐそばに光の玉が現れて周囲を明るく照らす効果がある魔法だ。ダンジョン探索には大切な明かりとなるものだ。
「あの、ライトの光の玉、2年くらい前かな、学校の帰りが遅くなって、日が落ちて真っ暗の中歩いていたら、空から急に光の玉が現れてあたしの周りをその光の玉がぐるぐる回って、その後また空に飛び立ったことがあったの。それで、最初にライトを覚えた時に、あたしはダンジョンの外でも魔法を使えるチートを実は持っているんじゃないかなとか思ったんですよね」
「それで、ライトはダンジョンの外でも使えたの?」
「いえ、ぜんぜん。でも、ヒーローに目覚めた時にね、あの不思議なことがつながっていて、あたし特別な存在なんじゃないかなって思うのよね」
「ヒーローになれる人はそもそもきっと特別ですよ」
「うん、おっさんもそう思う」
「でも、ほら、あたしの回復技で死にかけのおじさん復活したでしょ。まさに特別な存在だと思いません?」
「次はヒーロー以外には使わないでくれ。多分爆発する」
「えー」
―――
「おじさーん、またねー!」
声大きい、と高橋さんから注意された。いいじゃん、これはあたしがおじさんに対する流儀みたいなものなんだから。それよりも、高橋さんは胸が大きすぎる。ほんとなんなのこのー。
あたしたちは店から出ておじさんと別れた。おじさんはアルバイトの続きをやるらしい。
おじさんの離れていく姿が不思議と懐かしいような気がしてくる。確かに懐かしいのだと思う。半年くらい前、あたしは誰ともパーティーを組めず、1人でダンジョンに潜っていた。その時におじさんに助けてもらってからしばらく一緒に潜っていた。
いつも前であたしを守りながら戦っていた。その後ろ姿は今も変わらず、妙な安心感があるというか、落ち着くのだ。
ふと、その後ろ姿を見ながら思った。あれだけ冒険者家業をしているおじさん、体型がかわらないけど、ちょっと食生活やばいんじゃないかな。というか、さっきの食事もしかしてとんでもなく高カロリーということなのかな。気を付けよう。
「そういえば、りなちゃん。さっきから『おじさん、おじさん』って言っていたけれど、親戚じゃないよね」
「うん、まったくの他人だよ」
「実は、どう呼べばいいかわからなくて困っていたんだけど、名前なんていう人なの?」
護衛の高橋さんがそう言って、ああ、そういえばその話がなかったなぁと思いだした。
「あれ? そういえば、あたしも『おじさん』って呼んでいたから聞いていなかったわ」
「えっ そんなことあり得るの?」
冒険者として一緒にダンジョンに潜ったこととかを高橋さんに話しながら、あたしが一方的におじさんと呼んでいたことに気がついた。
普通、名前名乗らないかな、と思ったけれど、ふと気が付いたのだ。ゴブリンに襲われそうになった時、あたしを助けたおじさんは、あたしに恩着せがましく付きまとったりするつもりが毛頭なく、名乗らなかったし、携帯電話の番号すら交換しなかったのだ。
ただ、あたしがパーティーを組んでほしいとお願いした後、あたしが『おじさん』と勝手に呼んでいただけで、それがあたしの中で定着してしまっただけなのだ。
おじさんの名前すら知らないのに、なんでだろう。うまく言葉に出来ないけれどあの人はあんまり自己主張や、自己開示しない不思議なところ、気づかいしてくれる優しさをひとくくりにまとめて、何故かあたしにはしっくりくる、何故か特別に安心できるおじさんなのだ。
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