Camellia bloom 3
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安アパートの解約の前、酔って変身解除をする儀式が必要だ。
このアパートは直接大家と交渉して契約したので、解約時も直接大家さんのところに行かなければならない。
変身解除のためにお酒を買ってきて飲む前に、鍵をかける。勝手に出歩かないために、ドアにはガムテープで固定する。
多分、大丈夫なのか、大丈夫かわからないけれどこれしか方法がない。
他の方法としては、ダンジョンに入れば、恐らく変身は解除されるはずだ。ダンジョンはヒーローの力は無効化されるのでヒーロー変身は無理矢理解除される。しかし、管理されていないダンジョンなんて、田舎のダンジョンくらいだ。ダンジョンに入る前に足止めをくらうし、無理やりダンジョンに入れば、美少女からおっさん姿に戻る瞬間を披露してしまうわけだ。
札幌から出る予定のなく、お金を少しでも貯めたいケチな僕は車を持っていないので、一番手っ取り早くヒーロー変身を解除するためにはお酒を飲んで変身解除するしかない。
金のラベルの菊水を一つ飲み干す。いや、まだだ、これでは足りない。塩をつまんで舐め、さらにもう一缶。まだ足りない。勢いよく飲んだから、周囲の景色が少しずつ回転し始めていた。くそ、酔いつぶれて変身解除できなければただ一日を無駄にしてしまう。
そう思いながら飲んだ3缶目。意識が混沌となり、気がついた頃には僕はいつもの35歳のおっさんの姿に戻っていた。
大家さんは同じアパートに住んでいて、一番端の部屋に住んでいる。
アルコールが飛んだ翌日の午前、大家さんの部屋をノックする。
「ありゃあ、久しぶりだね。元気にしてたの?」
大家のおばあさんがそう言い、僕を部屋に上がらせ、お茶を入れた。大家のおばあちゃんは人懐っこい感じの人で、距離感を近く感じるが、パーソナルスペースの中に入り込んでくる、という感じではなく、距離が近いのに心地よい距離感なのだ。
僕は引っ越しを決めたことだけでなく、仕事をクビになって冒険者になったことを話してしまう。引っ越しを決めたことだけ話せばいいのにね。危うくヒーローになったことを言いそうになるが、それは流石に誤魔化した。
「そうなんですか。仕事頑張っていたのにねぇ。残念だわね。それで、引っ越し先は?」
「ダンジョンの近くを考えていて、知り合いが部屋を紹介してくれました」
「それは良かった。昔、直接家に来た時、契約する前のことね。あなたが部屋を探していて見つからなくて困っていたでしょ? まだ部屋見つかっていないのに解約だけしようかな、と考えているなら引き留めようと思っていたの」
そんなことあったっけと思いながら、おばあちゃんの年も大分来ているから、記憶違いもあるのだろう。もしかしたら、僕の名前と誰かを勘違いしているかもしれない。
「いやぁ、そう心配していただけるなんてありがたい限りです」
僕はおばあちゃんが棚の引き出しから取り出した解約用の契約書を手書きで記載していく。おばあちゃんは定型の様式を作っていつでも出せるようにしているそうだ。
「では、これで失礼します。解約日前に必ず荷物は全部出しておきますので」
「近くに来たら寄りに来てね。茶菓子用意して待っているからね」
僕はそう言って大家さんのドアを閉めた。ドアを閉めると大家さんの声が小さく聞こえてきた。
「あれ? あの人、椿さんだったかしら?」
ほら、おばあちゃん人違いしてる。
僕は無事解約手続きを踏んで、元道から借りたマンションへ足を運んだ。
マンションは15階建ての建物でエレベーター付き、室内にはエアコン完備。建築年数は驚きの200年超え。怪人に殴られたり蹴られたりしても壊れない元通りん製、通称聖遺物。ちなみに元通りんは建物の復元をした上に、恐ろしいほど耐久性を高めたので、建築業界の破壊神と呼ばれている。なお、怪人や怪獣による攻撃で手放された一等地を買い占めて何食わぬ顔で建物を復元し、当然それらも聖遺物化して不動産業でボロ儲けしたので、不動産業界の悪魔と呼ばれている。
相続で元道りなにも聖遺物のうちの何棟を所有しており、その中の一室だ。
部屋の家賃は前の部屋の3倍くらいだったが、少しまけてくれた。多分、謎の人型のシミがある事故物件に違いない。
荷物は少ないけれど、念のためメジャーを持って計測などをする下見するため、あらかじめ元道から鍵を借りていた。カード式の鍵で、施錠設備に近づけると開錠される。
オートロックを解除して玄関ドアを開けると暖かい空気が顔に当たってきた。
誰かいるのかなと思って、奥を覗くと元道と高橋お姉さんの顔が見えた。同性しか入ってこないだろうという緩みからか、上半身は薄着姿でだらしなく座っており、スカートは捲れてパンツがこんにちわしていた。
元道たちは僕と目があって固まった。
僕も固まった。ヒーロー椿に変身してないさえないおっさん姿だったことを思い出したからだ。
高橋お姉さんは僕が刺客じゃないかと感じ、すぐに立ち上がり警戒をした。
元道はわなわな震えて、
「おじさん、生きてたの!?」
と僕に指差した。
そっちかよ。スカートとか色々めくれていることの方はいいのかよ。まだお前のパンツが僕へ丁寧に挨拶し続けているぞ。
「ああ、ダイヤモンドタイマイが現れた時はどうなるかと思ったよ」
元道はぽかーんとした顔で僕を見た。説明が足りなかったのかな。
「あたしの回復技で死んだんじゃなかったの?」
僕は元道とぽかーんと言いたそうな、同じような顔になる。
お前何言っているんだろう、と。
元道から話を聞くと、ヒーロー以外がヒーローの回復技を受けると力に耐えきれなくて爆発して死ぬらしい。
ネットで調べると死んだ事例が上がっていた。
僕はヒーローだから、ただ回復しただけなんだけど、それは説明できない。このおっさん、変身すると美少女ヒーローになるんだぜとか言えないし、実はお前の天敵ですとか殺されかねないから、まじ無理。
「まあ、運良く生きてんだろ」
「そうですねぇ、稀に死ななかった事例もあるようだし」
お互いに強く罪悪感を感じても、聞いてない、知らない、わからない、と日本の責任転嫁する素敵な文化をゴリ押しすることで世の中が上手く回ることもある。きっと、今がその時なのだ。
「ところで、なんでおじさんは椿に渡した鍵を持ってるの?」
そうですよね、最低限不思議に思って、そう質問されますよね。
「引っ越しのアルバイトで計測しに来たんだ、ほれ」
鞄からメジャーと元々もらっていた部屋の平面図の写しを元道たちに見せた。
「冒険者家業よりも安全に稼げる時は安全を取るのよ。もうおじさんね、命かけるの辛いの」
「おじさん、魔法なしの防御タンクでソロですもんね。命何回失ってもおかしくないよね」
「それで、元道さんたちは何を」
「あたしはこのマンションのオーナーで引っ越ししてくる前の点検
と簡単な清掃をしてたのよ」
「オーナーだったなんてことも凄いけれど、オーナーが自分で清掃するなんて、偉いね」
「清掃業者さんが信用できないわけじゃないけど、お客さんに渡す前にやっぱり自分で確かめて、気になるところは掃除しないと引き渡したくないの」
「へぇー、立派ですね。次に入る人、お気に入りの人なんです?」
「違う違う、……宿敵かな」
「違うでしょ、このツンデレさん。全国に自分のアイコラ素材をばら撒く原因になった人だけど、いい子だから力になってあげたいんでしょ」
「そのことは思い出すといろいろ辛いからやめて……というかツンデレじゃないし!」
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