Drop dead D! 10
いつも読んでいただきありがとうございます
白井君たちとお酒を飲みあった翌日、僕は高橋お姉さんと札幌駅の服屋で買い物をしていた。
一体何があったって思うでしょう。
僕もいったい何が何だかわからねえ。
それよりもわからねえことは、変身が解除できねえことだ。
美少女ヒーロー椿から元のおっさんに戻れなくなった。
良いお酒飲んだ翌日は目覚めがいい。飲みすぎると頭痛いけど。
気持ち良くなって着の身着のままで寝ちまった。
とりあえず服を脱いでシャワーを浴びよう。酒を飲んだ翌日は体がなんかべたべたする感じがある。
ダイヤモンドタイマイを倒したあの日からずっとヒーロー椿のままだったので、きっと中のおっさんの垢がたまっているに違いない。そんなことはないんだろうけどね。
やはり元のおっさんの姿が一番落ち着くのだ。すまんな、美少女姿よ。僕は長く連れ添ったいけてないおっさん姿の方がしっくりするんだよ。
変身の解除を願う。うん、願う。あれ、願う。何故だ、あのメタボリックな体が戻ってくる気配がない。
鏡の前で、えい、えい、と唸る。目の前の風呂場の鏡に映るのは全裸の美少女姿で、なんかこっけいな感じで叫んでいるのが映されるだけだ。ちなみにEDの指輪こと賢者の指輪については裸でもつけている。もちろん、全国の椿ファンのためだ。うっかりエロいことを考えれば映像に映し出されるのは35歳のさえない童貞おっさんのブーメランパンツ姿でお茶の間が大変なことになる。僕は社会的に大変なことになる。
そういうわけで、賢者の指輪のおかげで全く欲情しないものだから鏡の前の全裸の美少女はブーメランパンツ姿のおっさんに変わらない。
えい、と気合のはいった声が響く度に、形のいい乳が揺れた。ええ、額から脂汗がにじみ、顔は悲壮感が漂い、全く性的な興奮を得ない絵だ。というか、中身のおっさん必至だよ。おい、どうすんだよ、このバグ。直せよ、世界。
朝の貴重な30分。無職の35歳童貞おっさんには全く無価値の時間帯だ。
結局、僕のアパートはえい、とりゃあ、はあああ、せい、せいせいせいせい、などと乙女らしからぬミドルティーンの女の子の声が響き、途中で壁ドンされて僕は黙った。
「戻れない」
僕は呟き、力なく全裸で正座し、ため息を吐いた。
とりあえずシャワーを浴びたり歯磨き等をして、体だけでもすっきりさせた。
脱いだヒーローの衣装は一日の汚れが詰まっている。一部の変態さんにはたまらないかもしれない。特に下着とかね。
残念ながら、僕は賢者の指輪をつけているから全く性欲を持て余さない。多分、この指輪が僕の持ち物の中で一番信頼できる子。日常生活に支障がでなくてありがたいものだ。
衣装に元に戻れと念じると、脱ぎ捨てたヒーローの衣装は消えて、新たにヒーローの衣装が勝手に体に着た状態で現れた。服も臭くないし汚れてない、下着もほら汚れてない。自分で服や下着をずりおろして確認する。素晴らしい。しかも完全に着用後になって現れるとか神だ。これがスーツとかの仕事着だったら、マジ神スキルだと思う。畜生、いつの間にか社畜根性が醸成されているぜ。
下着はとりあえず誰かに見せる物ではないから別にどうでもいいが、服だ。
昨日はコートで誤魔化していたが、このヒーローコスチュームでうろつくと目立つ。
ネットで服を注文するか、いや届くのに数日かかる。
札幌駅ステラプレイスにあるユニクロに行って、適当に女性ものの長袖Tシャツとスキニー、あと靴下を3着買おう。全部黒色にしてしまえば迷うこともない。きっと、このヒーローの姿から戻れないバグなんて数日で解消されるに違いない。世界さん、頼む、マジで不具合にパッチ当ててくれ。
そんなわけで、お昼を回り、昨日のコートとサングラス姿で札幌駅を歩いていると、高橋お姉さんが声をかけてきた。
高橋お姉さんとは、Sランクヒーローの黒い夢(白井実)の幼馴染で、Aランクヒーロー屯田兵子という名前で活躍しているヒーローだ。住所というか慣れ勤しんだ土地が札幌市北区の屯田なのかな。
今日も休みなのかと思ったら、僕の2Pキャラこと元道りなはどうやら飲みすぎた後の二日酔いで苦しんでいるため、基地で療養中だそうだ。基地には詰めているヒーローがいるので、高橋お姉さんの護衛の仕事は休憩になり、札幌駅に理由なくぶらぶらしに来たらしい。
「ところで椿ちゃんはどこに行く予定なの?」
「服屋です。適当になんか買おうかなぁーって」
「えー、私もついて行っていいですか? 椿ちゃんってどこで服買うのか知りたい」
「ほんと、適当にユニクロで買ってくるだけですから」
「報酬たくさんもらっているから別にユニクロで買わなくてもいいんじゃないですか? ユニクロでシンプルなのもいいけど、もっとフェミニンな服とかも似合うでしょ。一緒に私の良く行く店に行かない?」
そんな風にして、僕は高橋お姉さんの着せ替え人形ゲームに付き合わされることとなった。あからさまに嫌がったり恥ずかしがれば、中身がおっさんなのがバレてしまう気がした。よって、一緒にキャッキャウフフな感じで買い物をした。自分で自分を、うわっキモい、と感じながらも笑顔は絶やしてはいけない。だって、誰がどう見たって、ヒーロー椿の姿は凛として可愛らしい美少女なのだ。
とにかく女性との会話は、共感と褒めるで上手く行くとネットで書いてあったのを信じて、高橋お姉さんに嫌われないよう、いいやつ椿、わかるやつ椿を演じた。10年以上の社会人歴は、対人関係の構築について、決して裏切らないはずだ。
なお、本日の買い物のことは記憶から消した。女装プレイをウキウキできるほどの神経は35歳の男脳童貞おっさんにはない。
とりあえず、3回分の服を買い、また高橋お姉さんと酒を飲んでいた。高橋お姉さん酒好きだね。ちなみにお酒は百害あって一利なしと今の科学では言われている。結局、お酒は有機溶剤の一種のアルコールなのだ。脳みそをどんどん溶かしていくので、飲まない方が身のためだ。でも、お酒の味を覚えてしまったら、もう後の祭りだね。そういう悲観は全部お酒を飲んで忘れてしまおう。
札幌のすすきのにある焼鳥銀富士という昭和感丸出しの内装の居酒屋で男山という名の日本酒をすする。ちなみに焼鳥銀富士は男山酒造が経営しているという噂があるが本当かどうかは知らない。
なお、焼鳥銀富士はお店が開くと同時にすぐに席が埋まる。店内も狭いので、かなり歩きにくい。でも、この狭さが心地いい。なんか、心が落ち着くような狭さで、とてもシブい。
料理の味は当然美味しいのだが、値段がバグってる。安すぎる。お酒を注文すると必ず一品お通しがおまけとして出るし、量もお通しにしては多めだ。男山の日本酒の値段も店で飲む値段としては安すぎる。
おすすめは焼き鳥なのだが、男山を注文する度に出るお通しも旨い。日本酒に合うのか、と思う麻婆豆腐が出たりもするが、これも酒と合う。
高橋お姉さん、よくこの店知ってたね、と思うが地元民では結構有名なお店だからなあ。日本酒詳しくないと言っていたのに、この店を知っているとか、かなりの飲ん兵衛さんですよ。
こんな店を知っているからというか、昨日も思ったのだけれどもかなり高橋お姉さんお酒に強い。ペースをつい間違えて早く飲んでしまう。あわてるな、焼き鳥やタンを食べて落ち着け。
高橋お姉さんはお酒が進んで饒舌がさらに良くなってくると、所謂女子トークというか恋愛系の話をしてきた。
「なんで実は気づいてくれないのかな」とか「あいつの目、きれいでヤバくないですか?」
などと言ってくるので、うん、うん、さすがだね、しらなかった、すごいね、センスあるね、そうだね、と言って聞き手になっていた。
聞き手になりながら水を飲んでいたのだが、よくよく見れば男山だった。昔ながらの日本酒の味わいで、嫌いではないんだが、さすがに水と間違って飲み続けるとかヤバくね。
高橋お姉さんはかなり出来上がったけれど、まだ正気の範囲だった。僕はぶっちゃけやばい。でも、僕は顔に酔いが現れにくく、ヒーロー椿も同じように顔に現れにくいみたいで、ほろ酔い程度にしか見られない。なので結構お酒を勧められて辛い。
飲みはじめてから2時間ぐらいした。最初にいた客の半分は夜のススキノに消えたようだ。
だいぶ酔いが来ていることを高橋お姉さんに伝えると、
「じゃあ、これでお開きにしましょう、もう一軒行きたいけど、飲みすぎちゃったね。また今度行きましょう」
高橋お姉さんは、僕が財布を出そうとすると、その僕の財布を押さえて
「今回誘っちゃったし私が持つよ、これでもAランだから稼いでるんだから」
と言いながらお会計をしてくれた。高橋お姉さんが誘ったからと言っておごってくれるこの男らしさ。思わずジュンとするね。僕男だけど。ぶっちゃけ、ここのお店のお会計の値段は安いのだけど、奢るぜ、という言葉はマジで男らしすぎるっす。パネぇっす。
お店を出て、高橋お姉さんと僕はそのまま地下鉄駅に向かっていった。
後は地下鉄に乗って自宅の最寄り駅にまで帰ればいいのだけど、僕は歩いて酔いを醒まそうと思った。酔って雪の降る外を歩くのも悪くはない。道行く人やイルミネーションを見ながら酔って歩くとかなかなか乙なものだ。
高橋お姉さんを地下鉄駅の前で見送り、僕はコンビニへ立ち寄った。
金色のラベルのアルミ缶、日本酒菊水ふなぐちを手に取り会計をすます。
菊水ふなぐちの金色のラベル、これはコンビニやスーパーで手軽に買える最強の日本酒だ。アルコール濃度19パーセントの原酒。濃くって甘い、日本酒。ちなみに、冷凍庫にぶち込んでキンキンに冷やしてから飲むのが最高に良い。アルコール濃度が高いため、家庭用の冷凍庫なら液体のままだ。たまにアルコール濃度が低いお酒に当たってシャーベット状になっていたり、カチンコチンに凍ったりしていることもあるが、まあ仕方ない。
この菊水ふなぐちを大通り公園のベンチに座って飲もう。きっと、寒空の下、イルミネーションを見ながら飲むふなぐちは最高だ。
ひんやりとした床の上で寝ていたことに気づき、起きる。
知らない場所だなと思って振り向くと、鉄格子があった。
慌てて立ち上がると頭が痛い。飲みすぎたみたいだ、というか鉄格子って牢屋じゃん。
立ち上がると向かいの牢屋に汚らしい老人が上半身裸で座禅を組み、僕を見た。
「人生の終着駅へようこそ」
感想、ブックマーク等ありがとうございます。
誤字脱字報告もありがとうございます。
とても励みになります。
次の話は既に書いていますが、今回の話との区切りが上手くできず、すごく短いです。




