Drop dead D! 5
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漁船と言って思いつくものは、沢山の乗組員がいて船室で舵取りして、網を手繰り寄せるローラーが設置されているものを想像する方が多いと思う。
漁村と呼ばれる場所では、4人くらいが乗船できる船で、大きさは長さ5メートル、幅1メートル程度、約30馬力のエンジンで出来た船外機が取り付けられたものがほとんどだ。
朝方、僕は隣の漁師の斉藤さんが船を係留している場所に酔い止めを飲んで、防寒装備を着込み到着した。
常に海は揺れているので初心者は必ず酔い止めが必要だ。
漁師の斉藤さんが現れ、車から釣具を出し、船へ乗り込むように僕に言った。
「おい、これ着とけ。これ着ねで船乗られると、海保に焼き入れらちまう」
海保とは海上保安庁のことを指す。海の警察だ。くすんだオレンジ色のライフジャケットを渡されたので、僕はそれを身につける。
その後に釣竿を渡された。思っていたより短いことを斉藤さんに尋ねると、
「長いのは浜で使うんだ。短くないと船では邪魔で使えね」
と教えてくれた。確かに取り回しが難しい。
釣竿から垂らした糸の先には魚を模した金属の塊のメタルジグが付けられていた。重さは300グラムある。海の底200から300メートルにいる鱈を釣る際に、重さが軽いものだと狙った場所じゃないところにどんどん流されてしまうそうだ。
ブリだとかは重さ200グラム程度のものを使うことが多いそうだ。
スクーターよりも甲高い音を出す船外機の音と寒さに震えながら、係留された浜から海へ出発した。季節的には珍しく波はほぼなく、他の釣り人もちらほらと海上で釣りをしていた。
鱈を狙うならもっと沖だ、と斉藤さんはそう言って、船外機のスロットルを上げた。僕は船の前の先端に乗っていたので全身が上下に揺れ、何度も波で船が若干跳び、海面に着水した衝撃で、ケツや腰が地味に痛くなった。
斉藤さんはレーダーを見つめながら、うーんここかな、と言ってエンジンを止めた。
「ジグ落としてみてくれ。多分いる。ジグが底についたら、すぐに3回くらいリール巻いてくれ。そうしないと根掛かりをすぐ起こす」
僕は言われた通り、ぼちょんと音を立ててピンク色のメタルジグを落とし、リールから糸を吐かせながら深海へとメタルジグを向かわせた。
少しして、こん、という振動を感じてリールを見つめると、吐き出された糸が止まっていた。海底までメタルジグが落ちたことに気づき、言われた通りリールの糸を固定させ、3回巻く。
「竿を上下に振ってやるとかかる」
斉藤さんがタバコを取り出して吸い出した。僕は返事をして、竿を上下に動かし、メタルジグを動かす。すると、コツン、コツンと当たってくる振動がある。こいつ、当たってくるぞ!
「なんか当たってきてます」
「そのまま振り続けると、かかるぞ。かかったらしゃくるんだ。そうしないと針が魚の口に引っ掛からねえ」
斉藤さんの説明を聞いている最中に、釣竿の先がガクンと引っ張られて、体ごと海中に持っていかれそうになる。慌ててしゃくり上げて、リールを巻き始める。
でも、全力でやると冒険者で得たステータスで竿やリールをぶち壊すので程々の力で動かす。
数分かけて、1メートルを超える鱈を釣り上げた。初めて釣れた魚にどきどきしながら鱈を触ると、ヌメヌメしていた。こいつら鱗ないのか。
「楽しいだろ。こんな釣りをやると浜でチンタラ釣るとか出来なくなる」
「そうですね。こりゃあ癖になりますね」
斉藤さんは釣れた鱈のエラにナイフを差し込んで締めると、魚を入れるプラスチックの箱に入れてくれた。漁業組合の施設に行くとよく転がっているあの箱だ。
「鱈も鮮度が良ければ刺身にできるんだが、アニサキスだらけだからな」
アニサキスは魚に寄生する線虫で、人間の体に入ると、死ぬまではいかないけれど、胃の粘膜を攻撃されてとてつもない痛みで苦しむことになる。高温には弱いが、低温には強い性質がある。それでも家庭用冷凍庫の最低温度マイナス18℃で72時間冷凍するとアニサキスは死滅するので、冷凍後に刺身にすると安全に食べられる。もちろん毒で有名なフグとかはアニサキスどうこうというレベルではないので注意されたい。
その後、僕らはしばらくそこで釣りをして、釣れなくなってきたので別のポイントに行こうと斉藤さんに言われて、僕は頷いた。そもそも舵を持ってないので決定権は全部斉藤さんのものだ。
さらに別のポイントでしばらくやっていた。周りには他の釣り人はいなく、エンジン音もなくチャプチャプと船に当たる小さな波の音しかなかった。
ぞわり、と背筋に寒気が感じた。インフルエンザにかかって急に発熱が来る前にやってくる悪寒のよう。カチカチと顎が震えて、本格的に体に変調がある。
「なんだありゃ」
斉藤さんのくわえていたタバコがぽろりと落ち、僕は斉藤さんの向いている方に目を向ける。
せたな町の西方向にあるのは奥尻島だ。しかし、奥尻島ではない。もう僕らの船の直近にその島があったのだ。
生臭く、嫌な臭いがし、島ではなく生物であることに気がつく。島の地表だと思っていたものは苔が生え、白く濁ったダイヤモンドの甲羅を背負った亀。
「Sランク怪獣、ダイヤモンドタイマイ……」
僕が呟いた声が聞こえたのか聞こえなかったのかわからないが、斉藤さんはそのままドサリと倒れた。
ダイヤモンドタイマイが出す瘴気にやられたのかもしれない。
僕はヒーロー局から貸し出された端末を取り出して、連絡を取ろうとするが、電波が届かない場所だった。くそっ、でも、流石にSランク怪獣が出現したことぐらいはすぐにヒーロー局でもわかっているはずだ。
僕が見たダイヤモンドタイマイの資料によれば、こいつは非常に鈍臭い怪獣であるが、防御力が高すぎで、ヒーローの攻撃数回で倒せるようなものではない。
とにかくタコ殴り、物理で叩く、とにかく物量で叩かなければならない。ダイヤモンドタイマイはヒーローの攻撃我関せず、どんどんと進み、地上の建物、生物などを丸呑みしていく。そしてその巨体で街をぐちゃぐちゃに破壊していく。
もちろん、ダイヤモンドタイマイを止めようとしてヒーローが大量動員されて攻撃をするものだからさらに街に被害が及ぶ。せたな町にダイヤモンドタイマイが漂着すれば、間違いなく地図上からなくなる。
ダイヤモンドタイマイの頭部を見つめる。ダイヤモンドタイマイはこの世界に出現して間もないためか、まだ寝ているようで、目を閉じ呼吸をしているようだった。
とりあえず、わい、Dランクヒーローなんで相手にならないので帰りますね、と敵前逃亡図りたいのですが、船の運転できないし、エンジンをかけたらダイヤモンドタイマイを眠りから起こしかねない。
Sランクヒーローが転送ヒーローに飛ばされて、集団攻撃が始まるまで概ね30分くらいだろう。
とういうことは30分後、せたな町に向けてダイヤモンドタイマイが動き始めることになる。
陸に上がる前に討伐することができるかどうか、怪しいもんだ。
僕一人でなんとかして倒す方法を考える。頭を全力で殴って殺す? 過去に沢山のヒーローがやって達成できてない。僕だけできるわけがない。
それにあの島サイズのダイヤモンドタイマイにとって僕はアニサキス程度のもんだ。
どうにかならないかと考えること自体浅ましい。
いや、待てよ。失敗するとえぐいことになりそうだが、完全に方法がないわけではない。
それでも、回復ヒーローに助けてもらうこと必須になりそうだ。
Sランクヒーローたちの総攻撃が始まるギリギリまでにどうにかならないか試してみるか。
僕は銀髪赤目の美少女ヒーローに変身し、そのまま海に潜り、ダイヤモンドタイマイへ近づく。
こいつの体は耐久性がとても高いが、粘膜ならそうでもないはずだ。ダイヤモンドタイマイの体に乗り込んで、ゆっくりと歩き頭部へ到着する。
頭部の目のところまでたどり着き、まだ寝ていることを確認し、僕は無理やりダイヤモンドタイマイの瞼を少しだけこじ開けた。
あまり力は必要なかった。これなら挟まれても潰されたりしない。
僕はそのまま眼球と瞼の間に入り込んだ。島クラスの大きさを持っている亀からすれば、僕は線虫くらいの存在だ。余程、ダイヤモンドタイマイに気にされない限り、気づかれないはずだと、僕は信じることにした。それにしてもダイヤモンドタイマイの粘膜めっちゃくせえし、服がデロンデロンでやばい。白濁で黄色みががった粘膜が服に付着し、髪の毛もどろどろネバネバ、酷い形相の美少女が完成だ。一部の変態さんにはたまらないかもしれない。カメラで映されたら、ろくでもねえネットの世界に永久保存確定だ、クソ野郎。
少なからず粘膜で溶かされそうな感じはなかったので、そのまま息を止めて眼球の奥へ進んだ。粘膜と眼球と瞼の圧迫気持ち悪いっす。あと伝わる温もり生暖かいです。そして、やっぱりくせえ。
しばらく、瞼と眼球の隙間を探索すると眼球に繋がっている太いケーブルの束、視神経と脳をつなぐ箇所を見つけた。
脳は視神経の束で全く見えないが、この束の通りに進めば脳へ辿り着くはずだ。
僕は盾を召喚し視神経の束に、盾の先端を深く潜らせた。
頼むぞ、とreadinessと薄暗く光るスイッチを撫で、そして一息吸い込み、パイルバンカーを発射させた。
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