Ecstasy10
いつも読んでいただきありがとうございます
ーーどうしてヒーローとして戦うことにしたんですか?
童貞美少女ヒーロー姿の僕は若干身長の高めの若い女性から、レンズの大きい業務用ハンディカムを向けられていた。腕には有名なテレビ局の腕章が付けられており、ハキハキとした話し方が、流石テレビ局の人だと思う。
いくつか僕は質問を受けて、遅延なくその回答を答えていたのだが、僕はヒーローとして戦うことを決めた何かとはなんだったかなと物思いに耽ってしまった。
ハンディカムを向けた女性は、あれおっかしいな変な質問したかな、と言いそうな表情を僕に向けていた。
ヒーローはみんなの憧れだと思う。
怪人たちに立ち向かい、どんなに苦しくても立ち上がり、食らいついていく姿、仲間や民間人を見捨てないところ、とても格好良く思う。
でも、自分自身本当にできるのか、と自問してしまう。
キモい怪人やとんでもなく強い敵からは先陣切って逃げ出したいけれど、逃げ出すところは見られたくないし、僕が逃げたせいで誰かが犠牲になってしまったことに気づいてしまうと眠れなくなる気がする。
だから、僕はたまたま今は逃げ出していないだけのクソ野郎なのだ。
あまり、前向きではない理由で戦っているだけなのだ。
もちろん、そんなことテレビの前では話せないし、かと言って嘘八百言う訳にもいかない。映りのいい言動をチョイスするのは社会人として適切なことなのだ。面接で、御社の志望動機を述べる時とかと同じことですよ。
でも、僕は格好いいヒーローの一員になりたい、という気持ちも当然ある。
今も出来ればそうなりたいし、道半ばで倒れていったヒーローたちのためにも頑張りたい。
それに、ああ、そうだ、とても大事なことを思い出した。
「え……と、お金です!」
ーーカットします。ちょっと、椿さん、打ち合わせの通りに回答してください。確か、格好いいヒーローの一員になりたい、ということでしたよね。
「ああ、そうでした」
打ち合わせはとても大事だ。緊張しやすく、取材に慣れない僕の突拍子もない回答を防いだり、うっかりスポンサーの悪口を言わせないようにしている。インタビューで使われているテーブルからスポンサーの商品であるコカコーラを遠ざけて水を持って来てくれとインタビュー中にしてしまうサッカー選手みたいなことは日本では許されない。まあ、僕はそんなサッカー選手に好感を得たけれどね。もちろん、コカコーラも大好きさ。コカコーラが大好きすぎて、コカコーラの株をなけなしの給料で買ったのは良い思い出だし、良い買い物だった。
軽く打ち合わせを無駄にする言動をする僕に、笑顔で怒っているスタッフの女性に謝罪した。
そんなやりとりをしていると、コーヒーのいい香りが漂ってきた。
取材の撮影場所として使われているのは、テレビ局のスタジオではなく、とある喫茶店だった。
僕はこの撮影を始める前のテレビ局内の会議で、思っていた以上に職員が集まって顔を合わせて話していると、ものすごく緊張してしまったのだ。
撮影前からそんな感じなものだから、スタジオではなく、カメラマンとの対話のみのものを緊張しにくい場所で撮影、ということになり、現在に至ったのだ。
ヒーロー局のタカメとの会話しただけでも、かなりの緊張で内容を全く覚えていなかったのだ。そんな僕が取材を受けるとか、緊張のあまり何を言い出すかわからない。必死になって怪人と戦っているところを勝手に撮影されているわけではなく、カメラに向かって自分のことを話してくださいとか、めちゃくちゃ緊張する。
そんなわけで、撮影スタッフが懇意にしている喫茶店でそのスタッフと僕の2人で撮影ということになった。
喫茶店は札幌市東区の東西に伸びる環状通に面しており、隣にラーメン二郎のインスパイアの店がある、ちょっと古めかしい建物だが、隣のラーメンスープの匂いは店には入ってこなく、程よくコーヒー豆を煎った匂いが漂っていた。
店内は薄暗く、床は木製で足音が気持ちいい音を立てた。カウンターには理科の実験で使うようなガラス器具やアルコールランプが置かれている。知る人ぞ知るサイフォン式のコーヒーを入れてくれる店なのだ。
店員さんがコーヒーを持って来てくれて
「マンデリンをお持ちしました」
と僕に言って、もう一つのコーヒーをスタッフの女性の近くのテーブルの上に置き
「いつものモカね」
と言って離れて行った。
ところで、マンデリンというやつを勝手にチョイスしてくれた店員さんは素晴らしい。
コーヒーを嗜んで、あれやこれがいいというコーヒーマニア以外は、日本人の舌に馴染みやすいマンデリンを選ぶといい。
マンデリンはコクや苦味が強く、酸味が弱い。
急に女性とデートなどで喫茶店に入って、コーヒーの種類に迷ったら、メニュー表の1番上に書かれた当店オリジナルブレンドというやつかマンデリンを選べばスタイリッシュに見られるに間違いないし、恥ずかしい思いもしない。
まあ、僕はデートに行ったことなんてないんですけどね。
ーー私はモカが好きなんですよ。酸味が強い方が美味しく感じるんです。コーヒーを淹れてから結構時間の経ったものも好きなんですよ。
女性のスタッフは一口飲んで、そうそうこの酸味がいいんですよ、と言った。
「それなら、ブルーボトルコーヒーなんてとてもお口に合うと思いますよ。一時期流行って、飲みに行ってみたら、思っていた以上に酸っぱくて、飲み切るのが大変でした」
ーーええ、ブルーボトルのコーヒーは美味しかったです。東京に遊びに来たことあるんですか?
しまった。ブルーボトルコーヒーは北海道にはない。確か東京の新宿の他は数店舗しかないはずだ。女子中学生や高校生が軽い感じに遠征できる場所ではない。ああ、そういう時は
「修学旅行で東京に行きました」
と答えれば大丈夫だ。修学旅行に感謝だ。
ーー友達とキャッキャしながらお店で楽しむのもいいですよね
修学旅行の思い出と言えば、コミュ障の僕は一緒に回る仲間とはぐれ、寂しく過ごしたことぐらいだ。
「えっと、1人でです」
女性のスタッフは可哀想な動物でも見るような顔で僕を見た。すまんね。生きていてすまんね。
ーー……食の探求って大事ですよね。ところで好きな食べ物はなんですか?
はぐらかすようにスタッフの方は別の話題に変えた。不自然に変えるところがないのは流石報道屋さんである。
「ラーメンとかパスタとかの麺類が好きですね。スタッフさんは何が好きなんですか?」
女性のスタッフは僕の顔とコスチュームをじっと見て
ーー焼肉です
と言った。なんで妙な間があったかは僕にはわからない。
コーヒーカップに口を近づけたところで、ヒーロー局から支給された携帯端末からアラーム音が鳴り響いた。
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ちなみにコーヒーは粉で買うのではなく豆で買って、自宅のミルで引いてから淹れると自宅で飲むコーヒーの世界がガラリと変わりますので、お試しあれ!




