プロローグ3
政府からの接触があったのは、怪人を倒してから数分もしなかった。
突然、数人のスーツ姿の男に囲まれた僕は気が付けば、世代を超えたトヨタの人気商品の8人乗りのハイエースに乗せられてドナドナ運ばれた。
気が付いたころには、政府が約200年前に作った国防庁ヒーロー局の建物の中に着いた。
国防庁のヒーロー局は都道府県の中に最低でも一つある。そして、極北にある札幌支部に僕はいた。ヒーロー局情報課に到着すると、少し頭が寂しくなり始めたスーツ姿の40代のシブい男性1名と20代後半くらいの女性1名が挨拶をしてきて名刺を渡された。
その後、その二人が僕に、今後ともその能力を使って日本の国防に協力してほしい、との話を丁寧にしてきた。
それについてはやぶさかではない。
僕はヒーローに憧れていた。怪人や怪獣から命をかけて国民を守ろうと1人、たまに数人で戦う姿を生の映像で見ると、手に汗を握るし、その雄姿に感動を覚えた。
僕は努力を惜しまずやりたいところだ。
そうだ、やりたいところなのだ。
ぶっちゃけ、難しいだろこのヒーロー。遠距離武器についてはシールドに格納されたパイルバンカー?というような筒状の1メートルくらいの金属がぶっ飛んでいく武器が一つだけで、単発仕様だ。さらに。近距離は3段階式の警棒だ。ほら、なんか刀とか格好いい格闘武器ではないんですよ。
確かに、近距離で怪人を倒していくヒーローは格好いいんだ。テレビで戦っているところを見ると胸が熱くなる。
でも、命かかっているんですよ。遠距離からとにかく物量で制圧するような、動画で見ていても絶対に面白みが欠けるような安全な戦闘にしたいじゃない。命はたった1つだけなんですよ。
そんなことを、頭の中で木霊させている中、情報課の2人は僕の獲得に必死になっていた。
情報課が僕の獲得に躍起になっているのは、ネットの情報では、ヒーローの野良化を防ぐ他、緊急出動要請に出来るだけ強制に近い権限で応じてもらうことができるかららしい。強制に近い、と言っても明らかに倒すの無理じゃん、というヤバイ怪人や相性の悪い怪人については拒否ができるらしい。
しかし、僕はそんなことを気にしているんじゃない。
この僕の姿の方を気にしているんだ。
変身前は童貞の冴えないわがままボディのおっさん、変身後はミドルティーンのハーフ顔の銀髪赤目の美少女。
変身の解除についてはわからない。時間制なのかもしれない。そんなことを説明している動画とかは見ていなかった。
今、もし変身を解けば、政府職員がたくさんいる建物の中で、女装するのが大好きな男のヒーローという噂が爆誕するに違いない。まさに人生の終わりというやつだ。
また、変身によってヒーローの顔が変わるとか、性別が変わったという話はなかった。『魔女っ子』と呼ばれていたヒーローは90代まで現役を貫いたと言われているが、魔女っ子じゃなくて最後は魔女のばあさんだった。もちろん、魔女のばあさんになってもチャーミングだったが。
つまりだ。変身を解除したらめちゃくちゃ面倒な説明が必要となるに違いないし、説明できるほど僕がこの特殊な体について知っているわけではない。そもそも変身の解除方法すら知らない。
僕は、2人に、諸事情で政府と契約して専属することはできない、と説明すると、2人は、
「学業のことが困るのですね、何とか私たちで理解を得られるようにご説明しに行きますよ」
「そうですよね。同級生にチャチャ入れられたりするかもと思ったり、私生活に支障が出るかもとお思いなんですよね」
等と言ってくる。
違うんだよ。ワイがさえない35歳のおっさんだって目の前で公開するのが嫌なんだよ。マジで。
僕は35歳のさえない経験の数々を思い出しながら、やんわりと断ると、政府の2人はあきらめてくれたが、政府直通の専用携帯端末を渡され、
「ヒーロー局にご用件があったらこちらの端末を使ってください。後、出動要請などがありましたら、こちらの端末に表示されますのでご協力をお願いします」
と女性の職員から説明を受け、
「最後にお聞きしたいのですが、ヒーローの登録名が必要になりますのでお名前だけでもお聞きしたいのですが」
と聞かれた。
僕の名前は、椿吾郎、ただの童貞さ
とは、流石に言えなかったので、名字だけ
「椿です」
と答え、政府の施設から立ち去った。