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Ecstasy 2

書くのが遅くなってすみません。いつも、感想や誤字脱字報告ありがとうございます。

 地獄には罪人を茹でる拷問で使われる年季の入った釜があるそうだ。正月と盆の16日は釜茹で業務中の鬼さんも休みになる。その間は飲まず食わずの睡眠もないのだから、鬼もめちゃくちゃブラックな仕事に従事しているものだ。

 僕が意識を戻した瞬間、目の前は透明な緑色の液体で満たされており、とにかく全身が痛かった。

 あまりの痛さで体が震えていた。手ががぐがくと壊れたおもちゃのように動き、ガチガチと上の歯と下の歯がぶつかりあっていた。

 そして、痛みで意識を失い、また目を覚ますと、また同じ光景が広がり、全身に痛みを感じては意識を失った。

 沸騰するような気泡が動く緑色の液体の中をもがきながら、永遠に感じられる時間が続き、まさにここは地獄の釜だと思った。

 次の瞬間、僕はベッドの上にいた。


 入院中の一週間はヒーロー変身を解除しないでください、とお医者さんから言われた。

 肉体の治療は完了したが、精神的なものは回復できないので、強力なヒーローの自然治癒力を下地にして経過観察する必要があるらしい。実際のところ、お医者さんの私見では大丈夫そうだけど、念のためということらしい。

 僕も地獄の釜をフラッシュバックしたくないので、お医者さんの言う通りにしようと思う。きっと、今度は鬼に釜から頭が出ていれば底に押し込まれ、突如あらわれた魔女にいーっひっひぃーねればねるほど等と言われながら釜を混ぜられ、その途中で美少女錬金術師に交代されて釜をかき混ぜられると、急に釜が光り輝いて爆発・炎上して大惨事になるに違いないのだ。

 お医者さんは僕が何か考えるような様子を見て、どこか調子が悪いのですか、頭ですね、と言うことはなく、

「処方箋ではないのですが、ヒーロー局から、あなたの生活が不自由になると思うので、弱体化の腕輪を使ってください、と伝言がありました。自然治癒力は変わらずに力が自動的に一般人と同等になるそうです」

と言って、細く真っ黒な腕輪を渡してきた。装飾に骨やドクロマークが付いていた。

「ダンジョン産のアイテムで呪いの腕輪なんですが、付けたら取れなくなる呪いの方は除去されています」

 お医者さん、にっこり笑って、大丈夫副作用は微々たるものですみたいに言うんじゃねえよ。確かに弱体の腕輪とか指輪だとかはあるのは知っているし、高レベルの冒険者はステータスの、高さ故に生活で困ることがあるので使われているのは知っていたが、これほど見た目がヤバそうなのは見たことがなかった。

「これ系統のモノのデザインは様々あるのですが、これしかなかったみたいで、変身を解除しない間だけ我慢してくださいと言っていました。もし、身に着けるのが心配でしたら、ヒーロー局情報課の担当者に問い合わせしてください。モノの説明とかあなたの今後についていろいろ話さなければならなかったらしいのですが、どうしても忙しかったようでモノの説明と引き渡しは私が引き受けてます」

 ヒーロー局情報課の担当というかスカウトで一回ぐらいしか会っていない頭頂部が寂しくなった中年男性と妙齢のお姉さんを思い出し、きっと、避難しろと指示が来ている中で怪人に突っ込んでいったこの困ったヒーローの行動にかかる事務処理でてんやわんやになっているに違いない。そんな中、病院に来て弱体化の指輪を預けてとんぼ返りしているところを考えると、迷惑かけてばかりですまないと思う。まあ、ぶっちゃけ無理ですよね、既に変身済みのヒーローが敵前逃亡するのって。


 とりあえず安静にしてください、経過を見て異常が無ければ退院してもらいます、と病室からお医者さんが去り、病室内が静かだなと思っていたら、一人部屋であった。ヒーローって福利厚生強すぎるな。

 安静にしてくださいと言われたことを思い出して、ベッドで横になって昼寝でもしようとしたが、どうやら眠り過ぎたみたいで寝れない。危険なインターネッツの世界でも覗こうか覗かないか、と思ったが携帯端末もパソコンもない。ヒーロー課から貸与された端末もない。そりゃアルマジロのビームキャノンで溶けて無くなったはずだ。自前の携帯端末も同じ目に遭っているはずだから、そのうち買いに行かなきゃなあ。

 刺激がないので、美人看護師さんでも探して目の保養でも……ああ、この銀髪ハーフ美少女姿でそんなこと思いながら防犯カメラに映ったら、だらしない体型の35歳童貞のおっさんがブーメランパンツ一丁で美人看護師さんを視姦しているという通報案件が発生するんだった……ちっくしょおおおおお!


 1日経過した。

 暇で死にそう仕方ないので散歩ばかりしていた。病衣の銀髪ハーフ美少女をチラチラと見る目に気がつくが、珍しいからだろう。日本人は外国人が珍しくてチラチラとガン見するものなのだ。

 そんなことはぶっちゃけ大したことないのだ。配達の際に鍛え抜かれた僕の鈍感力の前では微力に過ぎない。

 それよりも食事だ。小さい頃に入院した頃に比べれば良くなったと思うのだけど、淡白で、薄味なのだ。ただただ、大人になって耐えられるようになっただけかもしれない。

 きつい。健康になれると思うけど辛い。雑貨の販売等を手掛ける営業マン兼経営者なら酢に胡椒をまぶし、餃子をそれに絡めて食べたくなるに違いない。


 3日が経過した。2日前と昨日の看護師さんの巡回周期とお医者さんの診察の時間を把握した。

 もう、僕は限界だった。

 もう、塩分の少ない味噌汁も柔らかめのお米にも、もっさりとした焼き魚にも、ドレッシングのないサラダにも我慢出来なかった。

 僕は脱走してラーメンを食べることとした。


 僕は病衣を脱いで、いつものコスチュームを思い浮かべると何ということでしょう、いつもの35歳童貞美少女ヒーローのコスチューム姿になった。

 ベッドにうずくまっているような形に布団をカモフラージュして、僕は弱体化の腕輪を取り外し、窓から飛び出た。

 八雲だ、八雲に行こう。八雲には、国道5号線に面した、魚介と濃い鳥だしのラーメン屋がある。札幌市にも似たようなラーメン屋があるかも知れないが、僕の胃袋はここがいい、いや、ここじゃなきゃダメだと言っている。

 八雲町は北海道の中心から南西方向にあり、噴火湾の南側にあり、市町村では珍しく太平洋と日本海に面している。北東側には毛ガニで有名な長万部町があり、北西側にはサクラマス釣りの聖地せたな町や今金男爵で有名な今金町、南側にはメークイン発祥地の厚沢部町、南西側には駒ヶ岳のある森町がある。

 八雲町の郊外には有名な白髭のおじさんのフライドチキンの試験農場があった場所があり、現在そこではその名残なのかフライドチキンが売られており、各種の軽食を八雲の農場を見ながら楽しめる。 

 そんな観光名所なんかはどうでもいいのだ。僕はラーメンが食べたいのだ。

 病院にいれば病院食というしがらみがまとわりつき、札幌にいてこんな美少女姿でいれば目立ち、変なおっさんにじっと見られて時々鳥肌が立つ。元のおっさんの姿でいれば、あんなところに仕事をしないごく潰しが歩いている、とか、なんか犯罪臭のするおっさんがウロウロしている、だとかコソコソと言われるのだ。そんな悲しい世の中を僕は生き続けて、そして、時折出てくる無慈悲な攻撃を繰り出す怪人と戦わなければならない。世の中いかれてる。そんな世の中に折り合いをつけるために、今僕はラーメンを食べなければならない。

 僕は家という家の屋根を伝って自宅に戻り、薄手のフード付きコートを取り出して身に着け、テーブルに放り出していた札束から一枚の万札を胸の内側のポケットに押し込んで、外に飛び出した。

 僕はまた屋根を伝って、高速道路へ飛び、高速道路のギリギリ端を駆け抜ける。ヒーローは徒歩による高速移動に限り高速道路を自由に使ってもいいことになっている。

 僕は高速道路を駆け抜け、丘珠、千歳、苫小牧、室蘭、伊達、長万部を走破する。

 時折、天気が変わって雨に当たっても、急な横風で体が車道へ飛び出しそうになってあと数ミリでトラックに衝突しそうになっても、僕は決して諦めなかった。

 諦めれば数時間が無駄になる。そして、ラーメンを食べなければならないという使命感と燃えたぎるリビドーが僕を駆り立てる。

 八雲町に降りて、牛たちの間を通り抜け、国道5号線にあるひらがな三文字のラーメン屋の前にたどり着く。

 本日、臨時休業。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 北海道の観光案内に遊びに行きたくなります。 [気になる点] 椿に関わる人はどんな人なのか、もう少し想像する所が欲しいです。 [一言] 地獄を抜けて天国に向かってひた走ったところ、天国の門は…
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