Ecstasy 1
忙しさにかまけてしばらくぶりに更新しました。
少しばかり生々しい表現をしていますのでお気をつけください。
――この仕事、嫌になったことはありますか?
業務用のハンディカムを回しながら、寝起きの私の姿を撮影する視聴料を税金のように取り立てをする某テレビ局スタッフが質問してきた。
この一週間は私の仕事を同行して撮影し、美味しいところのみの切り抜きして1時間特集番組を作るそうだ。
「できれば、朝が来ないことを祈るくらい嫌ですよ。そちらも大変ですよね、今午前2時でしょ」
カメラ越しで顔は見づらいが、苦笑いしているように見えた。
回復技の使えるヒーローはブラック企業の社員と同じだ。
――これからどこに行くんですか?
「また北海道ですよ。前みたいにラーメン食べてとんぼ返りしたくないですね」
昨日は千葉県のネズミの里ランド、一昨日は福井県のポケモンあふれる東尋坊、先一昨日は北海道の鮭釣りバカの町斜里町。
今日はまた北海道。札幌なだけましだ。帰る前にすすきのでカニを踊り食いしてこの怒りを鎮めなければならない。
――転送ヒーローとペアでしたよね
「そうですが、風邪をひいちゃったみたいで、申し訳ないけれどヒーロー課からお願いしてもらって自衛隊さんのお世話になっています」
病休をとる旨申し訳なさそうに電話をしてきた相棒の転送ヒーローの顔を思い出すと、ふつふつと怒りが込み上げてきた。私は怒りを抑えて、カメラの向こうにいる人へ当たり障りない言葉で伝えた。
ぶっちゃけ、私はめちゃめちゃ怒っている。分厚い聖書をフルスイングして他人の頭をかち割りたくなるほど怒っている。ペアを組んでいる転送技の使えるヒーローが『風邪』ごときで休みやがったからだ。
一昔前なら、「38.5度までは風邪ではありませんので出社してください」と言われるんだぞ、くそゆとりめ。
私が回復技で風邪を治すことができれば、こんな未明の時間に起こされることもなかったのだろう。私の能力不足が原因とも言えるので偉そうに文句を垂れるわけにはいかない。でも、あいつ、
『風邪が回復技で治せないのはありがたい。もうこれくらいしかあたしの病休という人権の行使ができない』
と幸せそうな声で言っていたな。まあ、そうだよね。回復ヒーローとペアなら同じくブラック扱いだよね。
転送技を使えば、現地まで10秒以内で到着するのだが、転送技が使えないとなると移動は当然飛行機や車による移動に頼らなければならない。
ちなみに転送技を持つヒーローとペアを組んでいない回復ヒーローはスクランブルでいつでも現地へ飛び立てるようにと、ヘリコプターのある空自基地や陸自基地の一室に監禁させられるように常駐させられている。その中にはヘリコプターに慣れなくて、毎日ゲロまみれになっている同業者もいる。まさに現代日本の闇だ。
ちなみに、是非、回復ヒーローにまつわる現代日本の闇についてテレビに流してくださいと言ったら、
――だめっす。消されます。データも私も消されます。
とスタッフに言われた。日本の闇は未明の暗闇よりも遥かに深い。
私は準備を整え、ヘリポートへ向かう。随分と準備は早くなったと思ったが、自衛官に比べると凄く遅い。彼らは既にヘリコプターの準備を終えてメインローターというプロペラを回して待っていた。彼らは私が最後に来て出発を遅らせているにも関わらず、嫌な顔一つせず、眠たい時間なのに欠伸もせず、着帽時の敬礼をした。
――私も同乗させてもらっていますが、ヘリコプターに乗るのはなかなか慣れせんね。
「前も言ったと思うんですけど、私は高いところが苦手なので、その時の動画は放送しないでください」
テレビスタッフの人はうなずいていたが、こりゃきっと使われるんだろうな、と察した。まじ、許すまじ。
ちなみに先程話したゲロまみれになる同業者とは私も含めるのだ。
ヘリコプターは北海道札幌市のとある病院へ降り立った。ゲロ袋を嫌な顔ひとつせず回収してくれた自衛官に私は頭を下げた。
この病院には見た目がカプセル状のヒーローの生命維持装置がある。重体になったヒーローを一時的に放り込んで回復ヒーローを待つ際に使われる。
病院のスタッフの方に連れられて、その生命維持装置の前にたどり着くと、全身がケロイド状になった女性様の人間らしきモノがカプセルの中に漂っていた。左腕が根元ぐらいからなく、頭髪も前頭部から頭頂部付近まで禿げ上がっていた。
時々意識を取り戻しては、全身の痛みで痙攣して意識が無くなるを繰り返しているようだった。
生肉状態になっているのはよく見ていて慣れていたが、全身火傷でまだ生きて痙攣しているとか……痛みを想像すると鳥肌と吐き気が襲ってきた。
――オウフ
「オウフ」
スタッフの声と私の声がハモる。きれいな音ではない。今にも吐きそうな感じの音だった。二人とも胃の中が空っぽだったのでなんとか吐かなかったから、ギリギリオフサイドくらいだと思う。
私は治療を終わらすと、携帯端末で朝から焼肉を食べれるお店を探し始めた。
――こんな時間に、しかもあれを見た後焼肉ですか?
この仕事をする様になってから、私はお腹が空く頻度が早くなってしまった。多分回復技を使う際にカロリーを消費しているのだと思うし、そうであると思い込みたい。体型のことは忘れたい。
自由に遊ぶことすらままならないのだ。美味しいものくらい、食べたい時に気にせず食べたい。
それに、生で他人の血肉の匂いを嗅ぐことが多いと、気がついてしまうのだ。
「血の滴っている牛肉の匂いって、人間の血肉の臭いと似ているんです。焼肉屋さんの並べられたお肉の匂いがまさにそうなんです。最初は嫌悪感が強かったのですが、慣れてしまうと、治療しながら、あっお肉食べたいな、とか、はみ出した腸を戻しながら、ホルモンもいいな、この肝臓ツヤツヤしていて美味しそうとか思っちゃうんですよね」
――変態ですね。
「職業病ですよ。あの子の匂い、香ばしかったなあ……」
――やっぱり変態ですよ。
そんなことはない。職業病です。でも、治療を終えた時のその子の顔はなかなか綺麗でいい匂いがしたなあ、思い出すといい仕事をしたなと感じてご飯が進むに違いない。
そうか、つまるところ、私は変態なのかもしれない。
休憩時間ということで病院から抜け出し、こんな朝早くからやっている焼肉屋に向かった。
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