Fラン 9
東区役所の外壁が蜘蛛の巣状にひび割れて、その中心には美少女童貞ヒーローこと、椿吾郎がいた。
ひび割れの中心からずり落ち、地面にうっすらと砂埃が舞った。
口から軽い出血がある他、全身を打ったようだ。骨は折れてないと思うが、とりあえずそう思いたい。
ヒーローじゃなかったら今頃潰れたトマトみたいになっていた。ちなみに変身中に死んだら、このままの姿で死ぬのか、それともおっさんの姿で死ぬのか、どっちなのだろうか。
美少女のまま死んだら、身元不明無国籍のヤバい事案で警察や市職員が頭抱えて、おっさんの姿で死んだら、ネットの住人が腹を抱えて笑うに違いない。
くそっ、どっちに転がっても死ねない、僕は死ねないんだ!
僕は立上がり、正面を見据えると15メートルくらい先に黒色ボンテージ姿のボンキュッボンの20代後半の女性が見えた。手には鞭持ち、いやらしい垂れ目に涙ぼくろのお姉さんだが、怪人特有のオーラを感じた。
ほんのりと漂ってくる、危険でデンジャラスなエロティックで卑猥な香り。
たまらんっすわ。
たまらねっすわ。
くそ、無性に、鞭で叩かれたい。ああっお姉さまっとか言って叩かれたい。ハイヒールでゴリゴリ踏まれたい。
ん……鞭で叩かれたくなってくる? 怪人の一発攻撃は巡航ミサイル一発と同等だぞ。死ぬぞ。
精神攻撃を受けているのか?
これは一番ヤバイ。性的な精神攻撃は一番ヤバイ。くっ、性的な何かを感じそうだ。痛みでなんとか誤魔化しているが……。
この世界で防犯カメラのない場所なんて札幌市白石区の一部くらいだ。札幌市白石区のある町内会が町内に防犯カメラをつけたら、肖像権GA!、監視社会DA!、と騒いだ住民たちせいで撤去させられた、あの町内会の場所だ。当時、あの白石区はヤクザの事務所はあったし、世界最古の化学テロ組織のオウム教団のアレフ事務所があるのに何とも平和な頭をしている住民たちがのさばっていた。
ちなみに今その場所は白石区アレフ町となっており、教団本拠地になっている。
そんなどうでもいいことを考えているのは、僕の姿は防犯カメラや、カメラ小僧や、報道のカメラにきっと映されているはずだからだ。性的な興奮を感じれば、カメラに記録される映像は美少女ヒーローからブーメランパンツのおっさんだ。
生き恥は晒したくない。そして、少年少女や大きなお友達の期待に応えるためにも、ブーメランパンツのおっさんの出演だけは断固と拒否せねば。
とにかく何か考え続けなければ……。
***
アタイは怪人界ではS嬢と呼ばれているの。
まもなくEランクに格上げしてくれるそうなの。
アタイの能力は、オトリ作成と精神攻撃と心読み。
オトリのM男を作って攻撃させているうちに、接近して鞭で相手の首を巻いてへし折るか、絞め殺す、という戦い方が定石なの。
この子、運がいい。
おとりのM男に気が取られていたけれど、アタイの鞭に首は掴まれなかった。
腕を強く締め付けてもどうしようもないから、そこの建物に叩きつけるの。
接近戦なら私の方が優位なの。この子は左腕を伸ばしたら危ない。でも、その瞬間は心の声が聞こえるの。
そんな風に思っていた時期がアタイにもありました。
アタイの作戦に気が付いたのか、ずっとこの子、とても気持ち悪い歌を頭の中で歌っているの。
受け付けられないの、きもいの。
気持ち悪い歌声のせいで、どうやって動くのか全く読めないの。
接近する速さ、なかなか速いじゃないの。
アタイの自慢の鞭は擦りもしない、心が読めないと動きが読めないの。
アタイは懐に潜り込まれてお腹に警棒を突かれ、前のめりになったところで、首を腕で抱え込まれて投げられたの。
地面にひび割れを作ったの。
や、やめてほしいの……
呟いたアタイの命乞いの声は聞こえず、アタイは体中に黒光りする警棒を美少女に打ち付けられて、ああん、逝っちゃうの。リアル天に召されちゃうの!
***
僕はエロからの離脱のため、無心になることとした。
その方法は般若心経をひたすら唱える方法だ。こいつを唱えている時は、僕は無心になれた。
大学時代、友人の寺の子がカラオケで般若心経をノリで歌った。
友人のグループで何故かそれが流行って、毎度カラオケに行く時は般若心経を〆に歌っていた。それで気がつけば暗記していた。ある意味で宗教勧誘だったのかもしれない。
ちなみに般若心経を要約した偉い人の話をさらに短くすると
観音菩薩が修行してこの世の全ては実体を持たない空であることを悟る。
感じたり考えたりすることは存在しないのに、それを知らないから悩みは尽きない。
全てのことにこだわりを持つ必要はない。
往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ、悟りよ、幸いあれ。
ということになる。
ようは、甘えんな、さっさと成仏しろよ、ということだと自己解釈している。
そんな風に、サディスティックなお嬢な怪人を警棒で、ぎゃーてーぎゃーてーはーらーぎゃーてー、などと心の中で叫びながら無心にぶっ叩き、彼女の成仏と僕の録画された動画にブーメランパンツのおっさんが映っていないことを祈った。
サディスティックなお嬢が何か満足したような微笑を作って、チリとなり消えた横で、M男さんがそっと息を引き取ったことは僕を含めて、きっと誰も気が付かなかった。
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