ミーナの成長4
早朝から執務室で業務を行っているサロミアは、書類の山を整理し終え、背伸びをしていた。
「あ~、やっと終わった。あの人がミスするから余計な仕事ばかり……でも、そこが可愛いんだけどね」
何気ない独り言を呟き、デスクに座って冷め切った紅茶を啜る。
その時、入り口の扉がノックされ、サロミアは扉の向こうにいる人物に声をかける。
「は~い。入っていいわよ~」
(誰かしら? ジークくんは呼んだ覚えはないし……仕事の手伝いを頼んだカーリーちゃんかな?)
ゆっくりと扉が開き、佇んでいる人物を見て、サロミアは一瞬驚きの表情を浮かべた後、笑みを浮べる。
「あら? これは意外な人物の訪問ね」
◇◇◇
なんで私はここにいるんだろう?
自分の行動に疑問を抱きながら、笑みを浮べている母に視線を向ける。
「どうかしたの? ミーナちゃん」
デスクを挟んで母の前に立った私は、思っていることを口に出来ず、佇んでいた。
「……あのさ」
「何?」
「……いや、やっぱり」
「どうしたの~? 珍しく執務室に来たと思ったらもう帰っちゃうの?」
相変わらずのゆるふわ口調に苛立ちそうになるが、私は周囲を見渡して母に尋ねる。
「……お父さんは?」
「ん? ああ、仕事でミスをして王宮周辺の物件に謝罪しに行ってるわ。あの人に用事だったの?」
「いや……」
「何よ~。はっきり言ってくれないと会話にもならないじゃない」
父がいないことを知った私は、覚悟を決めて母に思いを打ち明ける。
「……1つ、聞いて良い?」
「何かしら?」
「…………仲直りするにはどうしたら良い?」
母は驚く表情を浮かべることなく、デスクの引き出しから細長い煙草を取り出し、火を着ける。細い煙草からそんなに出る? と疑うほどの煙が部屋に広がり、煙草独特の匂いが私の鼻の奥に届く。
「……まあ、そこのソファーにでも座りなさい。事情を聞いてからアドバイスしてあげるわ」
母に言われるがまま、背後にあるソファーに腰を下ろした私は、一呼吸置いてから今朝の出来事を話す。母は煙草を吸いながらも、私の話を遮ることなく、全て受け止めてくれた。
「……なるほどね。自分でもシャフリちゃんとジークくんに言い過ぎたって思ってるんでしょ?」
「言い過ぎたというか……」
「態度ね。分かってるなら話は早いわ」
灰皿に煙草を押しつけ、消火を確認した母は私に目を向け、背後の窓を少し開ける。窓が開いたことにより、部屋に充満していた煙が、一斉に外に逃げ出す。
「ごめんなさい。無神経に煙草吸っちゃって」
「別に……匂いは慣れているから」
すると母はゆっくりと立ち上がり、私の向かいのソファーに座る。
「今のやりとりでも同じ。素直に謝った私に対して素直に受け止めていない」
母に指摘された私は言葉を返すことが出来ず、視線を落とす。
「落ち込まないで。私は何にも思ってないから」
私を励まそうと母は優しい言葉をかけるが、私は視線を上げることが出来なかった。
「……ふぅ。これは私の責任かもしれないわね」
責任という言葉に反応した私は視線を上げ、母の顔を見る。少し悲しげな表情を浮かべる母は、優しい口調で続きを述べる。
「人間と人外種。どちらにもいじめられた貴女を甘やかし、守りたいと一方的な愛情で閉じ込めてしまった。だから貴女は、本当に許すことを知らなければ、許される事も知らない。俗に言う世間知らずってところね」
「世間……知らず」
少しムッとなったが、事実であることに変わりなく、反射的に出そうになった言葉を呑み込んだ。
「本当にごめんね……でも、良い機会じゃない。今回で許すことも許されることも体験できるわよ~」
突然の明るい口調に、私は目を丸くする。
「ふぇ?」
「仲直りしたいんでしょ?」
一瞬、部屋を出て行った時のシャフリとジークの顔を思い出し、私は母から目を逸らす。
「目を逸らさない。逃げ出さないで。他人から……そして、自分から。決していじめているわけじゃないわ。貴女の成長を信じてるだけよ」
私は瞼を閉じ、気持ちを落ち着かせて母の顔を再び見る。
「……お、教えて」
「人に何かをしてもらうときは下手に出る」
言い方が悪かったと反省した私は、言葉を変えてもう一度思いを口にする。
「な、仲直りの方法を教えてください……」
すると母はニッコリと笑みを浮べて、私に仲直りの方法を教えてくれた。
◇◇◇
「はぁ……」
「あら? 珍しいじゃない。浮かない顔している上に、ため息なんて」
洗った食器を片付けているジークに、カーリーが尋ねる。
「メイド長……気にしないでください」
「気にするわよ。いつもポーカーフェイスで、そつなく仕事をこなしている貴方がため息ついているんだもん。部下の悩みを聞くのも上司の仕事。何でも話なさい」
「ですが……」
ジークに詰め寄ろうとするカーリー。
その時、誰かが駆け込んでくるを感じた2人は、キッチンの入り口に目を向ける。
「はぁ……はぁ……いた。やっと見つけた」
駆け込んできたのはミーナだった。
「お嬢様!? 息を切らしてどうなされたのですか?」
展開が一変し、興味津々の表情を浮かべ、見守るカーリーだったが、突如通信バットが現れ、カーリーの目の前で滞空する。
『こんな所にいた。カーリーちゃん。頼んでいた仕事は終わったかしら?』
声の主はサロミアだった。
「お、奥様!? いや……その~。終わったんですけど、急用がありまして……」
『あら? 奇遇ね。貴女に頼んだ仕事も急を要してね。すぐに持ってきて~』
「え? 奥様!?」
『待ってるわよ~』
一方的に話を打ち切られたカーリーは、不満そうな表情を浮かべ、キッチンから出て行く。
ミーナとジークだけがキッチンに残り、緊迫した空気が漂う。
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