ミーナと執事4
久しぶりに涙を流した私の目は真っ赤に腫れ、見晴台から自室に戻る最中だった。
「いい加減、降ろしなさいよッ!! 恥ずかしいわよッ!!」
執事にお姫様抱っこ状態の私は、顔も真っ赤にして、執事の手から離れようとする。
「ミーナお嬢様。大声を出してしまうと、他の人が起きてしまいますよ?」
「だったら降ろせぇぇ!!」
執事は私の言うことを聞かずに、そのままお姫様抱っこを継続した。自室に戻った私は、ベッドの上で目元に残っている涙を手で拭った。
「ミーナお嬢様」
「何よ?」
私は執事と目も合わせずに、ぶっきらぼうに応える。
「大変失礼しました」
突然深々と頭を下げる執事に対して、私は目を丸くする。
「いきなりどうしたの?」
「お嬢様のためとはいえ、勝手にお嬢様の体に触れた挙げ句、お嬢様の気持ちも知らずに無礼なことを言ってしまい、申し訳ございません」
いや、本当に無礼よ。何ならさっきのお姫様抱っこも、八つ裂きものだよ? ……でも。
「はぁ……良いわ。今回だけは許してあげる」
「……ありがとうございます」
「それよりも、私があの時間にあの場所にいるって誰から聞いたの? ……って訊かなくても大体分かるけど」
「ご想像の通りです」
あの能天気両親、いつか復讐してやる。
「それと……旦那様からは、お嬢様の過去を少しだけ教えていただきました」
追加メニュー、父撲殺。
「お喋りな父親めぇ……」
「失礼ながら、それを耳にしても、私はお嬢様の傍にいたいです」
「……じゃあさぁ。あんたは私の何を見て傍にいたいって言っているの? 私は他人が嫌いだし、自分も嫌い。父親から過去を聞いたのなら知っているでしょうけど、周りも私のことを嫌っている。そんな私に仕えたところで、あんたにメリットはないわ」
執事は表情を崩すことなく私を見つめる。
「理由が必要ですか?」
「愚問だったかしら?」
どうせ仕事だからとか、上辺だけの言葉で言い訳するつもりだろうけど、吸血鬼状態の私に嘘は無意味よ。さぁ、どんな言葉を口にするの?
執事はゆっくりと首を横に振り、私の前に来て跪く。
「運命だからです」
その時、私の体が震える。
気持ち悪いとかじゃなく、私の問いに対して嘘をつくことなく言葉を返したからだった。
「運……命?」
「あまり自分のことは語りたくないのですが、お仕えする主人には、私のことを知っていただきたい」
「別にいいわよ。知りたくもないし」
「それは困ります。不本意とはいえ、お嬢様の過去を知ってしまったのですから、私の過去も知ってもらい、お相子にしていただきたい」
真剣な表情から受け取れる真面目さに折れた私は、深くため息をつく。
「分かったわよ。話しなさい」
執事は微笑んだ後、自らの過去を語り始める。
「ジーク・アルヴェルド。21歳。父は母おらず、血縁関係者も様々な事情により、いません。孤児として生きていた私はある日、孤児院から脱走し、自由を求めました」
脱走という言葉を聞いて、私の頭の中にある言葉が浮かぶ。
「……虐待」
「その通りでございます。孤児院を脱走した私は丸1日、足を止めず、休むことなく走り続けました。そして体力は尽き、当時5歳の私は死を覚悟して目を閉じました。ですが、私はもう一度、瞼を開けることになりました。そこは見知らぬ洞窟の中で、両足には包帯が巻かれており、横にはタオルと水が入った洗面器がありました。そして私に声をかけてきたのは……」
私は口を開けることなく、真剣な眼差しで執事を見つめた。
「黒の軍服を身に纏い、黒い角を生やした女性の鬼でした」
「……鬼?」
私が言葉を呟くと、執事は突然、自分の左手をハンカチで隠す。そしてフリフリとハンカチを動かした後、ハンカチを左手から離す。すると、何故か左手にティーカップがあり、そこから湯気が昇っていた。
突然の手品に、私はキョトンとする。
「え?」
「これ以上は言えません。これでお許しを」
手渡されたティーカップを覗くと、熱々の紅茶が入っており、嗅ぎ覚えのある甘い匂いが鼻奥をくすぐる。
「紅茶? って言うか、良いところなのに何でやめちゃうの!?」
「紅茶の温度が70度まで下がったので、切り上げさせていただきました」
コイツ……最初から全部、語る気なんてなかったッ!! まんまと嵌められたわ……話していた内容が嘘じゃなかったから油断していた……。
「い……さな」
「え?」
ティーカップを震わせながら、私は執事に思いをぶちまける。
「今のは許さないんだからッ!! 真面目に聞いていた私の気持ちを裏切った責任取りなさい!! ずっと私の傍にいなさい!!」
執事は一瞬だけ目を丸くし、優しい笑みを浮かべて「はい!」と言葉を返す。
私は自棄になりながら、紅茶を一気飲みする。
「アッツゥ!!」
ヤバッ……70度って舐めてたら危ないね。
「お嬢様!? 大丈夫ですか!?」
「大丈夫なわけないでしょぉぉぉぉッ!!」
ご覧になっていただき、ありがとうございます!
そして、ブックマーク登録、評価を付けてただいた方々に感謝の言葉を申し上げます!
繰り返しになりますが、ありがとうございます!
続きが気になる方はブックマーク登録よろしくお願いします!
誤字脱字、文章的におかしな部分がありましたら報告お願いします!
これからもよろしくお願いします!