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吹き溢される紅茶

 夜が完全に更け、吸血鬼が濃く出ている姿に変わった私は、部屋の窓から月を眺めながら、紅茶を楽しんでいた。


「お嬢様。失礼します」


 気の利くジークは、紅茶に合うお菓子を私の前に差し出し、お菓子の説明を始めた。


「ホットケーキでございます。生地そのものに味付けを施しており、そのまま召し上がれますが、蜂蜜をかけて食べていただくことをオススメします」


「ほぅ……」


 フォークを少し押し返すような弾力性もあり、食欲をそそる香ばしい匂い。そこに蜂蜜をかける追い打ち……絶対美味い。間違いなく美味い!


「はむッ!」


 口の中に広がる蜂蜜の味は勿論、生地自体に施された甘みも加わり、口の中が幸せで満たされる。


「相変わらず、美味しいものを用意するじゃない」


「勿体ないお言葉です」


 ジークに褒め言葉を贈った私は、ティーカップに手を伸ばし、紅茶を一口飲む。


 その時、真正面の窓がいきなり開き、ある人物が侵入してくる。


「忘れ物しちゃったぁ」


「ブーーーーッ!!」


 窓から侵入してきたのはシャフリだった。入ってくる場所が場所だったため、私は咄嗟に顔を横に向けて、紅茶を吹き溢してしまった。


「しゃ、シャフリ!! アンタどこから入ってきてるの!?」


「え? 窓から」


「何で窓から入ってくるの!? ちゃんと入り口から来なさいよッ!!」


「だって~、窓から入る方が早いんだもん」


 手間の問題かよ……。


「あの……お嬢様」


 話しかけてきたジークの方に目を向けると、上半身が紅茶まみれになっているジークが困った表情を浮かべていた。上半身に付着している紅茶が私の口から出たものだと悟った私は、口を手で隠す。


「あ、ごめん!」


「幸い、まだお風呂には入ってませんので、お気になさらず」


 ジークが怒ってないことを知った私は、ホッと胸を撫で下ろし、ジークは執事服の上着を脱いだ。


「今日はもういいわ。お風呂に入って休みなさい」


「しかしお嬢様。見晴台は……」


「昼間顔を出したから、今日は良いのよ。さっさとお風呂入ってきなさい」


「そうですか……では、お言葉に甘えて、失礼させてもらいます」


 素直に私の言うことを聞いたジークは、足早に部屋から出て行った。


「で? アンタは何しに来たの? アンタのせいでジークを早退させちゃったじゃない」


「住み込みで働いている執事さんに早退ってあるの? それにミーナちゃんが吹き溢したのが原因だよ?」


 まあ……そうだね。早退って言葉はおかしいね。私が原因であるのも間違いないね。


「えーっと……あった!!」


 シャフリは部屋にある本棚から一冊の本を取り出し、私に見せてくる。


「何これ? イクセプト……の地理本?」


「ジークさんから借りた本なの。それなのに私ったら置いて帰っちゃって」


 シャフリは後頭部を掻きながら、私の部屋に来た理由を述べた。


「へぇ……そう言えば私、地理の本って読んだことない」


 すると、シャフリは笑みを浮かべて、昼間座っていた椅子に腰を下ろす。


「ちょっとだけ一緒に見よう!」


「ダメよ。帰りなさい。お父さん心配するでしょ?」


「大丈夫。早寝早起きが身に染みついているから、今頃夢の中だよ」


 父親が寝ている隙に夜遊びとは、感心しないわね。


「それよりもミーナちゃん」


「何?」


「その格好コスプレなの?」


 シャフリは吸血鬼状態の私を見て、目を輝かせていた。


「ちっがあううぅぅ!! 誰が好き好んで深夜にコスプレなんかするかぁ!! 夜の姿だよッ!! 吸血鬼状態の私だよッ!!」


「ひぃぃぃッ!! ご、ごめんなさいッ!!」


 怒鳴り声と共に、私はシャフリの胸ぐらを掴んで前後に揺らす。


 シャフリは何度も私に許しを乞うが、怒りが鎮まらなかった私は、数十秒間ほど、シャフリを前後に揺らし続けた。




 ◇◇◇




(不本意且つお嬢様命令とはいえ、お嬢様のお世話を途中でやめて、お風呂に入って良いのでしょうか?)


 ジークは脱衣所で服を脱ぎながら、罪悪感に駆られていた。


 シュンとした気持ちのまま腰タオル姿で浴場の扉を開け、湯煙立つ空間に入り込む。その時、ジークは何かを感じて、足を止める。


「誰ですか?」


「おや? その声は?」


 湯煙が少しずつ晴れ、湯船の方に人の影が薄らと映る。


「ジークくん? 随分遅い風呂だね」


 影の正体はエディックだった。


「だ、旦那様!? どうして男従者用の浴場に?」


 男従者用の浴場にエディックがいたことに驚いたジークは、思わず大声を出してしまう。


「うわッ!! 浴場だと声が響くからもう少しトーンを下げてくれ」


「し、失礼しました。それにしても、何故ここに?」


「昔、ミーナにお父さんは私の入る浴場には絶対入らないで、って言われてからずっとここで入ってる」


 ジークの脳内で想像がつき、苦笑いを浮かべる。


「風呂に入りに来たということは、業務は終わったのかい?」


「はい。お嬢様から今日は休んでくれと……」


(本当は紅茶をかけられたんですけどね……)


「どうかな? お互い仕事終わりだし、風呂酒でもしないかい?」


 ジークは湯船の境目に置かれている、数種類の酒を見て、再び苦笑いを浮かべる。


「いえ。一執事の自分が旦那様と一緒に飲むなんて……」


「良いんだよ。酒は人類……いや、生きるもの全てに飲む権利がある。そして、誰と飲もうが自由だ。さあ、体を洗って入ってきてくれ」


 ジークは少し戸惑い、戸惑っているジークを見て、エディックはさらに口を開ける。


「それに……丁度、君と話をしたかったんだ」


 ジークはキョトンとした表情を浮かべ、エディックは薄らと笑みを浮かべる。

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