ミーナと執事1
母の横で執事服を纏った青年が佇み、優しい笑みを浮かべて私を見つめてくる。
「ちょっと待ってッ!! やっぱりダメだわ! 承認不可!!」
「あら~? どうして?」
「いや、だって男の人だよ? 私、女。この意味分かる?」
母は顎に指を当てて真剣に考え始めるが、私が予想していた言葉が返ってきた。
「理解できないし、別に良いじゃない~」
もうヤダ……神様、どうか母を……まともな母と交換してください。
「まあ、お試し期間ってことで、1週間様子を見させてもらうわ。そろそろ私は仕事に戻るし、身の回りのことはジークくんに頼みなさいね~」
「あ、ちょっと!!」
私の呼び止めをまるで聞いていなかったかのように、母は部屋から出て行き、部屋には私と執事2人っきりになってしまった。
私はチラッと執事の方に視線を向け、顔や全体印象を確認した。
パッと見た感じ、清潔感があって顔も整っているけど、騙されないぞ! どうせ、ウチの何かを目当てに近づいて来たに決まっている!
「改めまして、ジーク・アルヴェルドです。今日からよろしくお願いします」
変わらず笑顔でペコリと頭を下げてくる執事。納得のいかない部分が多々あるが、私は執事にある条件を突きつけた。
「奉仕に取りかかる前に、コレ着けて」
私は白い手袋を執事に投げつける。執事は涼しい顔で手袋をキャッチし、素直に手に纏わせる。
「掃除とかしたら汚くなるから1時間ごとに手袋は変えて。あと、私が呼ぶまで部屋に入るのは禁止。分かった?」
執事は満面の笑みで私の言葉に応え、再び頭を下げる。
「承知しました。ミーナお嬢様。それでは、ご用件がありましたら、いつでもお呼びください」
颯爽と出口に向かっていく執事に、私は背を向け、部屋から出て行くのを待った。パタンと扉が閉まった音を確認し、再び私はベッドの上に寝転ぶ。そして枕で顔を隠し、溜めていた不満を放出させる。
「何が雇ってしまっただッ!! クソババァ!! その事後報告に、何回振り回されてきたことやら!! もう少し私の身にもなれよッ!! ホント! ムカつく!!」
ベッドをバンバンと叩きまくり、埃が舞うのも構うことなく、私はベッドの上で暴れまくった。
数分間、思う存分不満を口にしたことによって、少し気分が晴れ、落ち着きを取り戻した。その時、私は閃いた。
「そうだ。雇ってしまったのは仕方ないけど、あの執事を追い出しちゃえば良いんだ。私って天才!」
そうと決まれば手段は何でも良い。あの執事に音を上げさせれば良いだけのこと。それじゃあ、さっそく行動開始!
「えーっと……ちょっと! ジーク!」
大きな声で執事の名前を呼ぶと、ものの数秒で部屋の扉がノックされる。
「お呼びですか? ミーナお嬢様」
「紅茶が飲みたくなったの。いつもの紅茶を用意して」
初日奉仕だからいつもの紅茶なんて分かるはずがない。絶対に「無理です」とか、「いつものとは?」とか困惑し続け、手際悪く準備して私を待たせて、最終的には雑味が混じったマズい紅茶が出てくるはず。
そして私の予想通り、執事は申し訳なさそうな表情を浮かべて、私に言葉を返してくる。
「申し訳ございません」
それそれ! 困った表情いいね! あとはマイナス思考の言葉を言えば……。
「20秒ほど待っていただくことになるのですが、お許し願いますか?」
は? 何言ってんの? コイツ?
一瞬、呆け顔を執事に見せるところだったが、何とか踏ん張り、待つことを了承した。
「20秒だけよ?」
すると執事は私に軽く頭を下げた後に、丸テーブルの上に白い布のテーブルクロスを敷き、廊下に待機させていたワゴンを押しながら私の傍まで近づく。ワゴンの上には紅茶の入ったポットや、紅茶に合うお菓子などが用意されていた。
「へ……へぇ。準備が良いことで」
「勝手ながら、お菓子やお湯の準備は事前にさせてもらいました。しかし、20秒いただいたのは、この準備のためではございません」
すると執事は懐中時計を取り出し、20秒経ったことを確認すると、カップに紅茶を注ぎ始める。紅茶の香りが部屋中に広がり、私の嗅覚を癒やさせた。
「は……はぅ」
思わず気の抜けた声が私の口から漏れてしまう。
「お待たせしました、お嬢様。ジーク特製、ストレートティーです。砂糖やミルクは必要ですか?」
とろけ顔になりそうになっていた私は我に返り、ブンブンと首を横に振る。
「必要ないわ。時間内での準備、見事ね」
「恐縮でございます」
しかし、まだ油断は出来ない。この紅茶の味に満足できなければ意味がない。私のいちゃもんに耐える覚悟は出来ているかしら?
私は再び紅茶の香りを堪能した後に、じっくりと紅茶の味を確かめる。そして私に電撃が走る。
何コレ!? 美味しいなんて次元じゃない!! 苦みが全くない……寧ろ甘い。少しとろみも掛かって、まるで蜜みたい。後味もスッキリしていて、口の中が満足感で満たされている。
あまりの美味しさに言葉を失っている私の前に、執事がお菓子を置く。
「チョコチップ・ハーブクッキーです。甘さ控えめ、ハーブの香りも強くないクッキーです。紅茶に合うと思いますよ」
私は思わず唾を飲み込み、クッキーに手を伸ばす。執事の説明通り、チョコが甘すぎず、ハーブの香りもキツすぎず、食べ応えのある食感が紅茶を進ませた。
「20秒、時間を頂いたのはお湯の温度を90度にするためでした。それ以外の温度で紅茶を淹れてしまうと、苦みが出てしまったり、美味しくない紅茶になってしまいます。ミーナお嬢様が仰った、いつもの紅茶はお出しすることは出来ませんでしたが、如何でしょうか? ミーナお嬢様」
微笑みながら、20秒の時間の意味を説明し、味の感想を求めてきた執事に対して、私は悔しながらも負けを認める言葉を口にする。
「ご……ごちそうさま」
「お口に合って何よりです」
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