ジークの企み5
ジークと母は視線を合わせ、私は2人の間に挟まれ、声を発することなく、視線を落とす。
その時、一匹のコウモリらしきモノが部屋に入ってきて、母は首を傾げる。
「あら? 通信バット?」
通信バットと呼ばれるコウモリ型通信機が母の指に止まり、コウモリの口が開く。
『サロミアちゃんッ!! ごめん!! またやっちゃった!!』
通信バットが放つ声は、父エディックの声だった。
「どうしたの? あなた。落ち着いて」
『契約書汚しちゃって、一大事なんだ!! 早く戻ってきてくれないかな?』
母は仕方なさそうな表情を浮かべて、「分かったわ」と言葉を返し、通信バットを飛ばす。そして視線を落としている私に、母は優しい口調で話しかける。
「ミーナちゃん」
「……何?」
「久しぶりに楽しかったわ。それじゃあ、私は仕事に戻るわ……それと、感情的になってしまってごめんね」
視線を上げて、母の表情を見ると、オセロをしていたときの真剣な表情ではなく、いつものゆるふわな優しい表情に変わっていた。
立ち去ろうとする母の背に向かって、私は率直な思いを口にする。
「…………来て」
「え?」
私の声に気づいた母は、キョトンとした表情を浮かべる。
「また来ても良いわよ…………お母……さん」
少し驚いた表情を浮かべる母は、言葉を返すことなく、優しく手を振って部屋から出て行った。
「お嬢様……」
近づいてくるジークに、私は思いっきり抱きついた。
「じ……ジークぅ。ごめんなさい……掴んだとき痛くなかった? ビックリしたよね……怒ってるよね? お母さんやお父さんを大事にしない私なんかに仕えたくないよね? ムカつくよね? ごめ……んな、さい」
自分でも、鼻声で何を言っているのか分からなかった。しかし、本当に……自分が悪いと思っているから、ジークに率直な気持ちを口にする。
そしてボロボロと涙が流れ、ジークの執事服に顔をつける。その時、頭にふわっとした感覚があり、私はソッと顔を上げる。
「お嬢様、泣かないでください。寧ろ、笑顔で自分を褒めてください」
ジークが私の銀髪を優しく撫でていた。
「お仕事に戻ろうとしていた奥様に贈った言葉。ジークは感動しています。そして、お嬢様が本当に大切な物の存在に気づけたこと。心より喜んでいます」
ジークの優しい言葉は私の心に響き、私は立ち続ける力を失い、床に膝をつける。
◇◇◇
どのぐらい泣いただろうか。30分? いや、1時間近くは泣き続けていた。
涙が通った頬はパリパリになり、目は赤く腫れ、擦っても擦っても涙がジワッと出てくる。だけど、泣き出した頃よりは気持ちが落ち着き始めた。
「落ち着きましたか? お嬢様」
ジークは私に湯気が立っているティーカップを差し出す。私は鼻をすすった後に、ティーカップを受け取る。
「ちょっとわね……あれ? これ紅茶じゃない」
「それはホットミルクと言います。紅茶よりもリラックス効果が期待でき、人を笑顔にしてくれる飲み物です」
「ミルクって事は牛乳ね……私、牛乳苦手なんだけど」
「ジークに騙されたと思って飲んでみてください。気持ちも体も落ち着きますよ」
恐る恐るカップに口をつけ、私は牛乳を口に入れる。そして苦手なあの匂いと味が私に襲いかかって……来ない?
「……何これ? 本当に牛乳? 臭くもないし、まろやかで甘い」
想像の遙か斜め上を行く牛乳の味に、私は翻弄され、あっという間に飲み干してしまう。
「お気に召しましたか?」
「本当に牛乳だったの? 私の知っている牛乳とは別物なんだけど?」
「少し工夫はしていますが、間違いなく牛乳ですよ」
空になったティーカップをワゴンの上に置き、私はジークに目を向ける。
「ジーク。ありがとう」
「勿体ないお言葉です」
少し笑みを浮かべて、一瞬だけ瞼を閉じると、そのまま私は睡魔に襲われ、眠ってしまった。
「お嬢様? 泣き疲れですか……ゆっくりお休みください」
そしてジークはミーナの寝顔を見て、笑みを浮かべる。
(流れはどうであれ、奥様に遊んで貰えて嬉しかったのでしょう……笑みを浮かべて寝てらっしゃる)
◇◇◇
ミーナの寝顔を見たジークは、ある部屋の前に立っていた。
軽くノックをして入室の許可を得ようとするジークだが、ノックに対する返事がなかった。代わりに聞こえてきたのは、サロミアが誰かに叱責する声だった。
やってはいけないことだと頭では理解しているジークだが、そっと扉を開けて中の様子を見る。
「本当に信じられない!! なんで契約書汚しちゃうの!?」
「本当にごめん! サロミアちゃん! 何でもするから許して!!」
腕を組んで呆れ顔を浮かべているサロミアに、必死に頭を下げて許しを乞うとしているエディックの姿が見えた。
「もう! ……お客さんに再度捺印をもらってきたら許してあげる」
「サロミアちゃん!」
するとサロミアは優しくエディックの顎に手を添え、もう一つ許しの条件を述べる。
「それと……ちょっと噛ませてくれたら許してあ・げ・る」
エディックは一瞬呆け顔になるが、すぐに鼻息を立ててネクタイを緩ませ、首筋をサロミアに差し出す。
「どんだけでもッ!! 寧ろ待ってたよッ!!」
イチャつきモードに入ると察したジークは1つ咳払いをして、自分の存在を2人に知らしめた。
「えッ!? ジークくん!? いつからいたの?」
「今来ました……それと、そういうことはご自身たちの部屋でお願いします。ここは先輩メイドさんたちも出入りする部屋なので……」
エディックは乱れた服を正し、サロミアは赤面し、視線を床に向ける。
「何はともあれ、成功して良かったですね」
ジークが笑みを浮かべて、作戦成功を祝った。
「本当……あの子が予定通りの行動をしてくれたから助かったわ」
「お嬢様の成長のためとは言え、少々キツい言葉を並べてしまいました。少し心が痛みます。それと、奥様。奥様が勝ったら『また遊びに行く』と言う段取りだったはずです。急なアドリブは驚きましたよ」
「だって~、従者に手を上げるのはやっぱり許せないし、ついカッとなっちゃって……。でも、結果的に良かったし、久しぶりにお母さんって呼んで貰えたし~」
サロミアの一言を耳にしたエディックは驚きの表情を浮かべて、羨ましがる。
「良いなぁ……僕もお父さんって久しぶりに呼ばれたいな~」
「いや、あなた……」
「旦那様……」
サロミアは顔を引きつり、ジークは苦笑いを浮かべる。
「私と練習で1回したとき、14手で完封されるほど弱いじゃない。今日はあなたが行ってたら返り討ちに遭ってたわよ」
エディックはショックを受け、首をガクッと下げる。
「そんなぁ……運動の方なら自信があるんだけどなぁ」
「それでしたら明日は旦那様がお嬢様とお遊びになりましょう。延期にしていた遊戯がありますので、是非やりましょう」
ジークの提案を聞いたエディックは落ち込んでいたのが嘘のように元気になる。
「本当かッ!? よーし! 明日は頑張るぞ~」
「その前に、契約書の捺印もらってきてからね」
「あ、はい」
3人は大声で笑い合い、またしてもジークに嵌められたミーナは何も知らないまま、昼下がりまで寝続けていた。
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