クロノ訪問1
「何? アルカディアの王子が屋敷に来たって?」
珍しくソフィアが慌ただしく私に報告する。
事の詳細を話してもらうべく、ソフィアの肩に手を置き、「落ち着いて」と声を掛ける。
「それで、用件はなんなの? お母さんたちなら執務室にいるけど……」
「それが……クロノ様はミーナお嬢様に用があると……」
「え? 私? どうして私なの?」
「申し訳ございません。私にも何が何だか……」
まあ、知るわけないわね。
「今は奥様たちが対応しています。ご足労かけますが、お嬢様も応接室へ」
「分かったわ。とにかく着替えるから、アンタは先に行ってて」
「分かりました。それでは失礼します」
颯爽と部屋から出て行ったソフィア。
私はクローゼットを開け、服を選別し始める。
「困ったわね……いつもジークに服の用意をさせているから、何を着れば良いか分からない」
洋服を出しては戻し、出しては戻しを繰り返していると、私は重大なことに気づき、手を止める。
「あ……お茶を用意してくれる人がいない」
◇◇◇
「大変申し訳ございません……ただいま執事やメイドたちが買い出しに出払ってしまって、ろくなおもてなしが出来なくて……」
サロミアとエディックはクロノに深々と頭を下げるが、クロノは顔を上げてくれと懇願する。
「大丈夫ですよ。私がアポイントも取らずに訪れたのが悪いんです。お気になさらず」
「クロノ様。ミストレーヴ家の皆様もお困りのようです。日を改めた方が良かったのでは……」
クロノ背後に佇む元音楽団の指揮者、ファルトマンが出直すことを提案する。
「確かに無礼が過ぎたな。言葉に甘えて敷地をまたいだが、日を改めるとしよう」
「ま、待ってください。クロノ様!」
サロミアが血相を変えて引き留めようとする。
「しかし……自分の都合で立ち寄ったばっかりに、皆様に迷惑をかけてしまうのは」
「サロミア・スカイ・ミストレーヴ様。我々は決して憤りを感じて帰るわけではない。どうかお気になさらず」
「一目見られて、嬉しかったよ。ソフィア。サラス。ミーナ・アリスト・ミストレーヴ嬢に会えなかったのは残念だったけど……またしばらく」
『クロノ様!』
クロノとファルトマンが出口に向かおうとしたその時、扉がノックされ、全員その場で立ち止まる。
「失礼するわ」
扉がゆっくりと開き、向こう側にいた人物を見て、全員呆け顔になる。
「大変遅くなりました。ミーナ・アリスト・ミストレーヴです」
◇◇◇
「み、ミーナちゃん。その格好……」
母たちは私の姿を見て目を丸くし、思わず指を差す。
執事服を身に纏い、銀髪を束ねた私はワゴンを押し、部屋の中に入る。
初めて執事服を着たけど……意外と背筋が伸びる。自然と心も落ち着いて悪くないわね。
しかし、母よ……人前で娘を指差すのはやめなさい。
「貴女が……ミーナ・アリスト・ミストレーヴ嬢」
声を漏らした少年に視線を向け、私は深々と頭を下げる。
「クロノ・アルカディア様ですね。お茶の用意に手間取ってしまい、遅れてしまいました。お許しください」
「いや。お構いなくと言っていたところだ。気にしないでくれ」
お互いに笑みを浮べ、私は手袋を装着し直し、ポットを手に取る。
「せっかく用意したのですから、どうぞ」
クロノは参ったと言わんばかりの表情を浮かべ、ソファに腰を下ろす。
「ファルトマン。貴方も座ってくれ。ミーナ嬢がお茶を振るってくれるそうだ」
「しかし……」
「久しぶりですね。指揮者さん」
ファルトマンは気まずそうな表情を浮かべ、私と視線を合わせる。
「どうぞ。おかけになってください」
「いや……自分は」
「あら? お茶は嫌いですか? それとも、暴言を吐いてしまった相手のお茶は飲めませんか?」
「暴言?」
クロノがファルトマンに視線を向けた瞬間、ファルトマンは顔を青ざめさせ、「そんなことはないです!」と慌ててソファーに座り込む。
着席したことを確認した私はティーカップに紅茶を注ぎ、クリームケーキと共に2人の前に置く。
「お言葉に甘えるとしよう」
「失礼する」
クロノとファルトマンは紅茶に口を付け、数秒後に見覚えのある反応を見せる。
「この紅茶は……」
「なんと……今まで口にしたことのない味。王宮でも、このような美味な紅茶を飲んだことはない!」
「喜んでいただけて嬉しいです」
「ミーナちゃん……」
相変わらず呆け顔を浮べている母たちに、自慢げな笑みを見せる私。私の笑みを見て、母も笑みを浮べ、父とソフィア、サラスも表情を和らげる。
毎日ジークの紅茶飲んでて良かったぁ……。作り方も聞いていたし、助かったぁ。ありがとう! ジーク!
「対面、失礼します」
私もソファーに座り、クロノと改めて向き合う。
「さて。私に用とは何でしょうか?」
「用と言った用ではないのですが、以前からお目にかかりたかったのです。突然の訪問、許していただきたい」
「半分人間で半分吸血鬼であり、いつも母と父の手を焼いている私に興味を抱いていただけるなんて、光栄です」
「やはり噂は本当だったのですね。ですが、どこから見ても普通の人間にしか見えないのですが……」
「クロノ様。今の娘は人間の姿ですが、夜になると吸血鬼の姿に変わります」
私の代わりに母が説明する。
全く……せっかくキメようとしていたのに。
「そうでしたか。それは失礼した」
私の素性を話、他愛もない会話が続く流れとなっているが、私は思いを口にし、その場に緊張感をもたらす。
「失礼ですがクロノ様。先ほど用と言った用ではないと仰いましたが、本当はあるのでは?」
嘘の見抜ける母以外は驚きの表情を浮かべ、ファルトマンは真剣な表情を浮かべ、クロノは笑みを浮べる。
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