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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

精霊の家にようこそ

作者: 小林 柚葉

初投稿です。

よろしくお願いします。

 三ツ木 亜美は、母の葬式を終え、漸くリビングのソファに腰を下ろした。

今は、何も考えられない。


『最近、疲れが取れないから、戻ってきてお店を手伝って欲しいの』


 何度も懇願され、東京の仕事を退職し、うちに戻ってきたのは、先週末のことだ。

 戻ってきた途端、交通事故で帰らぬ人になってしまうなんて…思いもよらなかった。


 「寒っ!」

 初秋とはいえ、日が落ちると肌寒い。自分の服は、まだダンボールから出してもいない。


 お母さんのストールでも借りようかな…


 そう思い立ち、母の部屋のドアを開けると、見慣れた部屋では無く、見た事の無い部屋に、見知らぬ男が倒れていた。


 亜美は、無意識に一度ドアを閉め、もう一度開けた。

やはり、見知らぬ部屋に変わりがなく、男が倒れている。

 物凄く驚くと何も考えられないものなのか、呆然と立っていると、男は意識はあるのか

「腹が減りすぎて、動けない…食べる物を…くれないか…」と、亜美に向かって呻く様に、喋った。


 慌てて、食べる物が冷蔵庫に有ったか、頭の中で確認をする。

冷蔵庫に、鶏肉と大根と卵があった。冷凍室には、ストックの出汁とご飯があった。

大根は薄めのいちょう切り、鳥肉は一口大に切り、玉葱はくし切りに。

簡単に炒め煮を作り、冷凍のご飯と卵で雑炊を作った。

倒れている男に、ご飯を持ってきた事を伝えながら、部屋の端にあるテーブルに置き、男がなかなか立ち上がれない事を確認すると、手助けするために男のそばに行った。


 大きい人。そして、外国人?黒髪で、青い色に緑色を少し混ぜたような不思議な目の色の人だ。


 そんなことを考えながら、立ち上がるのを支え、椅子に座らせた。


 男は、深呼吸をするように匂いを嗅ぐと、ガツガツ食べ始めた。

その姿をぼんやり眺めながら、亜美は、今の状況を改めて考えた。


 ーーー母の部屋を開けたはずが、見たことのない部屋になっている事も、外国人のような見知らぬ人が、亜美の作ったご飯を食べているこの状況。

夢見てる?ほっぺたを抓ってみる…痛い…夢じゃない。

完全にキャパオーバーだ。


 「見た事ないご飯だったけど、すごく美味しかった。助かったよ。高位精霊に、初めて会ったよ。

対価が、恐ろしいなぁ。あなたは、何の精霊?」

 

 「精霊?私が?何言ってるのかよくわからないけど、私は人間よ。って、私は人間だ!なんて初めて言ったわ!!」


 「え?だって、精霊の柱から出てきたから…精霊が、俺の願いを聞いてくれたのかと思ってたよ。」 


 「私は、母の部屋に入るつもりで、ドアを開けたら、あなたが倒れていたから…何でここにいてるのか、自分でもわからないよ…」


 その時、部屋の中のはずなのに、強い風が吹いて、ドアが、大きな音を立てて閉まってしまった。

そして、跡形も無く消えてしまった。


 「ドアが!どういう事?戻れないの?」


 それでなくとも、キャパオーバーになっている所に、ドアが消えてしまい、どうして良いのかわからない亜美は、ポロポロと泣き始めた。


 男は、オロオロして部屋を右往左往していたが、意を決して、そっと亜美の背中を摩った。


 亜美は、初めて会った見知らぬ男に背中を摩られているが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

まるで、小さい子供をあやすような、慰めるような摩り方で、少しづつ落ち着いてくるのがわかった。


 一頻り泣いた後、落ち着いたところで、「あ、水でも飲む?食べ物は無いけど、水はあるから。取り敢えず、ここに座ってて。」と、食べた食器を片付けながら、奥に向かって行った。

どうやら、奥が、キッチンのようだ。


 見回すと、亜美の家のドアが有った柱を中心として、全体に壁が丸い感じがした。

全てが木で出来ていて、ナチュラルで可愛い雰囲気だ。そんなことを考えていると、男が木のカップを持って、亜美の前に置いた。


「ありがとう。」


 美味しい水だった。今まで、感じた事が無い様な、身体に染み渡る気持ちがして、力が湧いてくる様だった。


 「精霊の柱から来るものは精霊。って、師匠から聞いてるんだけど、君は人なんだよね……多分、精霊に呼ばれたんだと思うんだ。俺の名前は、ベルデッド。君は、何処から来たの?名前は?」


 「私の名前は、亜美よ。家は、兵庫にあったんだけど、ここは…日本じゃない感じよね。大体、精霊が身近な国なんて、聞いた事ないわ。」


 「ヒョウゴーーー聞いた事ない場所だよ。ここは、アズライト国のサスティナの森の中に家が建ってるんだ。違う世界から、精霊の力で呼ばれたんだね。」


 「じゃあ、精霊に頼んで、私を元の世界に戻してもらえるように、お願いしてもらえないかな?」


 「精霊は、気紛れでなかなか頼みは聞いては貰えないんだ。ただ、精霊の愛し子の頼みは聞いて貰いやすいけどね…精霊に会うより、愛し子に会う方が難しいって言われてるんだ。この家は、俺の師匠の師匠が精霊の愛し子で、その師匠とこの柱になってる木に住んでたって言われる高位精霊とが一緒に住む為に建てたらしいんだ。もう、愛し子の師匠も精霊もいないけど、精霊が住んでたこの木には力が残っていて、精霊も惹かれやすいみたいで、ふらっと家にやって来る事もあるんだ。俺が空腹で、動けなかったから、君が呼ばれたんだとしたら、俺の責任だ。もう一度ドアが開くまで、ここに住むのはどうだろうか?」


 「え?ここに?あなた以外に、誰が住んでるの?」


 「去年まで、俺の師匠が一緒に住んでたけど、隣国のライトニング国の魔法使いと一緒に住むって、出て行ったんだよ。だから、俺以外住んでないし、師匠の部屋が空いてるから、丁度いいよ。多分、部屋に服とかも残ってるはずだから、その目のやり場に困る服も着替えてくれるとありがたいかな。」


 礼服だから、胸元は開いてないし、スカートも膝丈だし、一体何処が?目のやり場に困るの?

亜美が戸惑っているとーーーーーー


 「スカート!何でそんなに短いんだよ!さっきは、空腹でわからなかったけど、恥ずかしすぎる!!頼むから、明日新しい服は買いに行くとして、今日は師匠の置いてった服に着替えてくれないか……」


 「ーーー了解です。」


 ベルデッドの後をついて行き、階段を上っていった。先程居たのは1階で、2階は店舗の様にも見える場所だ。そのまま、階段を上ると、はめ殺しの丸い窓の向かいにドアがあった。


 「ここが、師匠の部屋だったんだ。」


 ベルデッドに続いて、亜美が入っていった。

 そこは、ベッドとタンスがあるものの、綺麗に片付いていて、生活感がまるで無い部屋だ。

ベルデッドは、そのまま奥のドアを開けると、そこから重そうに木箱を引っ張り出した。


 「これは、師匠が若い頃に着てた服で、置いてったんだ。売るなりなんなりしていいって、言ってたし、ちゃんと、洗って浄化魔法を掛けて保存してあるから、着れそうな服は好きに使ってくれていいよ。…気に入らなくても、取り敢えず、着替えて欲しい。ごめん、こっちの都合で。着替えたら、さっきの部屋に来てくれないか。これからの事を相談したい。」


 言うだけ言うと、ベルデッドは、そそくさと出て行った。


 服はどれも、リネンと綿の間のような手触りで、気持ちが良かった。

ゆったりしたワンピースや、可愛い刺繍の付いたブラウスにアンクル丈のスカート、色も派手すぎず、亜美の好みだ。

ベージュのブラウスに、薄茶のスカートを合わせ、靴は探したが無かった。スリッパのままだが、明日

買ってきてもらう事にした。


 1階の部屋に戻ると、ホッとした顔のベルデッドが、座っていた。

 テーブルには、占い師が使うような、透明の水晶のような石が、黒い台座に鎮座していた。


「ま、座って。」


 向かいの椅子を勧められ、亜美は素直に座ると、ベルデッドは説明を始めた。


 「さっき師匠の部屋に行く途中で見たと思うけど、俺は薬を作って販売してるんだ。師匠がいた時は、2人で作って、売ってたんだけど、独り立ちしたところで、大口注文が入って、ご飯を買いに行く暇も無い位で。やっと作り終えたと思ったら、あのザマだよ……本当に申し訳ないと思ってるんだけど、ご飯作りと販売を手伝って貰えたら、ありがたいなって思ってるんだ。勿論、給金もちゃんと出すよ。どうだろう。販売の手伝いが難しいなら、ご飯だけでも作ってくれたら嬉しいんだ。」


 亜美は、ベルデッドを見つめた。髪の毛はちょっとボサボサだが、眉も凛々しく、涼しげな目をしている。薄い唇は硬く結ばれていて、黙っていたらイケメンだ。

だが、出会いから情けないところしか見ていないから、何となく憎めない弟のような気持ちになっていた。

 ここに住むのも、店を手伝うのも嫌と言っても、知り合いもいないし、行くところも無い。


 ーーーーー選択肢は無い、と、言っても過言では無い。


 「わかったわ。ドアが開くまで、お店の手伝いとご飯作りはするわ。あの木箱の中の服はとっても可愛いものばかりで気に入ったから、遠慮なく頂いて、着させてもらうわね。ただ、靴がないの。だから、靴だけ買ってもらって良いかしら?お給料の前借りでお願いします。」


 「わかった。靴だね。明日、店が開いたらすぐに買いに行くよ。給金は別で、ちゃんと払うから、安心して。本当にありがとう。俺のお願いを聞いてくれて。アミには、感謝しかないよ」


 「私は、ベルデッド以外には、誰も知らないし、どうしたら良いのかわからないから、帰るまでこの国の常識なんかを教えて貰いたいわ」


「そうだよね。俺もなんでも教えるし、アミも気になった事は、なんでも聞いてよ。」


「この水晶みたいなものは、何?」


「あぁ、これは、魔力を測定する魔道具だよ。色と光で魔力を測るんだ。色で魔力を、光で魔力量を測る。魔力は、火、水、風、土、光、闇がある。例えば、火の魔力がある者は、自分の力で火を出す事ができる。大きな魔力を持つ者は、大きな火を出す事ができるが、小さな魔力しか持たない者は、小さな火しか出すことは出来ない。ただ、精霊に頼んだら、対価は必要だけど、持っている魔力以外の魔法は使えるよ。大抵の場合は、自分の魔力だ。誰でも、精霊に頼める訳じゃ無いし、対価は精霊の気分次第だから、余程のことが無いと誰も頼まないね。俺は、光の魔力があるから、浄化と治癒魔法を込めて薬を作る事ができるんだ。さ、アミ、この魔道具に手を置いて見て。」


亜美が、丸い石に手を置くと、緑と青に光り出した。光は、強く広がり2人を包み込んだ。

驚いた亜美が手を離すと、光はあっという間に石の中に戻っていった。


「水と風のすごい魔力を持ってるよ。かなり、強く光っていたから、魔力量も多い。2つの魔力を持つ者は、中々いないし、王宮の魔術師にもなれると思う。」


「ならないわ、興味ないです。」


「自分の意思をはっきり言えるのは、いいね。魔法使い向きだ。魔法は、自分のイメージと意志で作られるものだからね。明日から、時間を見つけて、魔法の使い方も教えるよ。」


「ベルデッドが、私の魔法の先生ね。雇い主で先生、明日からよろしくお願いします。」


亜美が、礼をすると、ベルデッドは、赤くなりながら、「アミは、大袈裟だよ。そんな風に言われると、照れるから、無し無し!気楽にしてくれ〜〜〜」と、言いながら立ち上がり、家の中の説明を始めた。

 

 1階には、キッチンとお風呂とトイレがあった。それぞれ魔道具仕様の物で、日本の物と使い方も大差無い様だ。

 勝手口と思わしきドアがあり、そのドアは薬草畑と家の周りに通じるドアだ。

 2階は、店だが、カウンターの後ろの棚に薬瓶が無ければ、なんの店か分からない位に何も置いていない。

端に丸い小さなテーブルと椅子が2脚。


「お薬は、種類が少ないの?あまり置いていないのね。」


アミが見渡しながら、尋ねると、ベルデッドは笑いながら、「そこに置いているのは、通常の薬草で作った薬なんだよ。魔法で練った薬は、あっちの部屋の棚にしまってあるんだ。個別注文で作ってるから、取りに来たら、そこから出すって感じだよ。」

「その部屋で、薬を作ってるから、必要な時は声をかけてよ。」


「あ、こっちのドアが、街に通じるドアなんだ。お客は、ここから来るし、俺達も街に出掛けるなら、このドアから行けば、すぐだよ。さっきも言ったけど、この家はサスティナの森の中に建ってる。このドアを使わないと、家から、街までは、馬で1日は掛かるからね。気を付けてね。」


亜美は、1人では出掛けないようにしようと、心に誓った。


 3階は、先程入った師匠の部屋で、4階はベルデッドの部屋となっている様だ。

 亜美は、師匠の部屋を使わせてもらう事になった。部屋の中のものは自由に使わせてもらえる様だ。 


 疲れ切っていた亜美は、すぐに深く眠っていた。



朝、目が覚めて1階に降りた亜美は、すでにベルデッドが起きていて街に出かけて靴と朝食を調達していたのに驚いた。2人で、ご飯を食べながら、今日の予定を話す。


「今日は、午前中に注文を受けていた薬を取りに第2騎師団のやつが来るから、来たら教えてよ。

俺が、倒れそうになった原因の薬なんだよ。効果は高いけど、作るのが大変なんだ。勿論、お代も高いから騎士団位じゃないと、注文しないけどね。」


「そうなのね。わかったわ。そうだ、お金の種類とか大体どの位の価値になるのかを教えて欲しいわ。」


「小銅貨、大銅貨、小銀貨、大銀貨、小金貨、大金貨があって、小銅貨10枚が大銅貨1枚、大銅貨10枚が小銀貨1枚、小銀貨10枚が、大銀貨1枚、大銀貨10枚が小金貨1枚、小金貨10枚が大金貨1枚だ。価値は、さっきかってきたバゲッドサンドが1つ大銅貨3枚だ。靴は、小銀貨3枚だ。今度、一緒に街に出たら、実際に価値もわかるんじゃ無いかな。」


「ありがとう。そうよね、使ってみないとわからないよね。一緒に街に出掛けた時に、また教えてね。」


「さ、食べたら庭で、魔法を使ってみようよ。こっちも、実際に使わないと覚えられないからね。」





*****



 正直に言っちゃって良いだろうか。


 ここの生活は、楽しい。


 魔法も、心の中でこんな感じ〜位のイメージで十分に使えるから、今まで手でしていたらしい洗濯だって、自動洗濯機のイメージで簡単にこなせる。洗剤は、何とサボンの実というのがあって、それを潰したら汚れもよく落ちる。まるで、日本のジェル・ボ…。洗ったら、風の魔法で一気に乾かすし、ストレスフリーだ。


 薬草も、ラベンダーなどのハーブもあり、効能もほぼ一緒。化粧水が欲しくて(何と、この世界には基礎化粧品が無いの!!)摘み取ったラベンダーを、私の作った球状の水の中に入れ、圧搾して、化粧水を作った。


 ベルデッドに見せたら、褒めてくれた。嬉しい。


 これだけでも、香りもいいし、ラベンダーの効能なのか肌の調子も良い。興味を持ったベルデッドに少し分けたら、その中に治癒の効果を入れたものを作ってた。

ちょっと貰って付けてみたら、驚いた事に、肌に透明感が出て、若返った感じ…治癒魔法、凄いな。


 ベルデッドと一緒にいたら、楽しい。 


 自分でも、薄々気付いてるけど、私、浮かれてるよね。好きになっちゃってるよね…

 黒髪と思っていたけど、お日様に当たると、濃い紫色だった。紫色も似合ってる。


 些細な事を、話してるだけでも、穏やかな気持ちになる。ずっと、このまま居たいって思ってしまうけど、家にお母さんのお骨を、置いたまま。

 

 『死んだら、樹木葬にしてね。』て、ずっと言ってたし…


 気がかりなまま、過ごしてる。


 帰りたいけど、帰りたくない。





*****





 アミがここに来てから、楽しい。


 アズライト国の精霊の家と言えば、代々薬屋だ。 

国でも滅多に居ない光の魔力持ちのみ、弟子になれる。師匠は、優しいけど、修行は厳しく、しごかれた。

 精霊の家の薬は、高価だが、千切れた腕だって、たっぷり塗ってくっ付ければ治る。それは、魔力のせいだけではなく、効能の良い薬草を使ってこその薬効だ。その分、学ぶ事も多い。自ら、弟子に成りたいと志願したのは、光の魔力が発現した10歳の頃。うまく出来ない事も多く、何度も泣いた。遊ぶ事なく大人になったせいか、幼馴染みには、笑顔が無いって言われてしまう。

 

 だが、アミが来てから、顔付きが穏やかになったって言われる。それはそうだと思う。

 

 アミと話すと楽しい。食事も美味しいし、魔法の練習も楽しい。大事な事だから、敢えて2回言うけど、アミの作るご飯はめちゃくちゃ美味しい。アミは、何をしてても可愛いし、楽しい。一緒にいると心が沸き立つ。


 アミは、魔法のセンスがあるんだと思う。

ちょっと教えるだけで、こっちが考えもしなかった魔法を使う。洗濯を、魔法でするなんて、考えもしなかった。同じサボンの実を使ってるのに、今まで以上にきれいになってると思う。


 この間は、【化粧水】と言う物を作ってた。顔に付けて、肌の調子を整える物らしい。顔に付けるものと言えば、普通は、シルルの油を薄く付けるくらいだが、ちょっとベタつくので、何もつけない人も多い。アミの化粧水に、チョットだけ治癒魔法を足した物を使って貰ったら、アミの肌が、今まで以上に艶々になった。アミも喜んでくれた。アミが喜ぶと、俺も嬉しい。


 そして、これは店でも結構売れている。女性に人気の商品だ。アミは、どうやら、色々な化粧品なる物も、作ることを試行錯誤している。

 『女性にとって、美は永遠のテーマよ〜〜』だ、そうだ。勉強になる…


 アミ、ずっとこの家にいてくれないかな。可愛いし、楽しいし、優しいし、大好きだ。 


 そう、大好きなんだ。 


 ずっと、一緒にいて欲しい。結婚して、子どもも……。



 こんな気持ちは、初めてだ。



 



*****


 

 「この化粧水を付けたら、肌が艶々になるから、手放せないわ。」



 楽しそうに話しながら、化粧水を買っているのは、街のパン屋の看板娘のステラだ。気のいいステラは、亜美とすぐに仲良くなり、お洒落の話や、街の情報など、いろいろ教えてくれるので、亜美は、とても助かっている。


 ここに来てから2ヶ月以上経ち、亜美は、販売の仕事も慣れてきた。笑いながらステラと話している姿を、薬草の選別作業をしながら、見ていたベルデッッドの口元は、嬉しそうに口角が上がっていたが、本人は気付いていない様子だった。


 それを、ちらりと見たステラは、亜美に囁いた。


 「ベルデッドさんは、顔は良いけど、無表情でちょっとコワイって有名だったのよ。でも、最近優しい顔になってきたって、話よ。明日の星祭りは星のアクセサリーを持った子達が、ここに押しかけるかもね。ま、ベルデッドさんは、どれも受け取らないでしょうけど。」


 「明日は、お祭りがあるの?星祭り…告白祭り?」


 「こくは…アミってば、面白い事いいうわね〜元々は、ルディアーノの日と言って、沢山の流れ星が一度に見られるの。本当に星が降ってくるみたいなの。それを見ながら星に感謝をする日なんだけど、何年か前から、星祭りの日に、好きな人にその人に似合う星のアクセサリーを贈って、告白をして、一緒に星を見ることが出来たら、永遠の愛を得られる…って、噂で。みんな、盛り上がってるの。」



 「星に感謝…素敵ね。ステラは、一緒に、星を見る人はいてるの?」


 「私は、今年も、家族と見るつもりよ。早く素敵な人が、現れて欲しいわ。」


 

 ステラが帰った後、亜美は、ベルデッドに星祭りの話をした。本当に、降る様に流星が見られるなら、ぜひにでも、見たいと思ったからだ。


 「ルディアーノの日は、星に感謝をする日でも有るけど、精霊に感謝をする日であるんだ。この家は、精霊と縁が深いから、毎年、店を閉めて、精霊のお供えを作って捧げるんだよ。夜は、一緒に星を見よう。この家の屋上は、周りに遮るものが無いから、街よりも星が近く見えて、本当に綺麗なんだ。」


 亜美は、流星を見られるのを素直に喜んだ。そして内心、明日、ベルデッッドが告白されるのを、見なくて済んで、良かったと独りごちた。



 次の日、朝早くからベルデッドと共に、朝露を集め、小麦粉と沢山の砂糖に、魔力と集めた朝露を込めて、練る。纏ったら、フェンネルシードを入れて、また魔力を込めながら、混ぜる。一口大に丸めて、薄くした物を、オーブンで焼く。供物は、魔力入りクッキーだった。


 ベルデッドの魔力入りクッキーと、亜美の魔力入りクッキーが、出来上がった。


 2人で家の屋上に上がり、ガーデンベンチに白い布を敷いて、供物を並べる。


 「これで、準備は整った。精霊は、供物を食べる姿は、人には見られたくないらしいから、俺達は、下でお茶でも飲もう。」


 ベルデッドは、亜美に声を掛けて、下に降りて行った。

 亜美は、屋上から見える景色に目をやりながら、後からついて行った。


 森は、この家よりも低い木が多く、屋上に登れば遠くまで見えるが、とても深く、どこまでも緑の木々しか見えない。何度か、ベルデッッドと森の中にも行った事があるが、家からはそれほど離れていない所しか行った事しか無い。家が見える範囲は、この家に、守られているが、それ以外の所は、魔獣の類もいて、危険と隣り合わせの森らしい。それを聞いた時は、恐ろしいと思ったが、精霊の木の守護の力の凄さを感じた。この家の柱に、どれだけの力が秘められているのだろう。そう思わずには、いられなかった。



 2人でキッチンでお茶を飲んでいると、亜美はホッとしたのか、疲労感を感じて睡魔が襲ってきた。


 それを見たベルデッッドは、「アミ、魔力切れを起こしかけてるんじゃ無いか?あの膨大な魔力が切れるなんて、供物にどれだけ魔力を込めたんだ?」


 「ん?わからないよ。美味しくなれ、喜んで欲しいって思いながら、作っただけだし。」


 「倒れる前に、部屋で休んだほうがいいよ。お昼ご飯は、街で買ってくるから。今日は、祭りだから、今日だけしか、売ってない物あるから、楽しみにして、休んでてよ。で、元気になったら、一緒に街で出店を見に行ってもいいしね。」


 ベルデッッドの言葉に甘えて、休む事にした亜美は、部屋に戻りながら、ベルデッドが街に出掛けたら、女の子達から告白で囲まれるのかな?見たくない…それなら、部屋で寝てた方がマシだな、と思った。


 好きだと言う勇気もなく、ずっとここに居たいのに、帰りたい様な、揺れ動く弱い自分の心と比べ、告白をする女の子達の、真っ直ぐな心が羨ましい気持ちを思いながら、眠りについた。


 どの位眠っていたのわからないが、スッキリして、キッチンに降りていくと、ベルデッドが居た。


 「アミ、楽になった?大丈夫?」


 心配そうに、尋ねてきたので、亜美は、安心させる様に、「もう大丈夫よ。ご心配おかけしました。」と、言いながら、笑顔を見せた。


 ベルデッドは、ホッとした様子で、「完全に魔力切れを起こしてしまうと、前の俺の様に、動けなくなってしまうから、気を付けないといけないよ。お腹が空いただろ?沢山買ってきたから、一緒に食べよう。」


 「魔力切れを起こした後は、いつも以上に食べたくなるものだから、もう入らないって思うまで、食べた方が、魔力の回復も早いんだ。さぁ、食べよう。」

 

 「どれも美味しそう。ありがとう。こんなに沢山、買ってきてくれて。」


 2人で、お腹いっぱい食べた後、お茶を飲みながら寛いでいると、ベルデッドは、懐から布巾に包んだ物を取り出した。


 「さっき、屋上の布を片付けに上がったんだ。そしたら、アミの供物を置いていた場所に、これが置いてあった。」


 見せながら、布巾を広げると、2cm程の赤くて透明なドングリのような物があった。


 「初めて見たんだけど、これは “精霊の返礼” という物だと思う。これは、アミの供物のお礼だから、アミのものだよ。これを使ったら、精霊に何かお願い事が出来るって、言われてる。これを使って、帰るか?」


 ベルデッドは、真剣な顔で、さらに続けた。


 「俺は、アミに助けられた。とっても感謝してる。今は、その気持ちだけじゃなくて、アミと一緒にいるのが、楽しいし、心が沸き立つ様な気持ちになるんだ。アミの事が好きだ。ずっと一緒にいて欲しい。ここは、アミの居た世界じゃないし、アミの世界にはアミの大事なモノが沢山あるのはわかってる。こんな事を、言うのが俺の我儘だって言うのもわかってる。でも、もうアミの居ない家なんて、考えられないし、離したくない。結婚して欲しいんだ。」



 「私……来てすぐなら、喜んですぐに帰ったと思う。でも、ベルデッッドと暮らす毎日は、とても楽しくって、ずっとここに居たいって思ってしまってたの。でも、ここに来た日は、母が亡くなってお葬式をした日だったのよ。私のいた世界では、亡くなったら、火葬場で焼いてもらって、その骨をお墓というものに納めて、忍ぶのよ。私は、お墓に納める前にここに来てしまった。私には、親戚ももういなくて、身内は母だけだったの。大事な母のお骨を、ほったらかしには出来ない。だから、一度帰ってお墓に入れてあげたいの。そして、ここに、戻ってきたい。その、“精霊の返礼”で、そんな事ができるかな…?」


 「精霊をの交渉は、言葉次第だから、よく考えてから呼び出した方がいいと思う。それもとても大事な事だけど、アミ…」


 ベルデッドは、あみを抱きしめて、囁いた。


 「アミも、俺と同じ気持ちなんだよね。嬉しい。アミ、大好きだ。あぁ、離したくない。」


 いつもと違う情熱的なベルデッドに、亜美は戸惑いながらも、とても嬉しく思った。


 「私も、嬉しいよ。ずっと、片思いだと思ってたから。」


 「今日は、星祭りだ。先に告白しちゃったけど、一緒に星を見よう。永遠の愛を得られるんだったよね。俺は、アミの永遠の愛が欲しい。」


 ベルデッドが甘い。亜美は、嬉しいけれど、恥ずかしくて、赤く色付いた顔を、上げられなかった。


 日が暮れて、屋上のガーデンベンチに座り、流星を待っている時に、ベルデッドは、中に紫の星が散りばめられている、透明な石が付いたペンダントを出してきた。


 「ペンダントは、買った物だけど、俺の治癒魔法を付与したんだ。アミが、怪我をしませんように。」


 そう言いながら、そっと亜美の首に掛けると、石はアミを守る様に、心臓の上辺りに鎮座した。

 


 流星は、綺麗と言うよりは、自然の凄さ、畏怖を感じる程だった。

 一度に幾つもの星が流れ、まるで、星の雨の中にいるようで、自分達が小さく、頼りない存在であると、思わせられた。


 亜美は、怖くなり、ベルデッドに思わずしがみついた。

 ベルデッドは、しっかりと抱きしめ、「星は、ここには落ちては来ないから、大丈夫だよ。」と、言いながら、亜美の頂に頬擦りをした。


 「アミ、もう星は降ってこないよ。」


 抱きしめたままのベルデッドが、囁き、顔を覗き込んだ。そのまま、亜美の唇を何度も啄み、そのまま、口づけは、深くなった。2人は、長い時間そこを動かなかった。まるで、今日という日が終わるのを、恐れるかの様に……。


 



 


 次の日、精霊の木の柱の前に立ち、"精霊の返礼"を握りしめた亜美は、「私を元の世界に帰し、用事を済ませたら、ベルデッドのいるこの家に戻して欲しい。」と、呟いた。


 すると、暖かい風が吹き、目の前に大きな赤い猫がいた。


 『我が名は、フレイ。その願いを叶えよう。ベルデッドが住むこの場所に。月が満ちるまでに戻るだろう。』

 


 そう言うと、柱に扉が出現し、亜美が開けると、元の家の廊下が見えた。赤い猫のフレイは、亜美の足元をするりと抜けて、扉をくぐって、亜美の元の家に入って行ったようだ。

 亜美は、ベルデッドの方に向かって、「直ぐに、済まして戻るから、待ってて…」

 

 そう言うと、元の世界に戻って行った。



 亜美は、家に戻るとすぐに日付の確認をした。

 あちらでは、3ヶ月以上いたはずなのに、こちらでは1ヶ月も経っていない。

 月が満ちるのは、いつまでなのか、よくわからなかったが、全てを急いで用事を済ませることにした。




 ベルデッドは、あっという間に亜美が帰ってしまったので、気が抜けてしまい椅子に座り込んでしまった。

 いつまで座っていたのか、お客が呼んでる事に気が付いた。名前持ちの精霊が、月が満ちるまでと、言っていたのだ。

 腑抜けた男と呆れられたくないと思い、気合を入れていつも通りに店を開けた。




 全てを終え、亜美がソファに座ると、『ニャー』と、鳴き声が聞こえる。廊下に出てみると、母の部屋の前で、あの赤い精霊猫のフレイが、鳴いていた。

 亜美は、今、繋がっているんだと確信を持って、ドアを開けた…



 ベルデッドが、驚いた顔でこっちを見ていた。


 亜美は、「ただいま。」と、言いながら、ベルデッドに抱きついた。

 「おかえり。」ベルデッドが、抱き締め返した。



 2人は、ずっとこの精霊の家で、幸せに暮らした。







*****

 


 俺は、精霊のフレイ。火の精霊だ。


 精霊だから、気の向くまま過ごしていたが、つい、美味しそうな魔力の香りにつられて、この家に、入ってしまった。

 

 そして、そっと2人の手伝いをしたり、魔力を貰ったり…まぁ、ここでもそれなりにのんびりと過ごさせてもらってた。


 この家の、柱である精霊の木は、意志を持っている。


 この家、というか、あの柱は、ずっと愛し子に住んでいてもらいたいらしい。


 人の営みをずっと見守っていた柱は、愛し合っている人は、同じ家に暮らし、子どもを産んだりする事もあると知った。愛し子の子は、愛し子!の可能性に、掛けてるって、柱が笑うんだよ。


 ひゃ〜〜〜。

 笑い声を聞いた俺は、全く笑えなかったよ。


 そこで、愛し子であるベルデッドに合う愛し子を探し、見つけた。

 異世界にまで、手を伸ばして探すなんて。すごい執念だ…ほんと、恐ろしいよ。

 


 あいつら、偶然が重なって!なんて、思ってんだろうな。

 柱に、踊らされてんだよ。思惑通りにな…。



 ま、あいつらが、幸せだと感じてるなら、それでもいいのか……。


 当分、見守っとくか……。


 

 



 















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