奴等と僕
商品を持ち店内から出ていく
店員さんがそのまま見送りに来てくれた
お客さんが他にいなかったとは言え何と言うか申し訳ない。
「今日はどうもありがとね♪ またのご来店を~」
「こちらこそありがとうございました、えッ と?」
「ん? あぁそういや名乗ってないね
私は佳浪沢 恵[かなみざわ けい]ここの店主でーす」
「店主?」
「そだよー、私1人しかスタッフが居なくて大変なんだこれが」
「バイトを雇うとかは?」
「あー何て言うか、面接したら何か嫌な顔されるんだよね」
「もしかして今回みたいに捲し立てて話してます?」
「……ぴゅッぴゅ~」
あからさまに誤魔化そうとしてるが態度で丸分かりだ
しかし1人でお店を切り盛りしてたのか若いのに頑張っているな
「それで? 少年の名は?」
「あ、金守潮です」
「潮君ね~よしよし覚えた、それじゃあ潮君またねー♪」
「はい、えっと佳浪沢さん」
そう言って帰ろうとした僕の肩をガシッと掴み
そのまま頭にヘッドロックをかけてきた。
「むず痒!? 恵でいいよー!! ってかそう呼べよー!」
「ぁはぃ! 恵さん!?」
「よしよーし良い子良い子♪」
僕の頭頂部をぐりぐりと拳で圧しながら笑顔で褒めてくる
そしていかにも姐さんと言った雰囲気を醸しながら胸を反らす。
「またのご来店を~ばいばーい」
僕を離した後投げキッスや腰をくねらしたりと何となく鬱陶しいポーズを繰り返して
満足したのか最後は呆気なく普通に手を振って別れた。
「はぁ……凄い人だったね」
「でしたね、あれは相当の剛の者です」
「だね……」
「私も見習おうと思います」
「マジで勘弁して」
「冗談ですよ?」
そう言いつつも眼が真剣だったので恐らく半々で本気だったのだろう
あのテンションが常に近くに居たらきっとノイローゼで入院する。
「それはそうとイグニカさんごめんね
一緒に選ぼうって言っておいてまさかあんなに構ってくるとは思ってなくて
それにサイズとか分からずに適当に買っちゃって」
「それでしたら大丈夫ですと伝えましたよ、物があるならサイズを変更すればよいのですよ」
「え!? そうなの」
「はい」
「それなら……まぁ良かった」
改めて彼女の力は何でも有りだと自覚した。
驚きつつ僕は携帯で時間を確認する
お店の中では落ち着いて時計を見る暇もなかった。
携帯を開き時計を見ると13時45分を示していた。
「結構時間かかっちゃったな」
「時間はまだありますか?」
イグニカさんが申し訳なさそうな声で聞いてきた。
「まだ大丈夫だよ、バイトまでは時間あるし」
「それなら良かったです」
バイトは17時からだしそのまま行けるように準備もしているから
限界まで遊べるそう考えれば十分時間は残っていた。
「じゃあこれからどうする?」
「そうですねまずは……服を着てもよろしいでしょうか?」
「あ」
そう言えば当然だった
透明ではあるがイグニカさんずっと裸だったのだ。
「ァ……」
改めて自分が裸の美女を連れ回している男だと自覚した。
「マスターえっちですよ」
「確かにそうだけども考えたのも僕だけども、イグニカさんにだけは言われたくない!!」
男である以上どうしたって想像してしまうものだと主張したいが
それは男として何か負けた気がするので心の内に留めておいた
それを感じ取ったのかイグニカさんがにやついたのが見えた気がした。
元々は最初に決めた案でいく筈だった、イグニカさんがトイレに入り着替えて出てくる
しかしそれだとトイレから入ってないのに突然人が出てくるってことになる。
もしその光景を一部始終見られた場合後で確実に噂になる
そうなったら困るのでその案を却下し一旦イグニカさんが一人で僕の部屋へ戻り
着替えて帰ってくるという案に落ち着いたがそれだと時間がかかりすぎてしまうのではと聞いたが
「問題ありません」
その一言と共ににこりと笑った
イグニカさんの話では5分程で戻れるそうだ
足が早いとかの次元ではないと思ったが彼女なら可能だろうと納得した。
少しして商店街の入り口まで戻ってきた
そして、イグニカさんが戻ってくるまで僕は待つ
イグニカさんは5分で学生寮へ行き着替えて帰ってくる
そう決めて近くの広場で待ち合わせすることにした。
「それではマスター少しだけ待っていてくださいすぐ戻りますので」
「うん、わかった」
「では!」
言葉を交わした瞬間強風が吹き木の葉が舞う
恐らく凄まじい勢いで跳躍したのだ。
「なんだ!?」「すごい風」「うわップ」「目にゴミが!?」「キャー」etc
イグニカさんが起こした強風で一般の方々が騒ぎ出す
風も穏やかな昼時にいきなり強風が吹いたのだ
当然と言えば当然でその被害を間近で受けた僕の顔の皮は酷く蠢いた。
正直に言えばイグニカさんにもう少し離れてから行ってくれと
小言の1つでもかましてやりたい気分になった。
時計を確認する時間は14時丁度
「5分かぁ」
何かをしていれば直ぐに過ぎるが待つとなれば少し長く感じる
単純に時間として考えれば短い筈なんだが何故こうもソワソワして待ち遠しく感じるのだろう。
〈全部が全部初めての事だから興奮してる、のかな?〉
きっとそうなのだろう
落ち着いて良く考えてみればこの後すぐに
今日買ったばかりの綺麗な服を着た美人な女性が僕の元に来てくれるのだ。
普通なら考えられないシチュエーションだ
「ッ」
身体から変な汗が出る
心臓の鼓動が急に早くなり口と舌が乾き始める
今更ながらに自分が置かれている状況に不安定さを感じ
近くにあった腰掛けで座ったり立ったりを繰り返す
端から見たら酷く不審に見えるだろうが僕は其どころではないのだ
何かをしていないと落ち着かない。
〈そうだ! この後どうするか考えよう
この後イグニカさんと出掛けるんだし時間もあんまりないし早く決めないと!〉
心の中でも焦り始めながらこの後のスケジュールを考える
そう言えばこの近くに何があるのか調べるのを忘れていた
それを思い出して携帯を開きマップを確認していく。
そうこうしていると僕の影を別の影が覆った
〈ん? イグニカさん早いな、まだ2分くらいしか経ってない筈なのに……忘れ物?
いや袋は無いからイグニカさんが持ってるはず……もしやもう5分経った!?〉
そう思い急いで顔を上げた
するとそこには
「お! やっぱ潮じゃん」
「!?」
そこにいたのは学校で僕に絡んでくる奴の1人だった
〈え? 何で?〉
疑問が頭を支配する
しかしそれに答えは返ってこない
僕の心を読んでくれる人は今ここには居ないからだ。
「おーい! やっぱ潮だったぜ」
「えーマジで?」「何やってんだぁ? 優等生」
「サボりとかサイテー」「お前に言われたかねぇよ!」
「「ギャハハハッ」」」
1人が呼び掛けると
ゾロゾロと見覚えのある顔ぶれが集まってくる
そして下品な声と共に僕を囲むように立ち止まる。
「……」
「で? 何でこんなとこいんの?」
「……な、何でもないよ」
「だって今日平日よ?」
「まだ学校の時間だぜぇ?」
「やっぱサボりなんだ? 悪いんだぁ」
「そんな事じゃ良い子になれまちぇんよぉ?」
「お前が言うなよ」
「「ハはハッははハッツ」」
好き放題に喋り続けるコイツ等の言葉を聴く度に
僕の気持ちは荒んでいきどんどんと萎縮していく
コイツ等にとって僕の内面や実情などどうでも良いのだ
ただ好き勝手に言葉を口から吐くだけで傷付く者が居るなんて事にも気付かず
楽しげに話した言葉が凶器になるなんて夢にも思わないのだろう。
僕が弱いのかコイツ等が悪いのかの判別をつけることは出来ない
でも実際に僕はコイツ等が近くに来て話すだけで苦しい
だから無理だと分かっていても心の中で願ってしまう
この気持ちに気付いて欲しいと。
「何でも無くてこんなとこいんならよ、ちょっと遊びいこうぜ?」
「えッ?」
言うが早いか1人に左肩を掴まれた
僕の縮こまっていた思考はそこで漸く動き出した
そして僕は反射的に行動した、してしまった
普段ならば絶対にしないことを。
「!? 離せ!!」
左肩を掴んできた手を右手で強く払い退けたのだ
「ッて! ァにすんだよ!!!」
その行為に腹を立てたのか
そいつは僕の左肩を右拳で殴ってきた
「ッが!?」
「テメェ!! 潮のくせに!!?」
そのまま続け様に僕を殴る
今度は腹に拳を打ち込まれ僕はうずくまった
そして他の奴等も僕に群がってきた。
「ッたくよぉ、弱い癖に調子こきやがッて」
「潮が逆らってんじゃねぇっての」
「そうだよ!」「優等生の癖に頭悪すぎー」
僕は地面に倒され口々に罵声を浴びせられる
それに興奮したのか更に殴られ蹴られ叩かれた
その都度脇や腹や背中から鈍い痛みの信号が送られてくる
止めてと願っても身体は嘘を付いてくれない、とても正直だった。
〈何をやってるんだろ、僕
何で逆らったんだ、いつもみたいにやり過ごせば良かったのに
そうしたらこんな痛い目に遭わず済んだ筈なのに〉
何故、とぼんやりとする頭で考える
そしてそもそも何で此処に居たのかと言う理由に辿り着いた。
〈そうだ、この後遊びに行くんだ【イグニカさん】と〉
理由を思い出し思考がクリアになっていく。
〈そうだ……イグニカさんと遊びに行くんだこいつ等じゃない!〉
僕は身体に力を込める
だが全身に鋭い痛みが走り
そこで力が抜け顔から地面に落ちる。
「あ?」
その行為に気付き奴等の手が止まり
そして頭を踏みつけられた。
「「何やってんの?」「ぷふッ」「カッコわりぃー」」
そう言ってまた笑い始める
「ぐッ」
砂と埃にまみれた瞳から涙が溢れる
情けなくて辛くて悔しくて
コイツ等が妬ましく恨めしくて許せなくてでも何も出来なくて
そんな入り混じった感情が僕の涙腺から溢れて止まらない。
「こいつ泣いてるぜ!」「どこかぶつけたの?」「痛いの痛いのとんでけー」
「大丈夫ー? 潮ちゃーん」
「「「ぎゃはははッハッハハ」」」
そんな僕を見下ろしながらまた笑う
「おい」
ふいに聴こえた声
コイツ等の声が雑音に聴こえるほど澄んだ声
その通る声が威圧的な2文字を形作る。
「「あ?」「なんだ?」」
〈誰……?〉
「何をしている」
「は?」「なにこの人?」「誰?」
踏みつけていた足が頭から離れ
自由になった頭を上げ声がする方へ顔を向ける。
そこに居たのは
人形の様に体温を感じない表情しかし瞳には激しい怒りを宿し
手を硬く握り込みこちらを見据えている
イグニカさんが立っていた。