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貴方の側に置いてください  作者: 茶納福
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洋服と僕


「ふぅッ」

「大丈夫ですか? マスター」

「大丈夫じゃないよ……」

「体調が優れませんか?」

「……イグニカさんのせいじゃないか」

「はて?」

「とぼけないでよ……ぅぷ」


言葉と共に喉が(うめ)く気を抜けばリバースしそうな状況だ


こんな状態になったのは今しがた取った昼食が原因だ

昼食を食べたこと事態は何一つ問題はない

お店の料理が口に合わなかった何て事でもない。


お店に入って注文をした時のイグニカさんに問題があった。


「すみませんお店のメニュー全部お願いします」

「「!?」」


イグニカさんの注文に僕も店員さんも絶句した

そして三回ほど聞き直してくる店員さんに注文を繰り返し

注文通り僕らの前にお店の全品が並んだ。


僕は彼女の狂行を否定をしたがこの時の彼女は一切引かず

鬼気迫る勢いで僕の口に料理を詰め込んできた。

そして食べる僕の反応を見ながら好みとか栄養とかバランスがどうのとかぶつぶつと呟いていた。

その後どうにかこうにか食べきれる筈のなかった料理が

僕の胃に収まると言う原理不明な現象を目の当たりにし

僕らの昼食は終わりを告げて今に至っている。


「ッふ、所でイグニカさんは良かったの?」

「?」

「その、食事?」

「その事でしたら大丈夫ですよ」

「?」

「マスターが食べてる時に横で頂いてましたので」

「……道理で食べきれたはずだ」


〈いや納得しないよ!? 出来ないよ!!

あれ二人で食べれるのお相撲さんでも厳しいよ!!〉


「暴飲暴食は健康に悪いですから」

「いや、馬鹿みたいに頼んだ本人が言う? それに普通はこんなに食べないし」

「……今回の情報を元に食事管理を徹底するべきですね…」

「イグニカさん?」

「いえ別に」

「?」

「ではお昼も済ませましたし、そろそろ買い物に参りましょう」

「……そうだね」


まずはイグニカさんの服を買いに行く

その為に僕らは商店街から少し離れ目的の店へ向かう。


実は商店街に入ってすぐに携帯で調べておいたのだ

流石に商店街で男が女性ものの下着や服を買うと噂になりそうなので

なるべく僕の被害の少なそうな中心街から離れた個人店を探していたら

一軒近場でヒットしたお店があったのだ。


「地図だとここだね」

「そうですね、こちらで間違い無さそうです」


僕らは10分程歩いた後目的のお店にたどり着いた。


店の外観は白が基調の明るい感じで

ショーウィンドウには女性のマネキンが綺麗な服を着て立っていて店全体の雰囲気はカジュアルな感じだ。


「ふぅ」


僕は深呼吸して呼吸を整え左手を優しく握った

それに応じイグニカさんも優しく力強く握り返してくれた。


店の中に入ると内観はトレーラーハウスの様で独特な木の香りがした

そして壁やハンガーラックに何枚も服が掛けてあり

明かりは昼光色で優しい感じの印象を全体に与えていた。


「ぉお」


入る前は緊張していたけどお店の内観や雰囲気に救われた

ここならまた来たいとそう思える。


「いらっしゃい」


すると店の奥から女性の声が聞こえた恐らく店員さんだろう。

こちらへゆっくりと歩いてくる音がする、声からして若い人だろう

少しだけ緊張を高めながら店員さんが来るのを待った。


「あれ、男の人?」


僕の方を首を傾げながら見てその人は現れた。

年齢は20代後半位で目は少したれ目

茶髪で髪型はポニーテールのシャツとオーバーオールを着た女性店員だ。


「プレゼントですか?」

「ぁ」


こちらへ用件を聞きながら歩み寄ってくる

その行動と言葉に僕は息が止まった、身体が硬直して次の言葉が出ない。


「それとも女装?」

「ッ違います!」

「そうなんだ? 可愛い顔してるのに」

「ッ」

「あははッごめんごめん、ついいつもの癖でね

だから新しいお客さん付かないんだよね~」


店員さんはこちらの反応を見ながら笑っている

にやけて僕の次の言葉を待ってるのが腹立たしい。


「ははッそれで? 今日を何をお探しで」

「……プレゼントです」

「へぇ~恋人?」

「違います」

「じゃ貢がされてんの?」

「違いますって!!」

「怒らないでよ可愛いなぁ」

「むぅ!」

「むくれないむくれない」


〈……誰のせいでこうなったと思って〉


「それで? 服の好みは?」

「え?!」

「君の服の好みさ、どうせ着てもらうなら自分の好みで選んだ方が得じゃないか」

「……」


その言葉に僕は少し思案する

イグニカさんはとても美人だ、恐らく何を着ても似合うだろう

それならば僕の好みで選んでも良いのだろうか。


黙ってはいるが右側に何となく気配がある、イグニカさんがいるのだ

恐らく僕が選ぶのを心待ちにしているのだろう。

そして僕の手を握る感触がそうですと伝えてくる。


〈これはしくじるわけにはいかないな〉


俯き考えていると


「じゃーん♪」


店員さんがヒラリと目の前に服を見せてきた。


「これなんてどうかにゃ? 薄手だし可愛い娘でも綺麗な人でもどっちでもいけるぜーい♪」


それは首元が少しふわふわとしたニットワンピースだった。

可愛らしいデザインと落ち着いたグレー色の1枚

更に店員さんはスキニーパンツを2枚持ってきて上下で合わせ見せてくれた。


「ぁ」


ふいにこの服を着ているイグニカさんを想像して見る事にした。


〈……いいな〉


そんな事を考えながら僕は出された服を見る

姿は見えないが僕を見る視線


「買う?」


にやにやしながら聞いてくる店員さん


「買います!」


きっと見た瞬間から答えは決まっていた。


「毎度あり~サイズは合ってる?」

「え?」


そうだった

イグニカさんの身長はおおよそ分かるがスリーサイズ等は全く持って分からない

裸を見たとは言えそれだけで分かれば苦労はしない。


「マスター大丈夫です」


件のイグニカさんが耳元で答える

服の方を改めて確認する身長は大丈夫そうだが本当に問題がないのかどうしても不安が拭えない。


「大丈夫です」


もう一度僕に答える彼女の声には確かな自信が感じられた

僕はそれを信じて彼女の言葉に従った。


「大丈夫です」

「本当に~?」

「大丈夫です!」

「ならりょうか~い」


ずっとにやにやしながら店員さんは服を畳み置いていく。


「それで? 他には?」

「えっと、待ってください自分で見ますから」

「あーそだね、ごめんね~捲し立てて

なら決まったら言ってね~裏にいるから呼んで~」


結局最後までにやにやしながら店員さんはバックヤードへ消えていく

漸く気を落ち着ける事が出来ると僕は安堵した。

とても勢いがあって精力的な人だ、少しうっとおしくもあったが

悪い人でない事は確かだと感じさせる。


実際に良い品を出してくれた

本人を前にしては絶対に言いたくない

まだ会って数分だがからかわれるのが目に見えている。


そして改めて店内を見渡してみる

最初は落ち着いた印象の服が目に入ったが

よく見るとパンク系の服やコスプレ感のある服

恐らくあっち系に使う際どそうな服など本当に様々な服が売っている。


洋服店としては統一感が感じられないが僕らとしては嬉しい品揃えだった

これだけあればイグニカさんが欲しいと思える服も沢山あるだろう。


彼女はきっと自分でこれが欲しい等とは言わないだろうが

出来れば自分の好みに合う物を買ってあげたいと思う。


「マスターマスター」


すると右からイグニカさんの声がし僕がそちらを向くと


「この壁に掛けてある服が欲しいです!」

「どれどれ?」


丁度彼女からこれが欲しいコールを貰った

まさかこんなに直ぐに見つかるとは思わなかった。


そして壁に掛けてある服を確認した


それはメイド服であった


「……」


眼を閉じ開く……メイド服だった


「イグニカさん」

「はい」

「これ?」

「はい」

「……これ?」

「はい」


確かに契約やしもべになる等と言ってはいたが

まさか直球でくるとは思わないではないか。


「ダメですか?」

「うッ!?」


眼に見えはしないが綺麗な瞳を潤ませながらこちらを見ているのだろう

勿論彼女が望んでくれたものである以上その望みは十全に叶えたい


決して意地悪で嫌がっているわけではない

ただあの店員さんを前にして買うことに忌避感を覚えて仕方がないのだ。


「え? ぇえ? やっぱり君そんな趣味が? やだーお盛んだねー」


こんな事を言いながらにやけ面で煽ってくるのが想像できるからだ。


しかし


「マスター……」

「ぅえっとぉ、何故これを?」

「しもべの服のベストオブベストですので」

「……」

「ダメですか?」

「いや、だって」

「メイドを侍らせるのは嫌いですか?」


それはとても夢のあるシチュエーションだが


〈これ買ったらずっと着てそうだもんなぁ……〉


一抹の不安があった。


「安心してください家の中だけですよ」

「……」

「やはり……ダメですか?」

「ッ……」

「……」

「……良いよ、買おう」

「ありがとうございます!」


ここで問題はあの店員さんの弄りをどう回避するかにシフトした。


「何ぶつぶつ言ってんだい?」

「ぅわあ!?」

「わぉ!?」


すると真後ろにあの店員さんが立っていた


「びっくりしたね~!」

「それはこっちのセリフですよ!?」


驚きながらも煽ってくる店員さんが未だ心臓が早鐘を打つ僕の方を見る


「それでー? 少年君が見てたのは~?」


そう言いながら僕が先程まで向いていた方向に顔を向ける


「おっほぉ♪ お目当ての品はこちらかな?」


壁に梯子を掛け先程話に上がったメイド服を持ってくる


「やっぱり君~女装癖の持ち主か!!」

「……」


この問いにどう答えるか僕は一瞬迷った

どう答えてもこの人はからかってくるだろう

なら一層の事どうにでもなれと僕は正直に答えた。


「プレゼントです!」

「……引くわー」

「引くのかよ!?」


どう答えても未来は黒だった。



「ラッピングはする?」

「……お願いします」

「はいはい~」


僕は消沈しながら会計を済ませる、弄られ疲れ返事に覇気を込められない。


あの後インナーを3枚と恐らく売ってないだろうと思いつつも

次のお店に行く気力が出なかった僕は下着は売ってないかを聞きもっと引かれながら本当に色々な種類の下着を出してきた。


「これなら夜も盛り上がるよー」


下着を手に持ちながらテンションを上げる店員さんに弄られ続け今に至る。



「いやー久し振りのお客さんだったからね、ついハッスルしちゃったよね」

「……さいですか」


〈……新しいお客さんが付かない訳だよ〉


「でも、ごめんねホント」

「……いえ」

「本当に久し振りだったからさ、ちょっと嬉しくなっちゃってやりすぎちった……ごめんね」

「……」


この人も苦労しているのだろう

店員さんの言葉に寂しさのニュアンスを感じた僕はそう思った。


「……僕は助かりましたよ」

「え?」

「僕は女性物の服の事なんて分かりません

男物の服の情報だって調べてもちんぷんかんぷんですし

コーディネートとかも全然知らないので正直助かりましたよ」

「君……」

「だからそんなに謝らないでください

確かに最初は鬱陶しいとか思いましたけど、でもお陰で良いものが買えたと思ってます」

「鬱陶しい……」

「だから色々教えてください」

「?」

「また買いに来たときに、その」


僕は左手を少し動かし宙をさ迷った左手はそれを掴んだ。


「!」

「もう一人も連れて」


僕は左を一瞥する

眼に見えはしないが視線が交わったのを感じ

次いで温かく軟らかい圧力が僕の左手を包んだ


「……」

「……」

「あーはいはいごちそうさま」


店員さんは目の前で手を合わせ頭を少し横に振り僕の方に向き直る


「ごめんね勝手に暗くなって、しっかしさっきの君の顔格好よかったねぇ~あんな顔されたら彼女さんもイチコロだわ♪」

「だから彼女じゃ!!」

「あ! そだ慰めてくれたお礼にー、ちょっと待っててねー」


僕の言葉を無視しパタパタとレジ後ろの扉の向こうへ走っていく

10秒ほどして紙袋を持って戻ってきた。


「これ貰って!」

「これ、売り物じゃ?」

「いぃぃーの! 貰って貰ってくれなきゃ燃やすよ目の前で!!」

「無茶苦茶な!?」


店員さんが持ってきた袋を開く

中に入っていたのは白と黒の女性物の襟シャツ2枚

黒のネクタイと黒の中丈のスカート

そして黒のストッキングと黒のブーツだった。


綺麗な服だ

同じ黒でものっぺりと見えない様に少し飾りと意匠が施してある。


「これ、結構高いんじゃ」

「んー占めて売るなら四万くらいかにゃ~」

「いやいや貰えませんよ!!」

「黙りゃ!! 貰ってって言ってんの!!」

「……けど」

「いいの、貰ってよ」

「……」

「何となく君の彼女さんに合うんじゃないかな~って、どう?」


絶対に似合うと断言できる。


「良しなら貰おう!!」


〈エスパーかこの人!!?〉


「まぁ冗談はさておきさ真面目に貰ってよ、これ」

「本当に、良いんですか?」

「うん、女に二言はない」

「……なら、有り難く頂きます」

「はいーこちらこそー♪ あ、他の代金は貰うよ?」

「払いますよ!?」


こんなやり取りと会計を済ませ、僕らはお店を出た。


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