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貴方の側に置いてください  作者: 茶納福
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約束と僕


まず感じたのは重さ、身体の重さだ

その僅かな刺激に全身の毛先が震えた

身体全体に静電気が走った様な感じで、少し快感を感じた。


「ッ……」


口元を僅かに結び意識を切り替える

瞼をゆっくりと開き外界と自分とを繋げる。


「……」


白い壁に白い天井、背中に柔らかい布団の感触

見慣れた僕の部屋、そのベッドの上に僕は横になっていた。


そのままの姿勢で僕は首を右へ傾ける


「ん、ぅ」


僕の右隣にイグニカが寝ていた

もうすぐ目を覚ますのだろう、身じろぎをしながらうわ言ならぬうわ息をもらしている。


そして視線をイグニカを少し越えて移すと


「……」


体育座りをしているシーラと目線が絡む


「ぁ」


僕の視線に気付いたのか、目線を外し隣で眠っている透さんと志摩くんの方を向く


「シーラ」


僕はシーラの名前を呼びながら身体を起こす

イグニカを踏まないように避けてベッドから降りシーラの側に移動する。


僕が動いたのを見て立ち上がろうとしたシーラに手で大丈夫と伝える

それを見て再び座り直すシーラから視線を2人に移す。


「「……」」


眠っている2人を前に僕は夢の中で3人で話し合った事を思い出す。




「透さんと志摩くんには僕らの事を話そうと思うんだ」


シーラが泣き止み落ち着きを取り戻した頃合いを見計らい

僕はイグニカとシーラに今の自分の考えを言った。


「「……」」


僕の言葉を聴いた瞬間イグニカは難しい顔をする

シーラは表情を変えずに僕の顔を見ている。


「余計なトラブルを生む可能性が多いのは分かってる

でも今後の事を考えれば味方は多いほうが良いと思うんだ」


続ける僕の言葉を聴いたイグニカは顔の皺を増やす

するとシーラが少し前に乗り出してきて


「お兄ちゃん、もしかしてお母さんとお父さんと喧嘩するの?」

「「!?」」


シーラのその言葉に僕とイグニカは同様にしかし心情は全く別の内容で驚く。


「潮!!」


ガッ


そのままの勢いでイグニカは僕の肩を掴み迫る


「本当ですか?」

「……ッ」


僕は答えに詰まった


シーラの突然の言葉に驚いたのもそうだが

自分がどんな相手かも正確に把握していないお父さんとお母さんとやらをどうにかしようと考えていた事に気付いて驚いた。


シーラの話を聴き確かにお母さんとお父さん……混乱するので便宜上 創造者としよう

創造者の2人には良い印象はない、危険であると思っている


しかし戦うとなれば誰が戦う、僕か?


違う、イグニカだ

彼女が戦うのだ、自分を産み出した創造者と


「……」

「……」


目線を上げると瞳を潤ませながらも強い視線を僕にぶつけるイグニカ

その瞳は僕に、そんなこと考えてないよと言って欲しいと訴えていた。


僕は自分の不満を解消する為に彼女に今以上の苦しみを背負わせる所だった


「ッ」


ゴッ


増長していた自分を心の中で殴りつけるよりも早く動いた右拳が頬を打つ

弱い痛みがじんわりと頬に残り熱を持って広がる

イグニカがそれを見て目を丸くしている。


こんなものはただの自己満足、生産性のない自慰行為と同じ

イグニカを心配させるだけのマイナス行動

自分の心を制御出来ない未熟な僕の行為


「ごめん、イグニカ心配かけて」


謝罪から始まる僕の言葉、本当に陰鬱で嫌になる


「そんなこと考えてないよ」

「……」


イグニカの指が僕の両肩に食い込む


「……本当ですね?」

「うん、本当だよ」


未だ波立つ心を抑えながら僕はイグニカに笑って答える


僕の今の姿は嘘に塗り固められた虚飾の肖像も同じだ

気持ち悪さ、嫌悪感しかない

それでもやらなければ、汚い考えを持ったのだから

自分の思考と行動に責任を取らなければならない。


「……分かりました」


イグニカが僕の肩から手を離す

それと同時にシーラが僕の前に来る


「お兄ちゃんごめんなさい、私駄目な事言ったんだよね」


シーラが僕に頭を下げる

胸がキュッと痛む、謝りたいのは僕の方だ


だから


「いや……逆だよシーラ、ありがとう」


僕は感謝をシーラに伝えた

気付けたのはこの子のお陰なのだ、感謝しかない。


「本当にありがとう」


僕はシーラの頭を撫でながら続けて感謝を伝える

それを見てイグニカの表情が少し和らぐ


1分程してからイグニカが混じってきて少しだけわちゃわちゃしてから再び話し合いを開始した。




「さっき潮が言っていた事ですが

あの女、透とは話をしても良いかもしれません」


イグニカが僕の話に乗ってきてくれた

透さんの名前を呼ぶ時に少し苛立ちが見え隠れしたが


「透は私達のことを知っている様でしたしまた襲われても面倒です」


確かにそのとおりだ

志摩くんを巻き込むのはただ余計な迷惑を掛けるだけ

対して透さんは元々こちらの事を知っていた様子であり、話すならイグニカの言う通り透さんだ。


「ただ問題は、どうやって透と話をするかです」

「……」


頭の中で希望的な考えを思い描いていた最中に直撃する壁


〈そうだった……どうしよう何も考えてなかった〉


そんなバカ丸出しな僕に救いの女神が舞い降りる


「私にまかせて」


そう言うシーラに僕らは?を浮かべる


「私の糸ならお兄ちゃんとお姉ちゃんの言葉を透に伝えられるよ」

「「マジ?」」

「マジ」


頭の中で すげぇー がやまびこの様に木霊する

暫し馬鹿になった後、冷静さを取り戻して話の続きを始めた。


「じゃあ透さんとの事はシーラに助けてもらうとして、後は……」

「今後の事ですね」


イグニカが僕の方を見ながら言った


「……」


それに対して僕もイグニカの方を見る

僕らは視線を交わして一呼吸を挟んで答えた。


「変わらないよ、今まで通り学校に行ってバイトして遊んでをする一般学生」

「……でしたら私はそれを支える一般従者ですね」


僕の答えにイグニカも合わせる

一般的な学生に従者はつかないがそこは無視していく


「それじゃあシーラ、お願いできるかな」

「うん、わかった」


シーラは頷き右手で部屋と玄関を繋ぐ扉に触れる


「ん……これでよし、じゃあ先に行くね」

「え?シーラ!?」


言うが早いかシーラは扉を開けて出ていった


「……行っちゃった」

「行っちゃいましたね」

「「……」」


もしかして気を使わせてしまったのか

それとも居心地が悪くて一旦僕らから距離を取ったのか

それとも全く別の理由か、どれにせよ悪い事をしてしまった気がする。


「……」


でも、丁度良かったのかもしれない


「イグニカ」

「はい」

「少しだけ身体預けても良いかな?」

「どうぞ」


イグニカが床に座り身体を開き僕の場所を作る

そこに背中から体を預けイグニカに体重をかける

それを優しく包み込む体温と柔らかさ


「イグニカ、重くない?」

「潮は軽いのでへっちゃらです」

「そんなに軽いかな」

「以前よりは体重も増えましたが、標準的な体重からするともう1つ足りない感じですね」

「そっかぁ」


他愛の無い会話、日常的な会話

打算も次の話への伏線も何もないただの会話

そんな数日前は当たり前に出来ていた筈の事が今はこんなにも貴重になった。


体重を解放し全身を預けて解す

ゆっくりと呼吸をし眼を閉じる、それだけの行為で身体が幾分か楽になった。


「疲れてたんだ……」


息を吐く様に言葉を洩らす


「お疲れ様です、潮」

「まだこれから頑張るけどね、その前に少しだけ」

「はい」

「……銭湯行きたいなぁ」

「銭湯ですか? 確かバイト先の近くにありましたね」

「そう言えばあったね……今度行ってみようか」

「良いですね」

「あそこ、結構大きかったよね?」

「そうですね、店構えも立派でしたし」

「楽しみだ」

「私もです」


2人して銭湯に心を馳せ眼を閉じて息を吐きまったりとした顔になる

そこからは会話を止めて1分程ゆっくりと身体を休ませた。




「……よし」


扉の前で軽く身体を動かしながら呟く

短い時間ではあるが休憩をした分身体と心が楽になった。


「では潮、先に」

「うん、お先に」


最初は2人一緒に行こうと話していたのだが

流石に2人で通るとなると並んでは難しく

なら一列でとやってみたら一緒じゃないことに気付き、順番にしようと当たり前の結論に至った。


右手で扉を開ける

眼の前には廊下がありその先に玄関がある

何も変わらない見慣れた視界


「……」


一歩前へ進む

すると身体が眼の前の空間に引き込まれる


「!?」


有無を言わせぬ力が全身に働く

子どもの頃に行った大きなプール施設のウォータースライダー

あの時の全身が流される感覚に近かった


「 」


声を上げる間もなく僕の身体は扉の先の空間に消えた。





「潮!!」


潮が扉の先へ消えたのとほぼ同時に私は叫んでいた


「ッ……全くシーラには後で説教です、潮に恐い思いをさせるなんて……」


……


〈……私が言えたことではない、か〉


自身の行いを振り返り、ため息をつく

しかし直ぐに深呼吸をして気持ちを切り替える。


「よしッ私も」


扉の前に立ち、一歩前へ踏み出そうとした時


「 」

「!?」


私は立ち止まった。


音が聞こえた訳でもなく

何かを見た訳でもなく

誰かに呼び止められた訳でもない

別のナニカを感じて止まった。


言ってしまえば勘であるが、その勘が何かを訴えていた

解読出来ない問に思考を割きながら周囲を見渡す。


「……」


……


〈気のせい、か〉



残る違和感と疑念を胃に押し込み無理やり消化する

謎の感覚といつまでも問答をしている時間は私にはない

今は早急に現実へ帰還して潮の助けにならなければ。



「……」


再度扉の前に立つ


クィッ


首を後ろに部屋全体を一瞥する

少し前と何処も変化した様子はない

湧き出るもやもやを無視して扉を開けて一歩を踏み出す


「!」


前触れ無く前方の空間に否応なく全身が引き込まれる


〈潮が驚くはずだ、そしてシーラもう少し優しい仕様に出来なk〉


シーラへの文句を心の中で述べている最中に意識は途切れ

心と身体は夢から現実へ起床する為に戻っていった。



スゥッ……


イグニカが消えたと同時に部屋の壁や家具が色を無くし消えていく

夢の主である潮が目覚めようとしている影響だろう




「変わらない、今まで通り……か」


ザザッ……ッ……


聴こえてきた声、それと共に部屋の消滅が停まる

いや正確には続いているのだが恐ろしくゆっくりだ

傍目には止まっているとしか認識できない程に遅くなっていた。


「母さまの(わざ)は……いや、シーラの糸は凄いな」


停滞している景色の中で孤独に

色の抜けた部屋の真ん中で語り続ける


自分の出した言葉を思い返し溜め息を吐き現実への扉を前に佇む女性が一人。


「2人共可哀想に」


扉に手を触れて頭を軽く振り再度溜め息をつく


「……そろそろ時間か」


女性は首から下げている金時計を見てそう呟くと

止まっていた部屋の時間が再び刻まれ始める。


……ザッ…ザザッ…


「次に会うのは学校かな」


再び部屋の消滅が始まる

しかしそこにはもう女性の姿は無かった。



……


…………


「……ーラ……」

「……」

「シーラ? えっと、聴こえてる?」

「ッ!? お兄ちゃん!? どうしたの?」

「あ、いや話し掛けても返事がないから」

「ご、ごめんなさい」

「いや、それぐらいの事で謝らないで良いから」

「は、はい」


シーラの様子が普通に戻った事を確認し僕は屈んでいた姿勢から立ち上がりイグニカが寝ているベッドへ目を向ける。


僕が先に目覚めてから数分、未だイグニカは目を覚まさない

イグニカが僕の直ぐ後に扉を通ったとするならもう目覚めても良いはず


〈まさか、夢の中で何かあったのか〉


寝ているイグニカの髪を撫でる

心の中に不安が影を伸ばして寄ってくる。


「シーラ、もう1度僕を夢の中に送る事は出来る?」


シーラに尋ねる


「それは無理だよ、夢の主のお兄ちゃんが起きてるから」

「ならイグニカがまだ起きないの何で?」

「お兄ちゃんの夢から出たなら後は自然と起きるはず、だけど」

「それは後どれくらい?」

「それは、でももうすぐのはずだよ」


この現状はシーラが悪い訳ではない

分かってはいてもイグニカの不在が心に落とす影は大きく

それを振り払おうと表情と声に自然と力が籠もる

それがシーラを威圧してしまっている事実も理解している。


「……ごめんシーラ、言い方キツくなっちゃって」

「大丈夫だよ、気にしないでお兄ちゃん」

「ありがと」


そう言って僕はベッドに腰掛ける


〈……いけない、何をやってるんだ僕は

まだ落ち着ける状況じゃないにしてももう少し冷静になれよ〉


自己嫌悪、自己嫌悪、自己嫌悪……自分に対して好意的に見れない

成功体験が少ないと人間は自身が持てないと言うけれど、僕はその典型例だろう。


頭を掻きながら息を吐く、シーラの方を見ると目が合う

僕は弱い笑顔を見せて上を向き鼻から空気を吸って口からゆっくり吐く

それを2度3度と繰り返す、それだけで身体に不自然に張っていた力が抜ける。


ぐゥ〜ッ


「ぁ」


力が緩んだらお腹の虫が元気になった

緊張と腹の虫は反比例の関係にあるようだ。


「お兄ちゃん、お腹空いたの?」

「……うん、そうみたい」


頭も身体も使い通しだったからエネルギーを欲しているんだろう

僕の頭上にHPが表示されているなら今は赤くなって点滅しているに違いない。


「イグニカのご飯が食べたいな……」

「……」

「少々お待ちを……」


そう言うとイグニカは起き上がり台所へ向かおうと立ち上がる


……


「イグニカ!?」

「はい?」


そこには平静そのもののイグニカが立っていた

いや僕が勝手に自分を追い詰めていただけで

イグニカが落ち着いているのは当然の事か。


「お、おはようイグニカ」

「おはようございます、潮」


取り敢えずイグニカが戻ってきてくれた事に安堵する


「潮、どうかしましたか?」

「え、何が?」


返事を返しながらイグニカに視線を向ける

眼前にあったイグニカの顔と眼に少し驚きながらその瞳を見て、少し考えてから言葉を吐く。


「中々起きないから、ちょっと……いやだいぶ不安になってた」

「ご心配をお掛けしました、もう大丈夫です」

「うん」

「……お姉ちゃん」


僕らの会話の終わりを察しシーラがイグニカを呼ぶ


「シーラ、どうしました?」

「お兄ちゃん、お腹空いたって」

「そうでしたね、どうしましょうか? 簡単なものならすぐに用意出来ますが」


イグニカの言葉に身体は栄養を求めているので100:0で賛成

しかし


「いや、初めてはちゃんと食べよう」

「初めて……あぁ、そういう事ですか」


イグニカは僕の意図を理解してくれたようで笑顔で頷いてくれた

当人のシーラだけが僕とイグニカを交互に見て反応に困っている。


「シーラ、貴女苦手な物はありますか?」

「え、えっと……特には」

「素晴らしい、潮もこういう所は見習って欲しいですね」

「……はい」

「お姉ちゃん? 私じゃなくてお兄ちゃんが」


僕等の意図を読めないシーラが言葉を挟む


「分かってますよ、でも潮の考えには私も賛成なのです」

「どういう事?」

「初めての食事は一緒に食べようってこと」


僕の言葉を聴いたシーラは未だ要領を得ないと言った表情をしながらも

僕等の言葉に何か良いイメージを受け取ったのか口から出た声には嬉しさの色があった。


「一緒に?」

「そう、一緒に」

「私も良いの?」

「問題ありません」

「どうかな? シーラ」


問われたシーラの表情に戸惑いの色は無く

歓喜の色というと大仰だがそれに属した感情が出ていた。


「私も、一緒に食べたい」


笑顔で答えてくれたシーラに僕らも顔が綻ぶ


「なら」「でしたら」

「早く片付けちゃおう」

「早く片付けましょう」



トフッ


立ち上がった僕とイグニカの間にシーラが来て顔を埋める

数回頭をぐりぐりと動かし顔を上げた


返事は


「うん……」


顔をクシャッとしながらもしっかりとした意思と声で返事を返してくれた。



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