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貴方の側に置いてください  作者: 茶納福
43/44

家族と僕2



トンッ……トンッ……


「……ッ」


朝日が目に沁み眉間にシワが自然と寄る

その反射でゆっくりと目が開きボンヤリと涙で滲んだ視界が広がる。


輪郭もまともに捉えられない歪んだ視界の中で

視覚とは別の感覚が先に覚醒を始めた。


音が聴こえる、ゆっくりと一定の間隔で

子どもを寝かしつける母の手のような優しいリズム


僕は逆にその音につられるように身体の向きを変え音の出処を見る。


トンットンッ……


居間と台所を分ける台の向こうに人影が見えた

どうやらイグニカが朝ごはんを作っているようだ。


しかし


「……んぅ……? 」



僕は再び寝返りをうちベッドの端で充電されている携帯を見る

そこには7時28分の表示が出ていた。


「……ん、ん? 」


おかしい、いつものイグニカならとっくに起こしてくれている時間だ

しかも今日は平日学校もある、急げば間に合うがイグニカらしくない。


〈もしかしてずっと頼りっぱなしにしてたから怒ってるのだろうか?そしてたまには自分から起きろと、そういうことか!? 〉


バッ


僕は布団をまくり身体を起こしてベッドを降りる

そして台所へ振り返りながら90度で謝罪した。


「イグニカおはよう!!そしてごめんなさい!! 」


寝起きでカサつく喉を振り絞り若干変な声になりながらも

全力の謝罪を決める僕、さぁイグニカの判定は……


「………………」


〈あれ? 〉


返事が返ってこない、これは


〈もしかして……僕が考えているより相当ご立腹なのか……〉


さぁッと血の気が引いていく

もちろん謝る気はあった、本当に

でも、確かに若干、いや大分ふざけていたのは否めない。



トッ……トッ……


遅い後悔の海を彷徨う僕の耳に先程のとは別の音が入ってくる

しかも、段々とその音は近づいて来ていた。


〈こ、これは〉


イグニカが調理の手を止めて来るなぞ前代未聞、一体どんな制裁が!?


この後自分に降りかかる事態を想像しもはや祈る事しかできない僕の横で足音が止まる。


そして


「お兄ちゃん、夢の中でもお姉ちゃんのことばっかりだね」

「!? 」


瞬間硬直し身体と思考が止まる

血の気が引くどころではない、身体の重みを残したまま血だけを抜かれた様な未知の感覚


そこから次第に心臓が動き血管が生きをし始め

最初に脳と眼と耳が機能を取り戻す。


左側からひひひと笑う声が耳に届く

その声の方へ眼球だけを動かし僅かに視界を左へ移す


そこへ


「ばぁ」

「    」


僕の視界の動きに合わせシーラが現れる

声を失いながらも眼の筋肉は律儀に彼女の輪郭を捉え僕に情報を送り込んでくる。


濡れた様に艷やかな乱れた金髪

取り込まれそうな美しい金眼

血が染み込んだワンピース

そこに歳相応の少女の貌


「  がッ……ァ」


声と呼吸を忘れていた身体は息を吸うのと同時に声を発する。


肺は微かに残った空気を吐き

口は僅かでも空気を求めて吸い込む

ほぼ同時に入出した空気は喉と肺と横隔膜を攻撃し突発的な吐き気を催させる。


「はァッがッツ、ゥおぇッケツカッ……」


2度、3度、未だ満足に空気を吸えていない身体は同じ反応を起こし胃液で喉を満たす

胃液の酸性で口の中に酸っぱさと血の味が混じり

目の前が明滅する程の熱さと痛みを生み出す。


「ェッヅ、かはッ……」


交互に暗転を繰り返し痛みと涙で滲む視界の中で

回らない思考が理性ではなく本能に身体を委ねる

僕の身体は弱々しくふらつきながら動き出す。


無論視界もハッキリせず身体に力もろくに入らない

足取りは重さと軽さをあべこべに痙攣の様に跳び上がったり根を張ったり

本能に従い筋肉と神経が動ける箇所から動き連動性をまるで発揮しない。


そんな様でも僕は何とか再びベッドの上へ辿り着く

しかしそこは勿論袋の鼠である事は理解できた、いつもの僕なら


だが、今の僕はただ逃げたい縋るものが欲しいと蠢き

手が布団を手繰り寄せ握り締めながら震える事しかできなかった。



「はッぜ、はッぁぶ……」

「……」


その最中も僕をじっと見つめる眼

2つの金眼が只々僕の様子を観察する様にこちらを捉え続ける


何処にも逃げ場がない助けも来ない助からない

頭をよぎる最悪の思考に僕はもう妄想に縋るしかなくなった。


「ィグニカ、イグニカイグニカイグニかぁ……ィグニカイグニカイグニカぁ……」


初めて覚えた言葉を何度も使う子どものように

バカの一つ覚えにイグニカという単語とそれ関係する思い出を脳内で巡らせ

心の安定を保つ


その最中も、シーラはじっと僕の方を見ていた。




「……」


窓から射し込む日が徐々に赤みを増していく

一体どれだけの時間こうしていたんだろう


頭の中でもう何度目かも分からない思い出のループに脳が疲れを見せたか、僕は現実に帰ってきていた。


ならば必然


「……」


以前僕を見つめ続ける金眼

夕焼けに照らされ一層妖艶さを増した瞳が僕を捉えている


腫れぼったい目を開き涎と涙と鼻水で汚れた布団を身体から離し意を決して僕は言った。



「目的はなんだ」


枯れた井戸のように潤っていない声で僕はシーラに質問した


それに対し彼女は


「話がしたかったの」


嬉しそうにそう答えた。




「……その前に答えてくれ」

「いいよ」

「ここは、何処なんだ……イグニカは? 」

「ここは、お兄ちゃんの夢の中だよ」

「夢の中……?」


信じ難い事だが今更不思議ではない


「お姉ちゃんはここには居ないよ、連れてこなかった」

「イグニカは無事なのか」

「お兄ちゃんの望んでいる無事ではないかもだけど

生きてるよ、暴れてるけどね」

「……暴れてる? 」

「そ、潮!潮!って感じでずーっと……はぁ抑えておくのも一苦労だよ」


そう言うシーラの表情は若干うんざりとしているのが見て取れる


「他には?何が聞きたい」

「……今は思いつかない」


嘘だ、聞きたい事は山ほどある

段々とここに来る前の記憶を思い出してきた

気を失う前僕はシーラに聞きたいことがあった。


「隠しても駄目だよ?私には分かるんだから」

「!? 」


一瞬思考に意識を割いた僅かな時にシーラが僕の前に居た

驚き僕は壁に頭をぶつけるがそんな事気にならなかった。


「お兄ちゃんが思ってる事全部答えてあげる

だから、お願いします」


そのままシーラは頭を下げ僕に言った


「私を恐がらないで」


そう言うシーラの身体は震えていた。


「……」


本来であれば今起きていることは

全身を銃火器で武装した知性ある熊が銃を構えて恐がらないでと言っているようなものだ。


そんな見当違いな、逆らえる筈の無いお願い

でも、今目の前にいる少女が

本当は悪魔の様な本性を隠し持っているはずの少女が


只のか弱い、助けを求めている子どもにしか見えなかった。



「……ッ」


僕は未だ頭を下げ震えるシーラの頭を撫でた

酷い目にあった、1度は殺された

馬鹿は死ななきゃ治らないというけど

僕は死んでも治らないらしい。


髪をすくように優しく僕はシーラの頭を撫でる

震え強張っていた身体は段々と脱力しゆっくりと頭を上げ

乱れた髪の間から潤んだ瞳を僕に向けてきた。


「分かった」


彼女を、シーラを恐がらない

根拠も自信もない吹けば飛ぶような口約束


それに


「ぇへへッ……」


はにかみながらシーラは笑った

とても特別で大事な事のように


「ッ……」


その後もう暫く僕はシーラの頭を撫でていた。




「えっと、じゃあシーラ」

「うん」


僕らは改めて向かい合い話を始めた


「順に聞いていくね」

「いいよ」

「……」


ある意味、分かりきっていること

でもどうしても僕の考えではなく、本人の口から聴きたい


「君……シーラや、イグニカは何者なの? 」

「……」


僕の質問に対してシーラは少しだけ顔をしかめた

そして数秒後に口を開いた。


「私とお姉ちゃんはお母さん達とお父さん達に創ってもらったの」

「……」


つまり、彼女たちは人工的に産み出された

前にイグニカの成り立ちを2人で話した時に僕はスーパー古代人と言ったが

あれはネーミングセンス以外は的外れではなかったようだ。


「お姉ちゃんは分からないけど、私は沢山人を集めて頭を変える為に創られたの」

「頭を、変える……」

「うん、そうするとお母さんとお父さん褒めてくれるの」

「……」


ギリッ


胸くそ悪い気持ちが込み上げてくる

頭を変える、その表現から想像できる事など悪いものしかない

何が目的かは知らないがお母さんとお父さんと呼ばれる存在に対して

僕はとても良い印象を持てる気がしなかった。


〈……落ち着け、今怒ってこのチャンスをふいにするな……ッ今はこの気持ちを収めるんだ〉


深呼吸をしながら心の隅に気持ちを置いてくる

視線を上げるとシーラが心配そうにこちらを見ていた。


「ごめんねシーラ、大丈夫だよ」

「……うん」


しかし僕の様子を見て口をつぐんでしまったシーラ

雰囲気を変えるため何か別の聞きたいことはと頭をひねる。


〈そういえば……〉


「シーラはどうしてイグニカの事を探していたの? 」


そう、そもそも何故シーラはイグニカを探していたのか

あの日僕は頭山の洋館の地下で縛られていたイグニカを見つけた

しかしこの子ならば恐らくもっと早くにイグニカを見つけられていた筈


「……私も良くわからないの」


僕の質問にシーラは答えを考える様に表情を変化させながら続ける


「最初はお父さんにお姉ちゃんを壊せって言われたの

だから私は言うとおりにした、そしたらお母さんから皆の頭を変えることをするように言われたの

でもその時はおかしくて、お父さんとお母さんの両方のお願いをどっちもしなくちゃってなっちゃって

頭が痛くて痛くて、そしたらいつの間にか……お姉ちゃんを探してたの」

「……」


シーラに命令をしていた2人が仲違いをした、と言うことか

実際の相手の状況が分からないけど

そのお父さんとお母さんは一枚岩ではないわけか


そして


〈混乱したままで命令をこなして、僕とイグニカを殺したっていうことか〉


僕は記憶を辿りあの時の事を少し思い出す


「……」


確かにあの時のシーラは正気には見えなかった

今のこの姿と見比べれば違いは一目瞭然

そして今は多分……


「……ふゥ」


僕は軽く息を吐きながら改めてシーラを見る

僕の一挙手一投足をじっと見つめ僕が動きを見せる度に右往左往する、まるで


〈最初の頃のイグニカみたいだ〉


そう思った瞬間

僕の中にあった毒気と言うかイライラやもやもやといったものが抜けていった気がした。


〈まだ聞きたいことは沢山あるはずなのにな……〉


「シーラ」

「……うん」

「あの時言ってたことは本心? 」

「? 」

「ここに置いてくださいって言ってたの」

「  」


僕の言葉を聴いた瞬間シーラが硬直する

そしてほんの少しして


「あ、あのッえっとま待ってねお兄ちゃん」

「え?あ、うん」


突然慌て出した。


手をワタワタと振って立ったり座ったりを繰り返す


〈どうしたんだ? 〉


そして1分程動き回った後シーラが玄関の方を向いて


「お姉ちゃん」


シーラの言葉に応えるように扉が開き


バンッ!!


「潮!! 」


ザッ!!


イグニカが部屋へ入ってきた。


「イグニカ!! 」

「潮!!!! 」


僕は直ぐ様ベッドから降りてイグニカの方へ走、ろうとした瞬間

既に僕の眼の前まで来ていたイグニカに押し倒される形で壁に後頭部を思いっきり強打した。


ゴンッツツ!!!!


「ッツツツいっッたァ!!! 」

「ッは!?すみません潮大丈夫ですか? 」

「ッつツ……夢の中じゃなかったら死んでたかも」


結構冗談でなく痛い、現実でなくて良かったと心底思える

普通なら頭蓋骨にヒビぐらいはいっていただろう。


「ッ……って、あ!? 」


いけない、そうだ

僕は今までシーラと話をしていてこの状況に納得してるけどイグニカはそうじゃない

ここでまた2人が戦うことになってはまずい


「イグニカ!!これは」


僕は浮気現場を見られた夫の様なセリフを吐きながらシーラとの事を説明しようとする。


「分かってますよ潮、大丈夫です」

「……え? 」


そう言うとイグニカはシーラの頭を撫でた


「この子と潮との会話は見せてもらいました

それに外で散々説得されました、まぁなかば強制的にでしたが」

「だって、お姉ちゃんずっと暴れるんだもん」

「貴方が今までしてきた事を考えれば当然の行動でしたよ」

「だからそれは、何度もごめんなさいしたじゃん」

「謝って済む問題ではありません」

「お姉ちゃんの頑固!! 」

「常識人と言ってほしいですね」

「ぶぅー!! 」


僕は夢でも見てるのか

目の前にまるで本当の姉妹の様にじゃれ合うイグニカとシーラの姿が映る。


いや今はまごう事無き夢の中だから夢を見ているのだが


〈って違う、そんな一人漫才は今どうでもいい〉


「イグニカ、その」

「……わかっていますよ潮、この子を迎えるつもりなんですよね」

「……うん」

「……ぇ? 」


これまでの事、そしてこれからの事

まだ多くの疑問もあり問題も解決したかと言われるとしていない

シーラをここに置く事でより面倒な事になる可能性はほぼ100%と言っていい

加えてこれは僕自身の問題だがこの子を置く事で受け止めなければいけない事もある。


しかしメリットも無いわけではない

打算的な思考、リスクを抱える事でのリターン

この子の気持ちに対しての返事としては最低のもの


でも最終的な決定打は、僕の死んでも変わらない甘い性格


この子を、シーラを放っておけない

それが僕の本心だ。



「それに私の力が戻るまではこの子に逆らえませんし」

「やっぱりイグニカ、今は力使えないんだ」

「……ぇえ、何となく筋肉痛と言うか痺れている様な感覚で上手くコントロールが出来ないです

でも無くなったわけでは無いので少しすれば戻る気がします、多分」

「多分て」

「ぁの……」


そればっかりは、と首を捻るイグニカ

イグニカの言っていた話がふと頭をよぎるが考えた所で今が変わる訳ではないのですぐに切り替える。


「あの!! 」


僕とイグニカの間で埋もれていたシーラが声を張る


「……お兄ちゃん……お姉ちゃん……」

「うん」

「何ですか? 」

「さッさっきのって、そのえっと……」


ぷるぷると震えながらも小さな声で言葉をつなぐ

僕らはそれを急かすことなく笑顔で待つ。


「こ……ここに居てもいいの? 」


僕らの方をじっと今にも泣きそうな瞳で見上げながらシーラは言った

それに対して僕らは一瞬の間を置いて答えた。


「そうだよ」

「そうですよ」



ポロッ


「……」


僕らの言葉を聴いたシーラの瞳から大きな涙が落ちる

そこからまるで堰き止められていた思いを吐き出す様に次々と溢れ出す。


「……ぁれ、なんッで」


止まらない激情の波濤に綺麗な顔がくしゃりと崩れ言葉には嗚咽が混じり始める。


「ぅゥッえッく、ぅええッくッィう……」


顔を上げ大きく口を開きシーラは初めて泣いた


「ぅぁあッああッ、ァッああアあぁア!!!! 」




シーラはずっと僕を見ていた、僕が怯えている間もずっと

あれは僕の頭の中を覗いていのだろう

そして何が僕を怯えさせたのか必死に考えていたのだ。


この子は最初のイグニカと同じだ、命令を第一にこなす

僕らの常識で物事を図らない、全ては命令をくれた者に応えるだけ


だが今は多分だけど、お父さんとお母さんから捨てられたのか何か別の事情で寄る辺を失いそして僕の所へ来た。


「……」


〈まぁでもひとまず……〉


心の中で喋りながら右手を動かす

泣いている女の子をただ眺めるのは趣味が悪いので

泣き止ませようと彼女の頭に手を伸ばす


ポムッ


すると思ったよりも早くシーラの頭に到達する

しかし何だ、さっきとは触り心地が違う気がする。


違和感を覚えた僕は視線を右手の先へ向ける、すると


「……」


そこにはシーラの身体を抱きしめ撫でるイグニカの頭があった。


「……えっと」

「ずるいです」

「イグニカ? 」

「シーラばっかりずるいのです」

「……」

「……ずるい、です」

「!! 」


僕は手に力を込めて少しだけ乱暴に撫でる

イグニカも一瞬驚くもすぐに嬉しそうにしシーラを撫でる続きをした。


〈まぁ……色々問題だらけだけど、ひとまず〉



また、家族が増えました。



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