衝動と僕
ずっと理解が追いつかない状況が続きいい加減感覚も麻痺してきた
恐らく僕はもう大概の事では動じないと思える境地に至りそうな気がしていたのだが
「ここに置いてください」
「死にたいのか」
……その境地に達するにはまだまだ経験不足のようだ。
目の前では、90度を超え深々と頭を下げて
この場所(僕の部屋)への滞在を願い出ているシーラと
それに対しマネキンの方がまだ表情豊かに見える程無機質な顔と声で応対するイグニカ
そして
「ッ……」
シーラの異常な行動とそれに対するイグニカの異様な気に当てられ
身動き出来ずただジッと僕を睨んでいる透さん
「……ゴクリ」
そしてそれは僕自身も同じで
期せずして生まれたこの間に状況を整理しよう。
先ず僕らは帰ってきた
どうやってかは不明だが頭山から一瞬で僕の部屋へ戻ってきた。
良く似た別の部屋なのかもと妄想を巡らせ見回して見ても
家具の配置、窓から見える景色は完全に僕の部屋のものだ
部屋だけならまだしも見える景色の街や山まで作り物だと言うのなら
そこまでいったらもうお手上げだしそんなレベルなら寧ろ考えるだけ無駄なので
ここは僕の部屋と言うことで納得する。
次にシーラの異常行動
それはイグニカ達が戻ってきた少し後に起きた
戻るや否や透さんとイグニカは直ぐ様距離を取り
イグニカは僕を見つけるとすぐ側に来てくれた。
透さんは倒れている志摩君を確認して
その横に僕がいる事を見ると瞬く間に動こうとした
しかし完全に迎撃体制のイグニカが目の前に立ち
それを見て徹さんは躊躇した
イグニカだけでなくシーラの対応を考えての事だろう。
先の攻防を見る限り透さんはシーラに完全に抑え込まれていた
今向かって行っても同じ事になると考えての停滞
だがそれも数瞬
覚悟を決めた顔をして透さんは来た
耐えられないという悲痛な顔に怒りを貼り付けた
負の感情の坩堝を僕等に向けて
「……」
彼女の何がそうさせるのか
そんな事を考えながら僕はある事に気付く
透さんのこの感じ、誰かに似てると思ったら
僕の事で動く時のイグニカによく似ているんだ
その思考に至った時
「邪魔」
簡潔に自分の意思を乗せた言葉と共に
シーラが手を前に五指を広げる
その瞬間あの糸が透さんの覚悟を絡め取る
「ッづグ!! 」
筈だった
後ろに眼でもあるのか
透さんはシーラの指のタイミングをまるで見ていた様に
それに合わせて空中で身体を更に浮かせ糸を避けたのだ。
「「「 !? 」」」
これには僕等3人共に驚愕した
捕まると思っていた油断もあるのだろうが全員一瞬思考が空になる
その間を突いて透さんからの追い撃ちが来る
そう思っていた。
透さんはそのまま空中から僕のベッドへ着地する
今は志摩君を取り返す事を目的とした透さんにとって一瞬とはいえ出来た絶好の好機
それをみすみす逃したのだ。
何故と思ったのも束の間、僕等は別の事に目がいった
フブッ
透さんが鼻血を吹いたのだ
鼻を抑え眉間に皺を寄せ明らかに苦しそうな表情で
しかも血の量も普通の鼻血とは思えない結構な量が出ている
「使えたんだ、猫」
そう言ったのはシーラだった
手を降ろして透さんの事を眺め口角を上げ少しだけ楽しそうに笑いながら
こちらへ近付いてくる。
「「……」」
身構えるイグニカと僕
シーラと僕等の距離が畳一畳分位まで縮まる
そして
「お兄ちゃん、お姉ちゃん」
僕とイグニカの眼をしっかりと見ながらシーラが言った。
「ここに置いてください」
……………………………………………え?
コイツハナニヲイッテイルンダ?
ココニオイテクダサイ?
ここにおいてください?
ここに置いてくださいって言ったのか?
それってどう言う意味だ?
ここに住むって事か? ここに? 僕の部屋に?
住む……一緒にか!?
驚きで纏まらない思考が行進と停滞と逆行を繰り返しながらも気と思考だけは途切れず乱雑になれない頭の中で一瞬の筈の時間が引き延ばされその中で思考し続ける
しかしどうやっても今迄の情報では組み立てられない思考のパズルに答えをはめられないまま
無限に近い感覚だった時間を使い果たし現実に戻ってくる。
答えを出せなかった僕は目の前でこちらを見つめるシーラを見る
それに対しイグニカは
「死にたいのか」
ある意味至極当然の解答をシーラに返した。
これがついさっき迄に起きた事
そして現在進行系で起きている事だ
「お願いします」
「消えろ」
「……」
一体何が何だかもう分からないが
この状況を何とかして打破する手立てが思い付かない
〈ん? 〉
いや待てよ、僕等の……と言うより
僕の目的は今回の一件の解決と僕自身の何ていうか収まりをつけたい事
イグニカの目的は僕の安全の確保
シーラの目的は……ここに住むこと?分からない、謎だ保留
そして透さんの目的は
志摩君を取り返す事、だよな
「……」
現在イグニカとシーラは口論?中
透さんはベッドからこちらを睨んでいるものの動かない
原因は……恐らくさっきの鼻血、その要因になった何か
〈つまり、これって……〉
透さんに志摩君を渡せば1つは問題が解決するんじゃないだろうか?
〈そうだよな、僕等は志摩君に用があるわけではないし
……まぁ確かに何故志摩君があそこに居た?のか
気になる事は無数にあるがひとまず今はそれより優先すべきことがある
幸い透さんは今は動けないようだし
襲われないなら返す事は全然問題ないわけで……よしそうしよう〉
結論が出た僕は早速行動に移る。
イグニカとシーラは未だ口論?の真っ最中
若干不思議なのはイグニカが直ぐにシーラをどうこうしなかった事
〈……もしかして〉
イグニカも言葉は恐いがシーラの行動に困惑しているのか?
だから今は最大限の注意をしながらシーラの行動を読もうとしている、と言うことなのかな
しかし
「お姉ちゃん、お願いします」
「黙りなさい」
当のシーラがこの調子では読もうにも読めない
遂に土下座をしながら懇願し始めた
今が薄氷の上に立った危険な暇だと分かっていても
この光景は少しだけ面白い
「……ッ」
いけない、そんな馬鹿な事を考えている場合か
今から虎穴に入るんだ
虎の尾を踏むかもしれないのだから冷静になれ金森潮
まずは志摩君を渡して透さんの目的を解決するんだ。
「うん、私もそれに賛成」
「!? 」
耳の後ろから聴こえた声に驚き振り向く
しかしそこには誰もいない
それに、今の声は
ドッ
「ぁッ」
思考と同時にベッドから音と声
振り向くとベッドに志摩君が移動していた
僕は反射的に足元を確認する
そこに居たはずの志摩君はおらず、ベッドの上にいる
〈何が起きている!? 〉
「清一!!……清一!! 」
透さんが志摩君を抱きかかえながら呼ぶ
先程までと打って変わり此方への警戒など一切無い
自分の全てを志摩君へ向け注いでいる様な
感情や思考ではなく本能がそうさせている様な感じだ。
「! 」
一連の出来事に僕だけでなくイグニカも反応し気を逸してしまった
気付くのが一瞬遅れ僕は更に遅れてシーラの方を見た。
そこにイグニカの足元で土下座をしていたシーラの姿はない
「潮!! 」
イグニカが即座に僕の方へ振り向く
僕の存在を確認するや直ぐに護りの体制へ移行する
「返してあげたから、少しだけ眠っててね猫ちゃん」
その声に僕等は反応し声の方へ向くと
透さんと志摩君の横にシーラがしゃがんでいた
「ぇ? 」
シーラの方を向いた透さんの額を中指でトンと軽く押す
すると透さんは小さな呟きと共に気を失ってしまった。
「……」
〈……駄目だ、僕はなんて甘いんだ
透さんの問題が解決したって振り出しに戻るだけだ
こいつを、シーラをどうにかしなきゃ意味がない
僕の収まりとかそんな事を言ってる場合じゃない
こんな不安定な爆弾は早く解体しないと駄目だ〉
だが
〈どうする、ここじゃ他の皆にまで被害が……
それにもう起きてる学生もいるはず、くそ〉
「よっと」
シーラがこちらに身体を向ける
僕とイグニカは身構えその最中も僕は必死に思考を続ける
その様子を見ていたシーラが口を開く
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも顔恐いなぁ、安心してよ何もしないって
猫には話の邪魔だから寝てもらっただけ」
「……透さんだ」
「? 」
「その人は猫じゃない、眞島透さんだ」
「透……へぇそういう名前なんだ、知らなかった
ありがとうお兄ちゃん」
そう言いながらシーラはベッドの縁へ腰掛け
近くなった距離の分僕等は一歩下がる。
「んーそこまで警戒されると流石に少しだけ悲しいかなぁ
どうしたら安心してくれるかな?ね?お姉ちゃん」
「……潮」
「イグニカ……? 」
イグニカが小声で僕に言った
逃げて、と
聞き返そうと思った瞬間イグニカに身体を押された
僕は玄関の方へ飛ばされ壁にぶつかる
衝撃で体全体に痛みが走るがそんな事は気にもならなかった。
「ッイグニカ!! 」
僕はイグニカの名前を叫んだ
部屋の方からは返事がない、物音もしなかった
「イグニカ!! 」
反射的に僕は戻った
逃げてと言われた、イグニカとシーラの闘いに僕なんかただの足手まとい
そんな事は分かってる
だけど
身体は勝手に動いてしまった。
キリリッツ
「全く無茶するなぁ、こうなる事ぐらい分かってたでしょ?お姉ちゃん」
「ッツく」
え?
「……」
「あ、お兄ちゃんお帰り」
「ッツうしッォ! 」
「あぁ!?もぅ暴れないでよ切れちゃうよ」
何だこれは?
「イグニカ……なんで」
「?……ぁ、お兄ちゃん気付いてなかったんだ
お姉ちゃん今力使えないよ? 」
「!? 」
ナンダッテ?
「だから、極力手荒な事はしたくなかったんだけど
まぁ丁度いいや、お陰でお兄ちゃんとお話できるし」
「ッぁ、うツ」
「もぅお姉ちゃん、暴れないでよ手加減難しいんだから
それでね、お兄ちゃん相談なんだけど」
「へ? 」
そうだん?
「うん、私と従属誓約を結んでほしいの」
「 」
シーラのこの言葉を最後に僕は意識を失った
肉体的な疲労、精神的な疲労
イグニカの変化、シーラの変化
透さんへの疑問、志摩君への疑問
そして
自分の身に起こった変化
様々な問題を抱え切れなくなった僕は
全てを放棄し夢の世界へ逃げ込む
意識が完全に途切れる刹那
目が覚めたら問題が解決していて欲しい
そんな凡庸な希望を抱いて。




