謎と僕+暗躍と2人
綺麗、そう表現するのが正しい
乱雑に下ろされていた髪は纏められドレスとマッチしたその姿は
貴族のお嬢様だと言われても容易に頷けてしまう
紅いドレスはよく見れば茨の意匠が施されており
美しさと危険性を内包した様は彼女を表していると思えた。
ザッ
シーラに見とれていた僕の前にイグニカが立つ
僕もハッとし、緩みかけた意識を立て直す。
元々彼女に会うことが目的であるとはいえ
明らかに相手の掌中であるこの場での遭遇は想像していたケースの中で最悪と言って良い
しかし
「そんなに警戒しないで、お兄ちゃんとお姉ちゃんには何もしないから」
「「…」」
イグニカが後ろの僕へ視線を向ける
イグニカも同様の疑問を持っているようだ
〈先程までと口調や態度がまるっきり違う〉
あの空間で会話した時点からおかしかったと言えばそうだが
今はその比ではない、まるで別人と相対しているような違和感だ。
「…ここは…?」
僕らの後ろで頭を押さえながら透さんが身体を起こす
視線を下から上に上げながら周囲を確認する
そして
「…」
「…ッ…ハ…!!」
僕らの背を越えて透さんとシーラの視線が交わった瞬間
先程向けられた怒気が遊びに思える様な殺気を纏って飛び出した。
「お前ぇ!!!!」
ドンッッ
声と共にシーラの左横腹に蹴りを放つ
およそ人間が出せる音ではない寧ろ花火の炸裂音に近い爆音が響く
反応が遅れた僕は至近距離で爆音に晒された
耳から鋭い痛みが目頭に走り身体が強張る。
「潮!!」
耳を押さえ頭を下げる僕にイグニカが駆け寄る
僕を呼んでいるであろうイグニカの声がいやに遠く聴こえる
経験は無かったが鼓膜が破れるとはこう言うものかとこんな時だが実感した。
「ワンパターンだね」
キリ…キリ…
「なッぐ」
シーラが喋ると同時に透さんが宙に静止する
経験のある僕らはあの糸で動きを止めたのだと即座に理解した。
「う…ぐッ…がぇぜ!」
「?」
「ぜいいちを…がぇせ!!」
透さんは動かせる箇所を懸命に探し唯一動かせる口と喉で必死に叫んだ
清一を返せ、と
〈潮、ここを出ましょう〉
〈え?〉
イグニカが僕に言う
〈約束しましたよね?〉
〈あ…〉
そうだ、ここに来る前に
危険と判断したらイグニカの指示に従うと約束した。
確かに今の状況では目的もあったものではない
シーラと透さんが僕らから注意を外してる今が逃げるチャンスなんだ。
〈うん〉
〈では、行きますよ〉
そう言うとイグニカの右腕が輝きだす
「ウルティマへ接続」
イグニカの言葉に呼応して右腕の光が強くなる
ヴォンッッ
「「!?」」
すると突然僕らの視界が揺れた
いや、正確にはこの建物その物が揺れた様な感覚
それは直ぐに収まったものの大きな揺れだった
しかし
「「…」」
そのせいでシーラと透さん
2人の意識が此方に向いてしまった。
「チッ」
舌打ちをしながらイグニカが右腕を2人に向ける
それを見てシーラと透さんの表情も強張る
カンッ
突然、樹を斧で打つ様な乾いた音が聴こえたと思うと
目の前に真っ白い空間が広がっていた。
さっきまでいた場所とまるで違う
ただただ白く果てしない場所
なんだ?ここ
そう僕が言ったか考えたか同時だったかのタイミングで再び
カンッ
あの音が聴こえた。
今度は何も見えなかった
さっきまでとはまたまるで違う視界
本当に何も見えない
……
ぞわっとした
何も見えないことが恐怖だった
身体はあるし動くのにまるで感覚が抜け落ちように感じた。
衝動的に手探りで周りに手を這わせる
すると直ぐに温かい何かに指先が触れる
それにゆっくりと触れていく
柔らかい感触、ぷにぷにとした
よく知っている様な
そう、人の肌の様な感触がした。
そう感じた瞬間
視界に薄光が射し込む
光の先に眼をやると闇を割く様な光の輝きが見えた
眼を凝らしてみるとそれが太陽の光だと分かった。
朝焼けの薄紅い光が僕と周囲を照らし
今いる場所が自分の部屋であることに気付く
何が起こったんだ…?
今日だけで一体何回思ったことだろうか
突然自分の部屋に居るなんてそんな事あるのか
今までの体験から考えれば不可思議な事など無いのかも知れないが
流石にバカなと正気を疑った僕は頬に右手をやりつねろうとする。
カンッッツ
その時またあの音が聴こえた
僕が聴いた音より少し大きい音が鳴り空気が動く
すると目の前には
「…え?」
「ふッ…?」
「…」
イグニカ、透さん、シーラの3人が対立している姿のまま僕の部屋に現れる
しかしその事実以上に僕を驚愕させた事がある
3人が現れた衝撃か何か分からないが風が起きカーテンが揺れ光が部屋全体に行き渡る
だからこそ3人の顔も確認できた
そして、もう一人の存在も
僕の左手が触れていた感触の正体
僕の左手の先には、裸の志摩くんが横たわっていた。
「…」
先程まで潮達が居た場所に現れる影
天井を見上げそこから空間全体を観察する様に眺める
「良かったんですか?彼まで帰してしまって」
「ベルファール、同期は済んだか?」
「多少手間取りましたが、何とか」
新しく現れた別の影、ベルファールは疲れた声で答える
「そうか」
「それで良かったんですかドゥーカス?
彼はまだ作業を完了していなかったのに」
「問題ないな、今回の成果に比べれば微々たる損失だ」
「確かにそうですね」
嬉しそうに身を震わせるドゥーカスとベルファール
「はぁ…まぁ実際は肝が冷えたがな
少年の復活、シーラの管制破棄、アクシデントの連続ギリギリの綱渡りだった…」
「申し訳ありませんね、過去の私がまさか手を貸すとは思っていなかった」
「実際私も驚いた…だがリスクを負った甲斐があった事も事実だ」
「そうですね」
そこで会話を1度やめ2人は歩き始める
奥へ奥へ歩いていく2人
すると2m程の大きさのカプセルが並ぶ空間に出た。
視線の遥か先まで続くカプセルの列
一体幾つあるのか検討も付かない程の数
しかしよく見ると殆どのカプセルの中身は空でヒビや割れているものばかり
そうでないものは中にナニか得体の知れない物が赤い液体に照され浮かんでいる。
「…」
「すまないなベルファール…」
「ッ…いえ、気にしないでください」
「船の機能が停止している今はここを通らねばならない、私も心が痛いよ」
「…大丈夫です」
「…すまない」
重い空気を纏いながら奥へ進んでいく2人
そして
あるカプセルの前で立ち止まった。
「しかし、それももうすぐ終わる」
「…」
「この娘が完成すれば」
2人は銀色の液体に満たされたカプセルに手を添える
カプセルの前面に付いているネームプレートには「Dls 003-カスイ」の文字が
「カスイ…」
「この娘ならやってくれるさ」
「…私たちの我儘の為に…「我儘だと!!?」ッ」
ベルファールの言葉に先程とは豹変した様に恫喝するドゥーカス
「痛いッ…」
「だから何だと言うんだ!!?痛いだと?こんなものがか」
「ドゥーカス…」
「こんな、もの…が」
「ドゥーカス…」
「ぁ、私は」
「落ち着いて、大丈夫」
「ベルファール…また私は」
「大丈夫、平気です」
「ぅ…ぐ」
「当てられてしまっただけ、戻りましょう」
「…すまない」
徐々に平静を取り戻していくドゥーカス
それと共にふらつく彼を支えるベルファール
そのままゆっくり歩いていく。
カプセルの部屋を後にし
病室の様な部屋まで移動した2人
未だ体調が優れないドゥーカスを寝台へ寝かせる
「ぅ…ふぅ」
「直ぐに用意を」
「ッいや、必要ない」
「でも…」
「数も残り少ないんだ、この程度の事で使えんよ」
「…」
「心配するな」
「分かりました」
ドゥーカスの言葉を聞き渋々納得するベルファール
「それで、これからどうするの?」
「…兎を走らせる」
「…」
その言葉に表情を曇らせるベルファール
「シーラと猫が我々の手を離れた以上新たな監視が必要だ」
「…そうですね」
「それにキーは今少年の手にある、実験が必要だ」
「つくづく過去の私がいらない事を」
「言っても始まらんさ、それにそのお陰でスペアが出来たんだ寧ろ感謝しているよ」
「…」
「今度こそ、成功させてみせるさ」
「はい」
そう言う彼の眼には狂気の炎が揺れていた。




