違和感と僕
ひとまず少女を寝かせる事にした僕らは
少女の様子を警戒しながらゆっくりと動かす
イグニカは戦闘態勢を維持しつつも少女の事を優しく扱った。
「…」
「イグニカ」
「はい」
「その、聞くタイミングがなかったんだけど」
「シーラの事…ですか?」
首を縦に振り肯定の意を示す
本題は別にあるがそれは後で聞けばいい
「イグニカはこの娘…シーラの事を知っていたの?」
僕の問いに一旦顔を伏せる
深呼吸をしてからこちらに向き直り僕の問いに答え始めた。
「初めは全く知りませんでした…初遭遇があんな状況でしたから」
その言葉に僕は唾を飲み記憶がフラッシュバックする
胸を押さえ息を荒げつつも気を保とうと深く呼吸をする
僕の様子を確認するイグニカに大丈夫と眼で伝え
頷いたイグニカは続きを話してくれた。
「元々あの時は潮が寝た事を確認して
買い物に行って帰ってきた所での状況だったので
まともに確認などしていませんでしたが
その後向き合って見ても覚えはありませんでした」
その通りだ
イグニカは僕と会う以前の記憶は無いと言っていたし
僕と出会ってからもシーラに会った事など無い筈だ。
「…そのまま私は抵抗もろくに出来ないまま
シーラにやられてしまいました」
その時の状況を僕は知らない
だがイグニカの反応から惨状であった事が伺えた。
「その時に女性の声が聴こえたんです」
聴いた瞬間僕の脳裏を過ったのは
あの光の空間で出会った恵さんの姿をした誰か
そしてその前の出来事
「真っ暗な視界の中で私の意識に声だけが聴こえてきて」
「…」
「尋ねてきたんです…彼を助けたくないか、と」
「…」
「私は迷わずに助けたいと答えました、すると声は
それは貴女を不幸にしますそれでも助けますかと続けました
私は助けたいと答えました」
不幸、その言葉の真意は分からない
既に起きているのかこれから起きるのか
しかしイグニカはそれだけの覚悟で僕を助けてくれたんだ。
その事実に感謝する気持ちと
同時に彼女にそんな決断をさせてしまった
自分の無力さが同居した。
「…次に覚えているのは、凄まじい高揚感でした」
「え?」
「沸き立つ様な、抑え難い衝動が私の内側から現れたのです」
自分の肩を掴み小刻みに震えながらイグニカは続けた
だがその表情は何処か嬉しそうで
それが酷く不穏な気配を漂わせる。
「私の一挙手一投足で、何もかもを自由にできる
そんな万能感です」
「…」
話すイグニカはまるで子どもが凶器を持っている様な
危うさを放ちながら喜びに身体を身震いさせる。
「…イグニカ」
「…は…ぁ」
その様に驚きを隠せなかった僕は制止の声が少し遅れる
僕の声を聴き徐々に我に帰っていくイグニカを見て
得体の知れない不気味さを感じずにはいられなかった
2度と考えないと誓った心が少しだけ揺らいでしまう。
何て弱い人間なんだと自分を責めたくなる…
「…ごめんなさい」
「…気にしないで、沢山おかしな事が起こってきっと不安定になってるんだよ」
気休め…にもならない僕の言葉
先程までの自分を思い返してか
少しずつ顔色が悪くなっていくイグニカ
「…」
本当はもっと踏み込んで話を聞かなければならない
でも、それを躊躇う自分がいる
折角戻ってきたイグニカをまた失いなくない
これ以上自分を傷付けたくないと言う
自分勝手な自己保存がこの膠着を産み出していた。
「…ん…ぅ」
嫌な沈黙を破った小さな声
それは僕らの物ではなく第三者、つまり
「…」
閉じていた瞼をゆっくりと開き
音も身じろぎもなく身体を起こし僕らを見つめる2つの金眼
「「!?」」
突然の事に反応が遅れる僕らを動かずに見るシーラ
「潮!!」
イグニカが僕を呼び自身の身体を前に出しシーラへの警戒を強める
しかし
「…」
その警戒相手であるシーラが完全に沈黙している
襲ってくる気配も、ましてや逃走の気配もなく
ただじっと、こちらを見つめている。
「…」
「…」
「…」
無言で双方相手を見合う
イグニカは警戒レベルを最大から下ろさずにじっとシーラの動向を見つめる。
だがそれに対して
「…帰らなきゃ」
沈黙を破ったのはまたもシーラだった
僕らから視線を外し物憂げな表情で呟いた。
今までに彼女が見せたどの表情とも違う
悪魔のようなイメージすら持っていたのに今では只の女の子に見えてしまう
〈帰らなきゃ?…帰る、何処に?〉
シーラの言葉を受け考える
しかしシーラに対しての情報量が余りにも少なく直ぐに無駄な事だと断念した。
するとシーラがこちらに向き直り口を開いた
「…出して」
飴玉の様な可愛らしい瞳を潤ませながら
小さな子どもが甘える様にシーラは僕に言った。
「…え?」
漏れるように声が出た
瞬間
周囲を漂っていた淡い輝きが消え
黒色の光が僕らを覆った。
「ぁ」
「潮!!」
何もかもが黒く染まり見えなくなっていく
自分すら曖昧になりそうな黒の世界の中で最後に見たのは
振り返り僕の名を呼び手を伸ばすイグニカの姿、ではなく
その後ろで
手を振りながら笑顔で僕に
「ありがと」
と言う少女の姿だった。
…
……
………ッ
「…ッ…」
自分の口から洩れた空気の音で目を覚まし
少しの頭痛を覚えながら瞼を開け周りを見る。
見覚えのある天井
見覚えのある家具
そして
「潮、大丈夫ですか?」
イグニカだ
「ん、大丈夫」
そう言いつつ身体を起こす、すると疑問が頭をよぎる。
…あれ?
部屋が無事だ、テーブルもベッドもクローゼットも全部
「?」
頭がまだハッキリしていないのか
少し頭を振って瞼を閉じ開きを2度繰り返し
もう一度見る。
しかし景色は変わらず
いつも通りの僕の部屋だ。
何ともなってない?そんな馬鹿な
イグニカとシーラの戦いで部屋は吹き抜けになっていた筈だが
壁もベランダも全部元のままだ。
「イグニカが直してくれたの?」
当然の質問
こんな真似が出来るのはここにはイグニカしかいない
「いえ、私が起きた時には既にこの状態でした」
「そうなの?なら…」
で、あるならば残るは…
「まさか、シーラが…?」
…いやいやいや、それこそおかしい
直す理由がない、気まぐれだとしてもおかしい…おかしいよな?
「…」
おかしいと言えば最後に覚えているシーラの行動
あそこの時点から既におかしい
シーラの変わり様は異常だった
いや元々最初から異常な状況続きだから
シーラが変化したと考えるのは間違っているのかもしれないが
前後での印象が違いすぎる。
「…」
それに最後の言葉…まさかお礼のつもりなのか…
「潮」
「ん?」
イグニカの呼ぶ声に振り向くと
床に手を当てた姿勢のイグニカがこちらを見ていた。
「潮の予想は恐らく正解です
学生寮から更に周辺付近までシーラの力を感じます」
「…て言うと」
「シーラが元に戻したのでしょう」
…イグニカが言うなら当たっているんだろう
しかし尚更余計に収まりが悪い。
「…イグニカ、シーラを捜す事ってできる?」
「潮!?何を言っているのですか?」
「分かってる、馬鹿な事を言ってるって
でもこのままじゃ何も解決しないし、それに収まりがつかない」
「潮…」
「お願いイグニカ、力を貸して」
「それが潮の願いなら…ですが危険と判断したらその時は私に従ってもらいますよ?」
「うん、それでいい」
「では」
そう言うとイグニカは瞼を閉じた
うっすらと身体が発光し線香花火の様な小さな火花が2度3度弾けて散る。
「見つけました…」
瞼を開きイグニカが呟く
しかしその表情は少し暗い
「どうしたの?」
「いえ、その」
明らかに言い淀むイグニカ
「イグニカ?」
「今シーラが居る場所は、頭山です」
「…頭山、か」
唾を飲み込み行き先を復唱する
イグニカが言い淀んでいた理由がわかった。
頭山
僕とイグニカにとって出会いの地であり
僕だけに限って言えば余り良い思い出のない場所
そして最近良く耳にした場所
「…」
僕は探偵じゃない
勘も鈍いし推理するのも得意じゃない
でも最近の一連の出来事全部が関係している
そんな確定めいた予感がした。




