再会と僕
「…」
「ぅッくッウう…ぐッ…」
しゃくり上げながら泣き伏せる女性
僕は彼女の隣にしゃがみその姿を見つめる。
「ぅウ…ズ…ッ」
彼女は僕の存在に気付かずにむせび泣いている
「…」
彼女の震える背中に
優しく掌を置きそのまま子どもを泣き止ませるようにゆっくりと上下に撫でた。
「イグニカ」
安心させるように
割れ物を優しく受け取るように
持てる優しい気持ちを全て言葉に込めて
優しく彼女に、イグニカの耳元に囁きかける。
僕の声に気づき身を震わせ
ゆっくりと恐がる小犬のように僕の方を向いた。
「…」
「…」
視線が交じり合う
僕はイグニカの眼を真っ直ぐに見つめる
イグニカも僕の眼に焦点を合わせる。
ひどい顔だった
涙を流し続けた瞳と何度もすすったであろう鼻が真っ赤に腫れ
キツく結んだ口許は力が入りすぎているのかぷるぷると痙攣している。
そんな顔をしながら
涙を溜める瞳をわなわなと揺らしながら
「…」
「…」
少しの間、僕らは見つめ合った…
「ふん!」
僕は鼻息を吹くように声を発しながら拳を振り上げて
くしゃくしゃに泣いているイグニカの頭にげんこつを落とした。
「あぅ!?!!」
何が起きたのか分からないと言った顔のイグニカが声を上げ
頭頂部を両手で押さえながら更に眼に涙を浮かべつつ
ぎゅぅっと眉をひそめ僕の顔を見た。
「良かった…」
「良くないです!!」
僕の言葉に全力の否定を持ってイグニカが応える
「頭がズキズキします!! これの一体何が良いと言うんですか」
「…」
「聴いてますか!」
「…」
「潮!!」
「…」
僕は何も答えずにイグニカを抱き締めた
「うし…ッ」
「よかった、本当に…」
「潮…?」
ゆっくりと抱き締める腕に力が籠る
それに比例するように頑張って締めていた心のタガが緩んでいく。
「よかった…よォ…」
蛇口を少しずつ捻る様に
僕の瞳からゆっくりと滴がその数を増やしながら落ちていく。
「イグニカだ…いつもの、イグニカだ」
その事実が実感となって僕に入ってくる
それが堪らなく嬉しくて嬉しすぎて本当に嬉しくて
心の中に留めておけない気持ちが瞳から溢れて止まらない。
「ッ…」
そんな僕に触発されてか
一度は収まった筈のイグニカの涙が先程とは別の感情と共に流れ出す。
「…潮ォ…」
僕の背を優しく抱き締め
心臓を重ね体温と心を交換しあう
頬を寄せ合い全身で僕らは相手の存在を味わう。
そして僕らはどちらともなく顔を離し向かい合って互いを見つめた。
「「…」」
ほんの少しの空白の後
「ん…」
「…」
僕らは今度は正面から顔を近づけ…
「「 」」」
一閃!!
僕の右頬をイグニカの光る左手が通過する
正確には右頬の近くの空を切っているのだろうが
正直な感想としては一瞬頭が無くなったと感じた。
「「ォ オ 」」
「!?」
僕の後ろから筒越しに息を吹きかけた様な抜けた音がする
振り返るとそこにはあの少女が纏っていた黒いもやがいた。
それは僕に影を伸ばしてきていた
「潮!!」
イグニカが僕を引き寄せる
黒いもやの手は空を切りゆっくりと霧散する
先程のイグニカの攻撃が効いたのか
最早形を保つ事すら難しそうだった。
「これは…」
「恐らくシーラが出していたものです」
「なら!?」
「…近くにいるはずです」
一転して緊張が高まる
あの少女、シーラが近くにいる
「「ぉオッ!! ッ……」」
目の前で黒いもやが一際大きな音をあげる
それは断末魔の様で、音が小さくなると同時に黒いもやはゆっくりと崩壊を始めた。
「消えていく…」
「油断は禁物です」
イグニカは黒いもやと周囲を警戒しながら僕に注意を促す
その言葉に僕も警戒しつつ黒いもやの最期の動向と周囲を観察する。
すると
「……ゥ」
黒いもやから微かに音が聴こえたと思った瞬間
一瞬大きく広がったかと思うと瞬時に収縮し弾けた。
すると中からあの少女が現れた
「!?」
「シーラ!!」
イグニカは驚く僕の前に躍り出て戦闘態勢で少女へ近付く
しかし先程までと違い少女の様子がおかしい
まるで意識が無いかの様に前のめりに倒れてくる
こちらの油断を誘う為だとしても余りに無防備だ
前に出たイグニカも少女の異変に気付いたのか
攻撃を加える為に出した両手で倒れてきた少女を支え止める
その両手に逆らうことなく少女はイグニカの手にしなだれかかった。
「…」
「…」
僕らは少女を、そしてお互いを見合う
少女は未だにイグニカの腕に支えられたままピクリとも動かない
どうやら気を失っているようだ。
「「「…」」」
まるで芸人が盛大に滑ったかの様な冷めた沈黙が続く
その中で中途半端に解けきれぬ緊張のまま
ひとまず、この状況をどうするかを考える事にした。




