光と僕
2人が近づいていく
それを止めたいと無力な手を宙にかざしながら願う。
駄目だ
駄目だ駄目…
このままじゃ、あれが
瞼の裏に残る映像が僕の心を追い詰めていく
でもッ
〈イグニカにあんな事…させたくない!〉
止めたい!
パリィッ
僕はその為に戻ってきたんだ!!
バチィッ!!
[!?]
僕の手首から先に細かな光が瞬く
[これ…]
見覚えのある輝きと音
〈この光は、イグニカの〉
光は僕の胸から洩れ淡い輝きを放つ
それは、イグニカが見せていた光と同じものだった。
ドガァァアンッッツ
[!!?]
轟音が鳴り響き爪先まで痺れる程の衝撃を発する
耳を塞ぎながら逸れていた意識を戻し
眼前に見える尋常ならざる光景に目を移す。
[ヒぃイいッあ!!!]
[ッ!!]
巨大な摩擦音と共に
彼女達は己の持つ武器で眼前の敵を討つ為の力を惜しみ無く注ぐ。
イグニカはキューブ状の光を光弾の形にして四方八方から少女に射出する
少女は紅線を触手の様に操りその全てを打ち落とす。
攻防は正しく一進一退で行われていた
しかし
[ッ!!]
[…]
その均衡を先に破ったのはイグニカだった。
彼女は自身と少女が生み出している弾幕の爆心地へゆっくりと歩みだす。
[…]
近づくにつれて徐々にイグニカの身体が流れ弾と言うには必然的なダメージを負っていく。
鋭い物体が身体を打つ音とその際に出る血の飛沫が彼女の身体を紅く彩っていく。
しかし
[…]
ジッ
その表情には些かの衰えも見えず
只々、眼前の少女のみを見据えている。
[ッ…!?]
瞬間少女は攻撃の手を緩めた
このままイグニカに接近されれば
少女自身まで流れ弾を食らう距離で撃ち合う事になる。
それを避ける後退準備の行動
或いはイグニカの異常とも取れる行為に竦んだ自分を立て直すためか
[ッツ!!]
必然隙が出来る
その一瞬を見逃さずイグニカが動く。
硬く握りこんだ右拳にキューブ状の光を束ねイグニカが突進する
目の前を流れ星が横切るような常識を超えた動き
[にひッ]
少女はその異様を前にしても
不敵な笑みを崩さずに待ち構える。
先程の行為はイグニカの攻撃を誘うものだった
少女は自身の放つ紅線を全身に巻き付かせる
身体は完全に隠れ、その姿はさながら蓑虫の様だ。
[ッ!!!]
だからどうしたと言わんばかりにイグニカは右腕を振り上げる
流星を彷彿とさせる異形の輝きを鉄槌の如く振り下ろす。
[ ]
光は音を置き去りにし自身の異様で空間を染める
徐々に収まると輝きと交差するように空間が感覚を取り戻す。
大木を割る稲妻の様な轟音と衝撃が轟き
紅い繭を粉々に粉砕していた。
粉砕した繭は微かな欠片を遺すのみで
少女の姿はそこに無かった。
[…]
塵に等しくなった残骸を一瞥した後
イグニカはこちらを向いた。
[…、…]
その表情は未だ無機質ながら緊張の解れた様相が見てとれる。
[…][…]
僕とイグニカの視線が交差する
少しの沈黙の後、イグニカはこちらへ歩みを進める。
[…]
[イグニカ…]
キリリリリィッ!!!!
[[!!]]
突然糸を巻き取る様な音が空間に響く
同時に塵となったはずの残骸が
全て紅い線となってイグニカを縛り上げる。
[ッ!!]
縛り上げられたイグニカはさながら蜘蛛の巣に捕らわれた獲物の様だ
そして
カチ カチ カチッ…
時計の針が動く様な音が聴こえると同時に
粉砕された筈の繭が元通りに戻っていく。
カチリッ
音が止まり、繭が完全に元の姿に戻る
[ッ…]
一連の光景を眺めながらイグニカは歯噛みする
[きゃはッはッッ]
そんなイグニカに向かって耳障りな矯声が届く。
[くふふふぅ]
含み笑いと共に目の前の繭が解け
その中から…
[ばぁ♪]
少女が満面の笑顔で現れた。
子どもが親を驚かせようとした可愛らしい仕草に
狂嬉の仮面を嵌め込んだ様なその表情は
見るものに苛立ちと嫌悪感を湧き立たせる。
[ッ…]
[甘いよぉお姉ちゃん…やっぱりまだだめぇ?]
少女は僕の方に視線を向けた
[もっかいあの人に頑張って貰った方がいいかな??]
舌をちろりと覗かせ僕に悪意を向ける
[ッッツ!!!]
ビギンッ! バギギィッ!!!
少女が言葉を発するや否や
イグニカの身体から異音が鳴り響く。
[イグニシオンスタビライザー起動!!]
[ッツ!?、潰れちゃいなよぉ!!]
イグニカの発した言葉を聴いた瞬間少女の態度が一転する
イグニカを縛り上げていた紅線が一斉に搾り上げる様にその力を強める。
だが遅かった
[制圧開始]
少女は彼女の逆鱗に2度触れたのだ
イグニカは少女の紅線の縛りを難なく千切り目前の少女に迫る
[ヒぅッ!?]
少女は咄嗟に飛び退きイグニカとの距離を置く
少女に当たる筈だったイグニカの腕が空を切る。
ゴガァアアッンッツ!!!!
空を切った筈のイグニカの腕は
その動作からは想像できない程の轟音と衝撃波を発した。
その衝撃は部屋の内装を粉々にし
窓側まで少女を吹き飛ばしてそのまま部屋を吹き抜けにする。
[ッひィ]
衝撃で歪む顔とは裏腹の表情を抱えながら
宙に四足歩行の動物の様に構える少女
[ぎひィッつツ!!]
少女は歯を剥き全身から黒い輝きを放ち
背後から幾本も紅線を出現させる。
[ァあッツ]
吠える少女に呼応し紅線は弾丸の如く
一直線にイグニカに襲い掛かる。
そしてイグニカを貫いた
そう思った刹那
[ぁ、イ]
[…]
イグニカを貫いたはずの紅線は一本残らず
彼女の右手に絡め取られていた。
[彼女へ接続、権限許可、完了
消去展開]
イグニカが発した言葉が終わると同時に
彼女の右腕に蒼く光る線が血管の様に幾本も出現する。
そして蒼い光が紅い光を呑み込んだ
[ハッ…は…ぁ…]
[無駄だ]
キリッ…キリッ
[どう、かな?]
少女が背後から伸ばしていた紅線がこちらへ再度襲ってくる
しかし先程とは違いかなり遅い
勿論普通に見れば速いのだろうが
イグニカから見ればその差は歴善だろう。
[足掻きを…]
呟くイグニカ
そしてその理由が遅れて僕にも理解できた。
紅線の先には人が居た
学生寮に居る生徒を紅線で巻き付け
こちらに向かって投げてきたのだ。
[権限完了、消去放出展開]
イグニカはそれを意に返さず
先程と同じく蒼く光る右腕を前にかざした
〈まさか〉
いや、今のイグニカならやる確実に
〈駄目だ!絶対に!!〉
僕は左手を前に、イグニカに向かってかざす
その瞬間、僕の胸から出ていた淡い光達は僕の左手を覆っていく。
[イグニカーーー!!]
僕は願いを込めて左手を突き出した。
〈イグニカに帰ってきて欲しい〉
優しくて時々びっくりする様な事もして
泣いたり笑ったり怒ったり
僕の為に一生懸命頑張ってくれる愛しい人に
願いと共に僕の左手から放たれた光が
イグニカと僕、そして少女を包む。
[!?…何故、貴方が…]
驚愕の表情でイグニカが僕を見る
その表情を最後にイグニカが光の中に消えていく。
[…この光…お姉ちゃんの光…]
満天の星を見る様に放心しながら
少女は自身に迫る光に身を委ねた。
リィィイイン…リィィイイン…
淡く輝く緑光色がまるで蛍の様に漂う空間
鈴虫に似た声が煌々と点いては消える様に響いている
[ここは…]
綺麗だが何処か寂しい所
幻想的な風景と共に何か侘しい想いを感じずにはいられない場所
明らかに現実味のない空間
ここが何処であるか等検討もつかない
〈また僕だけ別の場所に飛ばされたのか…〉
嫌な想像と共に視線を周囲に送る。
[…ぅ…ぅ…]
[?]
小さな音であった
しかし先程から聴こえていた音とは別の
人の声が聴こえた。
[…]
僕はその音の方へ歩きだす
一歩ずつ足を踏み出す度にその声に近づいているのが分かる。
一体どれくらい歩いたのか
少しか、或いは何日も
感覚すら曖昧なこの空間で
唯一聴こえた道標に従ってきた場所に
[ぅッ…うぅッッふッぅ…]
喘ぎ声を上げながら泣き伏せる
よく知る女性の姿が其処にあった。




