抵抗と僕
[ぁ、えっと…恵…さん?]
[はい、そうですよ]
[…][…]
いや、絶対におかしい
僕の知っている佳浪沢 恵さんはこんな人じゃない
いや、そもそもが
[何で此処に…]
[それを話している時間は残念ながらありません]
[ッ]
頭の中にけたたましい鈴の音が鳴り響き
視界にまたも映像が映し出される。
[ッあ…]
そこには先程と同じく
イグニカとあの少女の姿が見える
そして
少女の肉体をイグニカの右腕が貫いていた。
[!?]
その光景に驚きつつも
僕はその時のイグニカの表情にこそ最も驚きを隠しきれずにいた。
[…]
無感動だった
その行為に一切の感情が動いていない
機械ですら人の意思が宿る
しかし
彼女の表情からは意思すら感じられない
何がイグニカをここまで変えたのか分からないが…
とてもではないが言葉が出ない
そして、見ていられなかった。
[…金守潮、これは未来です
このまま放っておけば確実に起こる事象です]
[…]
[ですが、貴方なら変えられる]
[どうすればいいんですか]
僕は恵さんの姿をした人に詰め寄る
[貴方を元の時間の、少し前に戻します
そこには辛い現実があるでしょう
しかし、折れないで貴方にしか出来ないんです]
[…]
喉が鳴る
今の言葉を飲み込む音ではない
別の事実を確認するための準備だ。
[…1つ…いや、2つだけ良いですか]
[…どうぞ]
[貴方は、誰ですか]
[貴方の知る佳浪沢 恵ではないものです、これ以上は話せません]
[なら次に…]
汗が路をつくりながら僕の頬を滴る
不安と期待が均衡を崩しながら僕の中で同居する。
[…イグニカは……何なんですか]
[……]
よく考えればもっと他に聴くべき事があるのかもしれない
先程まで僕の身に起きたこと、この場所のこと、謎の言葉
あの少女の事や幾らだって聞きたい事はあった。
でも今僕の心を占めているものは
先程見た別人の様に変わってしまったイグニカの表情だけだった。
[…貴方の質問に答えるのは簡単です
ですがそれを今の貴方に言っても理解できないでしょうし
それは恐らく貴方の望む答えとは違う]
薄氷の如く薄い期待はあっさりと砕け
その下から薄暗い真実が顔を覗かせる。
[ッ…]
唇を閉じ視線を下に向ける
聴きたくない事に耳を塞ぐ子どものように
[ですが]
声と同時に恵さんの姿をした人が僕の頬を両の手で優しく包む
そして語りかけるような音色で言葉を続けた。
[貴方達のこれまでは決して嘘ではない
貴方が見てきた彼女は偽りのない真実です]
[…]
[だから変わらず彼女を愛してあげてください
その真実のみが貴方の望む答えに辿り着く唯一無二の方法です]
[……]
[…時間ですね]
恵さんの姿をした人が僕に言葉を告げる
すると突然空間が割れ光の道が現れた。
[ぁ…]
割けた面はまるで滝の様に光が流れ落ち
見惚れるような幻想的な光景を作り出す。
[さぁ]
恵さんの姿をした人が手をかざす
その先に黄金色の階段が上へと続いていた。
[…]
言われた言葉を未だ飲み込めずにいる僕
明瞭な答えを得られず又見つけることも出来ず踏ん切りがつかない。
ザリザリッ
すると突然地面を削る様な音ともに空間が揺れた
[…気づかれましたか…]
[な、何が!?]
何が起きているのか検討もつかない僕は
ただ混乱することしか出来ない。
[説明している時間は、残念ながらありません]
[そんな…]
[時間がありません、さぁ]
納得など出来る筈もないまま急かされる
追い詰めるように先程の音もどんどんと大きくなっていく
[…ふゥ…はァ…]
僕は浅いながらも深呼吸をし
意を決して目の前に見える光の道へと踏み出した。
[少年!!]
[!]
それは聞き覚えのある声
さっきまでとは違う紛れもなく恵さんの声だった。
その事実を確かめようと反射的に後ろへ振り向いた
ベシンッ!!
振り向こうとした瞬間
背中を思いっきり叩かれ僕は前へつんのめる。
[づゥッ]
予期せぬ痛みに呻く僕
そして同時に
[ふぁいと]
ポスッと背中を優しく押す硬さ
背中に拳を付けているのだと理解した。
拳でグリグリと背中を撫でながら僕を激励する言葉
しかし何処か間の抜けたニュアンス。
今のこの状況には似つかわしくない言い方
そのアンバランスさに僕は少しだけ頬が緩む
[はい!]
恵さんの行為に力を込めて言葉を返す
その反応を見てもう一度背中を軽く押す
そして、僕は送り出されていった。
潮が光の先へ消えた後
道が幕が降りる様に閉じていく
[…]
その様子をじっと柔らかい表情で眺める
そして光の道が完全に消えたと同時にその表情は消え、そこには先程までの彼女がいた。
[金守潮、どうかお願いします
彼女を救ってあげてください
あの娘を止めてあげてください
あの娘もまた、彼女の…]
彼女の言葉を遮るように世界に砂嵐が走る
[…あぁ]
潤んだ瞳を虚空に向けて立ちすくむ彼女は
掻きむしる爪痕の様に迫る風に呑み込まれた。
光の道を抜け黄金の階段を駆け上がる
徐々に身体と意識に肉付けがされていくように
自分が形になっていくのが分かる。
〈もぅ出口が近いんだ〉
僕は走りながら気を整える
この先に待っているものに負けないように
意識を締め直して全身に力を込める。
そして
先程まで走っていた自分の身体の電源が切れたように動かなくなり
五感もゆっくりと閉じ意識も暗闇へ投げ出された。
…
……
………
[ ]
僕の五感を刺激する優しい感触
数瞬の思考停止後に脳の回路は答えを導く
背に感じるのはベッドの柔らかさ
そして僕の身体に触れているもう1つの感触は手
何度も触れてくれた、何度も握った見知った感触
イグニカの手だ
僕は瞼を開いた
目の前にいるであろう彼女を見るために
[[ ]]
イグニカと眼が合う
丹精込めて造られた芸術品の様に
銀色に輝く美しい眼だ
[キュイッ]
しかしその瞳に優しさはなく
人間の挙動を観察する虫の様に無機質な思考が宿っていた。
[…]
イグニカが僕の顔に自分の顔を近づける
[ぁ…]
驚く僕をよそに
イグニカは首をかしげる様にしながら僕に視線を向け
[バイタル正常値、金守潮の再起動を確認
保護シークエンスを解除します]
機械のように僕の状態を把握し次の行動に移ろうと動き始める。
[!]
僕は立ち上がろうとするイグニカの手を取る
イグニカもそれに反応してこちらに向き直る
だが
[金守潮、貴方の保護シークエンスは解除されました
次に本機の優先行動を阻害した場合警告なく排除を開始します]
[ぇ…]
向き直ったイグニカの視線と言葉は冷たく
人の優しさなど垣間見えない正に機械の如き返答だった。
[…イグニカ…]
払われた手と共に僕の言葉も宙に浮く
そしてよろよろと力なく地面に落ちて潰れて消えた。
[…]
少女の方へ向き直るイグニカに光が集まり
それがキューブ状に形を変えて高速で回転し始める。
[彼女への接続完了]
イグニカが言葉を放つ
それに呼応するように
[うひッ]
目の前にいる少女が口角を吊り上げる。
[生きてて良かったね]
[関係ない]
[もういいの?]
[今の最優先事項は実験素体番号e.Qs[エイクァス] 004 シーラ、貴方の執行だ]
その言葉に至福の笑顔を浮かべる少女
[流石お姉ちゃん♪なら]
少女の感情に呼応するように背後から紅線が躍り出る
[えぇ]
それに応えるようにイグニカの周囲のキューブが輝きを増していく
[始めようよ][始めましょう]




