魔物と僕
[夢?]
[うん]
あれから落ち着いた僕らは
濡れた身体を温めるために一緒にお風呂に入った
イグニカは上機嫌だったが僕は色々と気疲れした…。
夢の事があり一人で入り直す気力が出なかったし
一緒に入ることに異論は挟まなかったのは僕
今更文句を言っても仕方ない。
[一体どんな夢を?]
[えっと…言いたくないかな…]
[そうですね…ごめんなさい]
[いや、大丈夫だよ]
自分が首だけになってた夢とか言ったら
余計に心配させるのは目に見えているし
今のイグニカにこれ以上心配をかけたくない。
[でも、また恐い夢を見るかもしれないから
イグニカ、今日は一緒に寝てくれないかな?]
[…喜んで!]
思い付きで言ってみた僕の言葉に
打って変わって満面の笑みになる。
そこからの動きは早かった
身体を拭いて髪を乾かし寝間着に着替えてベッドに向かう。
淀みなく行われる一連の作業…しかも僕の分まで
余りの早業に口も手も挟む隙は無く
なすがままにベッドへ連れていかれた。
そして
[あの、イグニカ]
[何です潮?]
[その]
むにぃッ
[あのですね]
[はい]
むぎゅぅッ
[ちょっとだけ離れてくれると]
[ぷるぷる…]
目に涙を浮かべた子犬の様に抗議してきた。
だがその豊かな身体は獰猛な獣の様に僕の一部分を際限無く攻撃してくる。
[聞いてくれイグニカ]
[はい]
[このままじゃ別の意味で恐い夢を見そうなんだ]
[大丈夫です、何が起きても護ります]
そう言うと更に攻撃が激化した。
〈このまま寝たら確実に淫夢を見る…絶対だッ!!〉
その後
僕はイグニカの無自覚?の暴力に鉄の意思で立ち向かい続け
大戦を戦い抜いた勇士の最期かの様に前のめりに崩れ落ちた。
ぴちょッ
ぴちょんッ
聴き覚えのある音がする、あの水音だ
また同じ夢を見ているのか
しかし前回とは違う点があった。
まず僕としての意識があった
先程までイグニカと一緒にベッドで寝ていた事も
その後の激闘[自制心]もしっかりと記憶にある。
目をゆっくりと開き前を見る
目の前に白いかたまりが見えた。
それは僕の身体を覆っていた
そしてすぐにこれが何か見当がついた。
これは布団だ
僕が使っているベッドの布団
子供の頃から使っている愛着のある物だ。
まさかと思い身体を起こし周りを見る
見慣れた壁、見慣れたテーブル
見慣れたクローゼット、見慣れたキッチン
そこは見慣れた、僕の部屋だった。
[…]
身体を起こし右手の親指と人差し指で
自分の顔をギュッとつまむ
[ッツ!?]
…痛かった
……
夢じゃねぇじゃねぇかΣ!?!
心の中でツッコミを入れ肩をすくめる。
恐らく先程の水音もキッチンの蛇口か何かから
水道管に残った水滴が零れた音だろう。
流石にびびり過ぎの自分にアホらしさを感じ
寝直そうと布団の中へ潜り込む。
すると
左腕に優しい圧力を感じる
次いで頬でも寄せているのだろうかと思われる優しい摩擦
身体を起こした僕を反射的に心配してか
はたまた寝惚けているのか
[///]
恥ずかしくなってきたので少し仕返しをしてやろうと
布団を捲りイグニカに触れる。
ぴちょんッ
[お姉ちゃんの匂いだぁ]
呟かれる幼い少女の声
その声に相違ない少女の顔
金色の瞳に金色の髪は人形の様に精巧であり
可愛らしい顔立ちには幼さと
そこからくる無垢さと言う穢れを知らない魅力があり
僕の腕に伝わる肌からは柔らかさと見た目相応の膨らみも感じられる。
しかし、そこには
[うひひひひひはひひ]
悦楽に浸る魔物の相があった。
[ ]
僕は驚きながら言葉を発するよりも早く
少女の手中にある左腕を抜きベッドから離れる。
だがその行為は思考だけに留まり
僕の体勢は変わらずベッドに寝たまま
左腕は未だ少女の手の中にある。
〈何だ、これ!?〉
再度身体を動かそうと思考する
脳から肉体に動けと伝令を送り続ける。
しかし何度やっても返答は返らず
身体は電源が切れたおもちゃの様にその機能を発揮しない。
〈いったい何が起きてるんだ?
この子は、誰だ…イグニカ、イグニカは何処だ…?〉
思考が頭を錯綜する
疑問を疑問で塗り潰し乱雑化した式に答えは無い。
[おねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃん…]
僕の左腕に纏わりつく少女は壊れたように言葉を呟く
だがその言葉がひと度僕を思考の海から掬い上げる。
〈お姉ちゃん?…もしかしてイグニカの事?〉
この異常事態、恐らく間違いない
この少女が誰かは分からないが
イグニカの関係者なら納得できる。
しかし一体何なんだ
少しずつ僕は冷静さを取り戻し
冷えた頭で身体の動く箇所を改めて確認する。
〈腕や足は…ダメだ、やっぱり動かない〉
身体の動きは停止しているのに未だ僕は生きている
口や肺すら動いていないのに苦しくない
まるで意識だけ残し時間を止められた様だ。
[金森潮]
瞬間、僕の腕を抱いていた少女の首が回転し
僕の方にその表情を向ける。
名前を呼ばれた事に驚いた僕は少女に意識を向けた。
少女は金色の眼を細め僕を睨むように見つめていた
その視線に意識と思考力を奪われ僕は硬直する。
[ここはお姉ちゃんの匂いがする
でもお姉ちゃんがいないの…何でかな?]
お姉ちゃんとはイグニカの事でもう間違いないだろう
この少女の言う通りイグニカは今居ない
ベッドに居ないという事は出掛けているのか?
若しくは何か別の事情…。
[…]
[…]
無言で僕を睨み続ける少女
僕が未だこの状況に置いても平静を保てているのは
イグニカの存在があるからだ。
でもその頼みのイグニカがこの場にいない事には一抹の不安が残る。
[…]
少女は一旦僕から身体と視線を離し布団に潜り込む
そして布団をどけ僕の上に股がる。
体重は見た目通り軽く殆ど重さを感じない
だがそれよりも驚いたのは
布団の中では暗くて見えなかった少女の着ている服や髪に
水気が抜けていない血が幾つも付いていたことだ。
[ ]
言い知れぬ恐怖と不安に襲われる僕を尻目に
少女は僕の胸の辺りの匂いを嗅ぐ。
[やっぱり匂いがする…でもいない…]
少女が首をかしげながら何度も僕の胸を探る
[あ]
突然閃いたとばかりに声を発する少女
[ここに隠れてるんだ]
そう言うと僕の胸に両手を乗せ
[よいしょ]
ぐぱぁッ
軽くものをどける様に容易く
僕の胸は扉の様に左右に開かれた。
[んしょッと]
続いて骨と内蔵を露にしながら
胸から腹部にかけても裂かれた。
[ん~っと]
開かれた僕の胸に手を入れ
グチャグチャと手を掻き回す。
その刺激に僕は感じたことのない不快感と淀んだ鈍痛に苛まれる。
本来であればのたうち回る筈の痛み
しかし依然僕の身体は電源の切れたおもちゃの様に動かない。
本来機能する筈の感覚すら遠退いていき
本当に人形か何かのように平然とこの異常を眺めている。
[…いない]
少女は落胆した声と表情で僕の血肉にまみれた手を眺める。
視界に入るその表情を最期に
僕の半ば機能していなかった意識すら途切れ
僕は眠るように瞳から光を失った。
[ ]
同時に少女の顔面に拳がめり込み粘土細工の様に変形していく
しかしそれだけで留まらない衝撃は
首、次いで身体がねじ切れる程の勢いを生み出し
少女の身体を吹き飛ばした。




