〈間話 〉希望の代償
薄暗い室内に無機質なキーボードを叩く音がこだまする
パソコンのモニターから出ている冷光がぼんやりと空間を照らし出す
室内には机が4つ
その上には資料らしきものが乱雑に積み上がっている。
「……」
キーボードを叩く音が止み
その音を起てていた主が椅子の背もたれに体重を預ける。
「……本日の成果は未定、と」
呟く声に覇気はなく
疲れと共に吐き出された言葉だと分かる
「ッん」
机に置いてあるマグカップを持ち
その中身であるブラックコーヒーを口から胃に流し込む
そして中身を飲み干したマグカップを机に置き
またパソコンの画面とキーボードに向かう。
「……」
彼女の目の前の机の周りにはモニターが8台置かれている
そのいずれも画面には暗がりの森や山道が映っていた
頭山に仕掛けた監視カメラの映像だ。
彼女は画面を逐一確認しつつ目の前のパソコン内でレポートを書いていた
「金森潮に接触成功、有力な情報となるかは今後の活動次第……か」
手を止めマグカップを持ち椅子から立ち上がる
後ろにある別の台の上のポットからお湯とパックを取り出して入れ戻ってくる。
〈彼は今回の事件に関連した何かを握っている……恐らくこの予想は間違っていない〉
今日彼に会った第一印象として嘘がつけるタイプには見えなかった
それに私が少し圧を加えただけで簡単に話しそうな気配もした
恐らく次回会った時には簡単に白状するだろう。
「……」
いけない、まるでこれでは彼を犯人と疑っているようではないか
彼はこの事件に関わりがあるかも知れないと言うだけ
事実何一つ証拠はない
カメラだって完璧ではない故障だって当然起こる
確定事項も何もない、ただ私の勘が怪しいと言っているだけ
「ふゥ」
今回の事件夜代高校の女性徒失踪事件は私にとってただの事件ではない
その女性徒、名前は杷柴雪
私の実妹だ。
「ッ」
焦っているのだ
今回の事件は調べれば調べるほど不安な気持ちばかりが募る
その上情報が少なすぎる
だから彼が有力な手がかりになるなら何としてでも聞き出す。
例え、少し非人道的な手段を取ることになっても……
「……ッ」
〈妹を助けるためだ……それぐらいは許される筈だ〉
入れ直したコーヒーを飲み干し
再び監視カメラのモニターに眼を移す
もしかしたらと可能性を持ち画面を食い入る様に見つめる
しかしそんな簡単に何かが起きるわけもなく私は椅子に背を預ける。
「ッあ……」
軽く欠伸が出る
時間は深夜2時を回っていた
映像は録画してある
いつでも見直すことが可能だ
「ッむ……」
少し仮眠を取ろう、そう思い眼を閉じかけた
その時
「ッ!?」
突然鳴り出す電子音
それは監視カメラのモニターからだった
カメラに何かが映った証明である
そしてその音は3番のモニターからだ。
「ッ」
画面を確認する
画面には人影が映っている
そこは頭山山道の入り口である
街灯があり明るいため人影の正体が徐々に鮮明に映る。
「……」
人影の正体は、少年?の様だ
見る限り中学生ぐらいに見える、身長は恐らく140cm位か
〈こんな時間に子どもが居るなんて……明らかにおかしい〉
明らかな異常事態を見ながら
私は少年の顔を確認しようと画面をアップにする
「……」
ピントがズレるがすぐに直る
そして少年の顔が映った
「!」
少年と思っていた人影は、少女だった
中性的な顔立ちをしているが女の子である
服装もよく見ればスカートなのでまず間違いないだろう。
髪の毛は金色で乱れた髪は肩甲骨位まである
瞳の色は流石に分からないが恐らく外国人であろう
「……」
今回の事件があってから
夜代町にある学校の生徒名簿は全て眼を通して記憶してある。
〈その中にこんな見た目の娘は居なかった〉
十中八九今回の事件に関連した匂いがする
「ッ」
私は逸る気持ちを抑えきれず現場に行くことにした。
今映っている3番モニターの山道は町から真っ直ぐ続く道の1つ
今から車で行けば下りてくれば確実に対向する事になる
山に入られるとこの時間では探せないが
下りてくる可能性が0ではない。
ならば行く、少しでも望みがあるなら
私は壁に掛けてあるコートを取り袖を通す
そしてもう一度モニターを確認しまだ少女がいるかを確かめる。
「!?」
少女は居た、まだモニターに映り込んでいた
しかし少女はこちらを向いていたのだ
口が裂ける程の笑顔を作りながら
「ッは、?!」
私は驚き後ろにあった机にぶつかる
衝撃で机に乗っていた書類が散乱する
だがその事を気に止める余裕が私には無かった
モニターの少女から眼を離すことが出来なかったからだ
「……ゴクリッ」
喉を鳴らし唾を飲み込む
少女の笑顔に、その眼光に気圧されたのだ。
先程まで確認できなかったが
少女の瞳の色は髪色と同じく
夜の闇を圧す輝きを放つ金色であった
その瞳がカメラを、否私を射抜く様に見つめていた。
「ッッ!」
恐怖で眼を逸らす
重要な情報、見なければならない事の筈
妹のために必要、だが
その使命感を超える恐怖を味わった。
「貴方……お姉ちゃんの匂いがするね」
「!?」
突然の声に首を振り周りを見る
ここの部屋には私1人、誰も居ない筈だ
しかし
今の声は私の耳元で聴こえた。
「誰!?」
「……でも、何か違う」
「!?」
再度首を振り周りを確認する
けれどやはり誰も居ない
すると、突然キィッ、キィッと何かが軋む音がした
「…ッ、」
あり得ない、普通ならあり得ない
考慮する可能性としては、埒外
しかし
その音は私の目の前から聴こえている
私は誘われるようにモニターの方を見た。
そこには
映像に映っていたはずの少女が
私が座っていた椅子の上に
体育座りで座っていた。
「……」
私は動けなかった
恐怖や驚き、いやその他一切の感情を起点とした行動を起こそうと身体に働きかけるのに
まるで身体を操る糸を切られた人形の様に動くことが出来なかった。
少女が椅子から下りる
そして
私の方へ歩いてくる。
少女は俯き、何かをぶつぶつと呟いている
私はその声を聴こうと意識を向けることしか出来なかった。
「……がう……ってる? ……ちがう……あってる?」
〈違う? 合ってる? この娘は何を言っているの〉
そんな事を考えている間に
少女は私の前まで辿り着いた
瞬間
少女はバッと顔を上げ、私の顔を見た
そして
私に最後の言葉をかけたのだ。
「嘘つき」
しゅるッと何かが私の身体に巻き付き
まるで雑巾を絞るように斬った。
バシャッ
先程まで彼女だった物は消え、代わりに血と臓物の滝が現れる
それは重力に従い床というキャンバスに無造作に彼女の死を描いた。
「……違った」
少女は目の前に広がる血だまりと臓物の海を
まるで水遊びをする子どもの様にぺちゃっぺちゃっと足で踏みつける。
数秒それを繰り返した後足を止め
くるりと振り向きモニターのある机の方へ向かう。
「でも……見えた……」
少女の身体にテレビの砂嵐の様にラグが走る
少女の姿が揺らぎ、像がぐにゃりと形を崩す。
「金森……潮」
その名を呟き、少女は消えた。
後に残されたのは
最早用を成さないパソコンとカメラのモニター
その明かりだけがこの惨状をぼんやりと照らす。
「カタッ カタッ」
突然キーボードがひとりでに動きだす
「カタッ カタッ」
一文字一文字ゆっくりと
まるで舌足らずな子どもが喋るようにキーを叩く
「タンッ」
キーを叩く音が止み
Wordの画面には5文字の言葉が残った。
「待っててね」
ブツンッ




