帰り道と僕
「お疲れさま、潮くん」
「お疲れさまです」
「林さんもお疲れさま、今日が初仕事とは思えない仕事ぶりだったよ」
「ありがとうございます」
「確かにな」
「役立たずの先輩とは違うので」
「あぁん!」「ふん!」
「まぁまぁ二人とも」etc……
シフトが終わり事務室で今日のイグニカの活躍を褒める店長
あと何故か休憩時間じゃないのにいる龍さん
そしてやっぱり二人はいがみ合っていた。
「林さん、これからよろしくね」
「はい、よろしくお願い致します」
「今日の仕事ぶりなら奈月も文句は言わないだろうさ」
今の言葉から察するに、店長がイグニカが働くのに軽くOKを出したのを
また奈月ちゃんが怒ったのだろう、なぜなら僕の時もそうだった。
「ふぅ」
壁にもたれる
イグニカは店長と今後の話をしている
あの感じならそんなに時間はかからないだろうから終わるまでゆっくりさせてもらおう。
「金森、ほれ」
「ッと」
龍さんが差し入れ[栄養ドリンク]を投げてきた
「ありがとうございます」
「おう」
龍さんは差し入れを渡すと扉を開け店内へ戻っていった
まさか、僕に差し入れをするために待っててくれたのか
[ありがとうございます、いただきます]
改めて感謝をしてプルタブを開け、パキリと音を立てて開いた口に口をつける
内容液が喉を通りごくりと喉を鳴らす度食道を通り体内へ流れ込む
その際に生じる刺激と何とも言えない薬品の様な味は
疲れた身体にエネルギーを充実させる。
「ッぷは」
一気に飲み干して息を吐く
眼をキュッと閉じそして開く
飲み慣れた美味しさと爽快感が脳を刺す
正に疲れた身体にこの1本と言った感じだ。
「潮、お待たせしましッ」
「イグニカ、おつかッ」
イグニカがハッ!とした顔でこちらを向いて
野生の獣もかくやと言う勢いの反射反応で僕からドリンクの容器を奪い取った。
「またこんなものを……」
「あー……ごめんなさい」
イグニカが苦み走った表情で僕を見る
「もぅまたあの人ですね! 文句を言いにいきます!!」
「あぁ!? イグニカストッ……あ」
〈いけない!? 癖でついッてさっきも……〉
恐る恐る店長の方を見る
しかし店長は床にしゃがみこんでガサガサと何かをやっている
どうやら気付いていないようだった。
〈ほっ……良かった、気付かれてない〉
改めてイグニカの方を向くとこっちも気付いていたようで
同じく胸を撫で下ろして落ち着きを取り戻す。
更衣室へ行き服を着替え入り口で待ち合わせ
店内で龍さんと奈月ちゃんに挨拶をして外へ出る。
龍さんに会った時に少し小言を言って
またほんのチョット言い合いになるがすぐに矛を納めた
そしてイグニカと二人で帰路についた。
寮までの帰り道
今までなら疲れと目眩で鬱陶しく感じていた街の灯りが今はとても美しく感じる
普段なら億劫で仕方ないはずの帰り道を楽しめるのは
やはり彼女のお陰だろう。
「……ッ」
ふと杷柴さんの話をしようと思ったが寸前で止める
何となくこの何気ない時間を壊す話をしたくなかったからだ
それに
「~♪」
隣でイグニカが何もせずに普通に僕と歩ける事を
嬉しそうに楽しんでいるのを邪魔したくなかった。
歩きながら携帯を開き時間の確認
時計の表示は22時半を示している
「イグニカ、ご飯どうしようか?」
今までなら家に帰って栄養ドリンクで済ましていた
しかし今はイグニカがいる
そんな事をしようものなら雷が落ちるのは明白
だが時間が遅いのも事実だ。
しかしてその解答は
「勿論私が高速で作ります!!」
「だよね」
〈うん、分かってたw〉
「材料は昨日の夜に買ったものがあるので任せてください!」
「お願いします!」
ふんすとやる気を満なぎらせるイグニカ
今夜の夕飯が楽しみだ
だがそのワクワクもつかの間
イグニカが僕の腕をいきなりガッと掴み商店街の入り口近くの路地へ入る
そして僕の腰に腕を回しホールドする。
「へ?」
「潮、行きますよ」
「ん? え?」
僕らを囲むように周囲にエネルギーの膜が発生する
学校で見せた認識阻害の壁だ。
「ちょッイグニカ!?」
「すみません潮何だが気持ちがフワフワして待ちきれません行きますよ!!」
「と言うと!?」
「飛びます!!」
―イヤコノコナニイッテノ?
イグニカの台詞の直後彼女の周りが瞬き出す
何度か見た光景だが今日はいつもより多く瞬いております。
「ッイグニカ興奮しすぎってかこれ大丈夫なの!? 周りの人に被害でない?」
[問題ありません!]
彼女の自信に満ちた無問題と共に僕らの身体が宙に浮く
「潮、しっかり掴まってて下さいね!」
「いや、既にしっかりホールドされている!!」
そして僕らは高速でフライング帰宅をした。
〈星が……綺麗だ……〉
そんな感想を抱くしかない程現実離れした光景の感動……を越える程のスピード感と恐怖ぅゥウウ
……結論から言えば
学生寮の近くの道までたったの3秒ほどで着いた。
先程までのスピード感と恐怖などなかったかの様な優しい着地
だが
「ッ……ッ……地面が、の上にいるッ事が……こんなに、ありがたい事だとッいま、気付いたよ……ありがとう地球……」
〈僕、恐怖でハゲたんじゃないだろうか……あ、生えてる〉
そんな僕の行動を見て我に返ったのか
[……]
ごめんなさいと言わんばかりに俯いているイグニカがいた
ズーン……と効果音が聴こえてきそうな程その顔は明らかに沈んでいる。
そんな顔を見たらこれ以上何かを言う気など起きなかった
今までの行為が僕への善意からだと分かっているからなのは言うまでもない……合ってるよな?多分
少しふらつきながらイグニカの方に歩み寄る
その瞳が不安そうに揺らぎ、少しして彼女の目の前まで着き
「ッ」
頭を撫でた。
「楽しかったよ、スリリングだった」
「……潮」
「恐かったけど……凄い経験させてもらった
また……うん、またしたい」
「……」
〈……少し無理があるかな〉
しかし実際全部が全部嘘ではない
思い返してみると凄い夜空が綺麗だった
他の人ではまず出来ない貴重すぎる経験が出来た
レポートにしたら10枚は余裕で書けるだろう。
「ッふ」
そんな僕の心を見たのか、イグニカがはにかむように笑った
どうやら調子は戻ったみたいだ。
―ぐぅ~
疲れとびっくりが落ち着き、僕の胃も調子を取り戻したようだ
「飛んだらお腹空いちゃったご飯お願い」
「飛んだのは私ですよ」
「ごめん飛ばされてお腹空いた」
「潮……いじわるです」
「ごめんごめん」etc……
イグニカを飛ばされネタで弄りながら真っ直ぐに寮へ向かう
ふと思うとこう言う会話をイグニカとするのは初めてか?
隣を見る
イグニカが拗ねたりむくれたり狼狽したり喜んだり沈んだり
その表情を沢山変える。
初めて見るイグニカの表情
それが嬉しくて、そして何か面白くて
「ぷッ」
つい吹いてしまった。
「む、何です潮」
「いやッごめん、何でも」
「何でもないは絶対嘘です!」
「ぷふッ」
「笑ってるじゃないですか!」
「ごめんッて」
「ダウトです!!」
「あっははッ」etc……
イグニカが何かを喋る度に
その表情を変える度に喜びと共に笑いが込み上げる。
時間は23時になろうかと言う夜中
こんなに言い合ってたら近所迷惑なのに
僕は……僕らはそんな常識を無視して
この楽しい時間を満喫しながら寮に向かった。




